語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【片山善博】選挙権年齢引下げと主権者教育のあり方

2016年02月26日 | ●片山善博
 (1)2016年夏の参議院選挙から、選挙権の年齢が18歳以上に引き下げられる。
 各地の高校では、それに備えて主権者教育ないし有権者教育が試みられている。
  (a)地方のある県立高校では、いわゆる模擬投票を演じた。教室を投票所と見立てて、そこに投票箱を設置し、投票立会人や選挙人名簿を確認し、投票用紙を交付する係などを配したうえで、生徒が順次投票した。
  (b)これも地方のある県で、県議会本会場を舞台に模擬議会を演じた。平素は県会議員の座る議席に選ばれた高校生が着席し、その中の数人が演壇から質問した。ここでは本物の知事が出席し、答弁に立った。

 (2)これから様々な試みがなされるはずなので予断は禁物だが、(1)-(a)、(b)の2事例を見るかぎり、片山教授が懸念し、恐れていた事態が進行しつつある。該当高校の教師はじめ関係者が悩みつつ取り組んでいるのを百も承知の上で、敢えてそう思わざるを得ない。
  (a)’主権者として選挙権を行使できることになる新有権者の自覚を促すとともに、実際の投票がどんなものか、疑似体験してもらう。
  (b)’選挙を通じて自分たちが選んだ代表が普段どんなことをやっているのか、それに近い場面を経験することを通じて政治に関心を持ってもらう。
 そんな狙いが(1)の事例には込められているにちがいない。しかし、いずれもピントがずれている。

 (3)なぜピントがずれた主権者教育なのか。
  (a)’’これを行うことにどんな意味があるのか。まさか、高校生たちが選挙に際し、投票所で働くことを想定して行っているわけではあるまい。初めての投票で戸惑わないよう配慮してのことだろう。しかし、投票の仕方が分からないから投票所に行くのを躊躇うというようなデータがあればともかく、そんな事情があるわけではないだろう。実際、老若男女の誰でも投票所に足を運べば、戸惑うことなく投票できるよう、昨今の選挙管理委員会は適切な案内表示を設定している。それでもわからない人には、その場のスタッフが懇切に教えてくれる。高校生に前もって投票所のまねごとをさせることなど無用で、貴重な時間を充てるのであれば、もっとほかにやるべきことがあるはずだ。
  (b)’’模擬議会も、いったい何のためにやるのか。ひょっとして高校生たちがいずれ被選挙権年齢に達した暁には地方議会議員をめざしてもらうよう、今から訓練しておくということか。それならそれで意味がないわけではないが、そもそも政治家の養成は学校が担う主権者教育の範疇を超えている。

 (4)(1)-(b)の模擬議会は、これまでも少なくない自治体で実施されてきた。「子ども議会」や「女性議会」だ。しかし、一般論としてだが、こうした模擬議会はやらないほうがいい。
 なぜか。
   ①模擬議会がモデルとしている現実の地方議会のありようは、決して模範とすべきでないからだ。議員が滔々と質問を読み上げる。それに対して、首長が、あらかじめ用意された答弁書を、これまたひたすら読み上げる。そんなやりとりに終始する議会は小学校の学芸会のようだ(揶揄)。
   ①’学芸会を貶しているのではない。学芸会は整然と決められたとおり進行されるのをよしとするが、言論の府として議論により合意形成を図るべき議会が、シナリオどおりの学芸会であってはならない、という意味だ。
   ①’’もし、身近な議会が学芸会ではなく、躍動的な運営がなされているのであれば、それを範として模擬議会を開くことには意義を見出せる。「一般論としてだが」と断った所以だ。
   ①’’’しかし、実際には、そうした議会は希有であり、全国の大方の自治体議会では相変わらず学芸会を演じ続けている。これからの民主政治の担い手である前途有為な高校生たちに、そんな学芸会のマネごとなど決してさせるべきではない。
   ②これまた一般論としてだが、「子ども議会」や「女性議会」が、ともすれば首長の人気取り施策の一環として利用されてきた節があるからだ。子どもや女性を議会に招じ入れ、そこで出された質問に懇切に答える姿勢を見せて、業界団体ばかりでなく、子どもや女性にも大いに関心をもって政治や行政を行っているとの好印象を与えるのだ。主権者教育が、あろうことか、権力者の人気取り施策のお先棒を担ぐようなことがあってはならない。

 (5)では、主権者教育、有権者教育として何が大切で、何をすればいいのか。
 それは一人ひとりが民主政治への関わりについて知見を広め、自覚をもってもらうことだ。それには国政よりも自分たちにより身近な自治体の問題をとりあげるのがわかりやすく、かつ、実践しやすいはずだ。
 <例>生徒たちの通学路である市道、その歩道における自転車通行のあり方を取り上げる。クラス委員が議員になったつもりで、規制の是非を論じてみるのだ。①スピードを出した自転車の怖さを感じることの多い徒歩通学の生徒は、歩道の自転車通行を禁止し、あるいは何らかの制限を加えてほしいと言うだろう。②一方、自転車通学の生徒は、それに難色を示すはずだ。
 たった一つのクラスの中でさえ、結論を得るのは容易なことではない。
 だが、民主政治とは、異なる考えを持つ成員の間で、常に合意を見出していかねばならない難儀な作業である。そのことを知るだけでもとても貴重な経験となる。
 もし、クラスで「市道である通学路の自転車通行に規制を設けるべき」との合意が得られたら、次は実践に移るのだ。早速、それを市議会への請願に持ち込むのだ。 
 総務省と文科省が作成した生徒用副教材「私たちが拓く日本の未来」では、どういうわけは「模擬請願」を勧めているが、そんなマネゴトではなく、真正の請願を出せばよい。

 (6)その高校生たちの請願に、市民の代表である市議会がどう向き合うか。
 適当にあしらうのか、それとも真摯に受け止めてくれるか。
 自分たちに意見陳述の機関が与えられるかどうか。
 そうした経験を通じて、高校生たちはわがまちにおける市民の位置づけや地方自治の実態を知るにちがいない。実は、それこそが生きた主権者教育なのだ。

□片山善博(慶應義塾大学教授)「選挙権年齢の引下げと主権者教育のあり方 ~日本を診る第76回~」(「世界」2016年3月号)
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