語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【本】世界中で食べられるトマト缶 ~消費者が知らない驚愕の事実~

2018年04月29日 | 批評・思想
★ジャン=バティスト・マレ(田中裕子・訳)『トマト缶の黒い真実』(太田出版 1,900円)

 (1)生野菜の価格が高騰する昨今、料理のために「トマト缶」のお世話になる人も多いかもしれない。
 しかし、その中身はよく見かけるように本当にイタリア産のものなのだろうか?
 実は、加工用トマトの輸出国トップは中国で、生産国としても米国に次ぐ世界2位の座にある。今や、トマトも、中国を抜きにしては語れないのである。

 (2)『トマト缶の黒い真実』は、著者が中国からイタリア、米国やアフリカの地を歩き回って、トマト加工産業の不透明な実態に迫るルポルタージュだ。
 本書で指摘されるように「ほのぼのとしたイメージ」に包まれているトマトは、実際には過去50年間で生産量が60倍に増え、それとともにグローバルな貿易の波に洗われて、巨万の富を生むようになった農産品なのだ。

 (3)考えてみれば、トマトは資本主義と親和的だ。
 南米を原産地とするトマトは、15世紀から始まった大航海時代に観賞用として欧州大陸へと伝わった。食用となったのは18世紀半ばの産業革命を経てから後のことで、世界市場の発展とともに広まることになった。
 大々的なトマト加工で財を成したのは、1869年創業の米ハインツである。同社は自動車メーカーの米フォード・モーターに先駆けて自動化や標準化、労働管理を進めた由。

 (4)現在、トマトペーストや水煮缶の中身は、米国資本を使って中国の新疆ウイグル自治区で収穫・加工されたトマトが、イタリアに輸出され、イタリアで同国産のラベルを張られてアフリカに輸出される・・・・といった“現代版三角貿易”の賜物だったりする。
 特に濃縮トマトは、簡単に水やでんぷんを加えることができるため、利ざやの大きい商品だ。著者は、国際見本市でも無添加の濃縮トマトを扱う中国企業を見かけることはなかった、という。
 こうした中国の生産者とイタリアのアグロ(農業)マフィアが結託し、アフリカ市場へ進出した。
 そして、例えばセネガルでは濃縮トマトを自国だけで賄っていたのが、外国企業の工場と販売網に追いやられ、結果として労働者は出稼ぎとなってイタリアでマフィアに搾取されるようになった。その賃金は、中国のトマト収穫労働者と同じ程度でしかない。
 こうしてトマトから生み出されるお金とトマトを収穫する労働力によって、世界を駆け巡った加工トマトが私たちの日常の食卓へと運ばれてくるのだ。

□吉田徹(北海道大学大学院法学研究科教授)「世界中で食べられるトマト缶/消費者が知らない驚愕の事実  ~私の「イチオシ収穫本」~」(「週刊ダイヤモンド」2018年4月28日-5月5日号)

 【参考】
【本】移民政策の得失を冷静に分析 ~キューバ移民の第一線学者~
【本】戦前から日本は変わらず ~1940年体制~
【本】いかに“米中戦争”を避けるか ~歴史から国際政治を類推する~
【本】つげ義春は文章も面白い ~『つげ義春とぼく』~
【本】バブルを描く古典的名著 ~『バブルの物語 暴落の前に天才がいる』~
【本】塩野七生、最後の歴史大長編 ~『ギリシア人の物語3』~
【本】日本銀行はどのようにして政治的に追い込まれたのか ~『日銀と政治 暗闘の20年史』~
【本】最悪の選択は現状維持と分析 ~黒田日銀の5年間を問う好著~
【本】麻薬撲滅のための経済学思考 ~アピールと説得の理論と方法~
【本】モンゴルのユーラシア制覇 ~『モンゴルvs.西欧vs.イスラム 13世紀の世界大戦』~
【本】歴史はどう繰り返すのか ~『歴史からの発想』~
【本】社会変革のヒントを得る ~『フィンランド 豊かさのメソッド』~
【本】時流に流されないために ~『誰か「戦前」を知らないか 夏彦迷惑問答』~
【本】戦争の矛盾がよく理解できる/存在自体が珍しい軍事技術書 ~『兵士を救え! (珍)軍事研究』~
【本】北朝鮮核危機を描く労作 ~『ザ・ペニンシュラ・クエスチョン』~
【本】スウェーデンの高福祉で高競争力、両立の秘密 ~『政治経済の生態学』~
【本】ネット時代のテロリズムはどこから生まれてくるのか ~『グローバル・ジハードのパラダイム: パリを
【本】1920年代の経済報道に学ぶ ~『経済失政はなぜ繰り返すのか メディアが伝えた昭和恐慌』~
【本】朝日新聞・書評委員が選ぶ「今年の3点」(抄)
【本】著者の知的誠実さに打たれる日韓問題を深く理解できる書 ~『「地政心理」で語る半島と列島』~
【本】人の判断はなぜ歪むのか/2人の研究者の友情物語 ~『かくて行動経済学は生まれり』~ 
【本】エネルギーの本質を学ぶ ~『エネルギーを選びなおす』~
【本】JR九州の勢いの秘密を凝縮 ~読んで元気が出る人間の物語~
【本】日本は英国の経験に学べ ~『イギリス近代史講義』~
【本】噴火の時待つ巨額損失のマグマ ~『異次元緩
【本】“立憲主義”の由来を知る ~『立憲非立憲』~
【本】日本語特殊論に与せず ~『英語にも主語はなかった』~
【本】小国の視点で歴史を学ぶ ~『石油に浮かぶ国/クウェートの歴史と現実』~
【本】日本における婚姻を考える ~『婚姻の話』~
【本】元財務官僚のエコノミストが日本経済復活の処方箋を説く ~『日本を救う最強の経済論』~
【本】歴史を知らずに大人になる不幸 ~『戦争の大問題 それでも戦争を選ぶのか。』~
【本】私たちの食卓はどうなるのか ~工業化された食糧生産の脆さ~
【本】歪み増殖していく物語に迷う ~『森へ行きましょう』~
【本】加工食品はどこから来たのか ~軍隊と科学の密な関係~
【本】80年代中世ブームの傑作 ~『一揆』~
【本】万華鏡のように迫る名著 ~『新装版 資本主義・社会主義・民主主義』~
『【本】『世界をまどわせた地図』
【本】率直過ぎる米情報将校の直言 ~『戦場 -元国家安全保障担当補佐官による告発』~
【佐藤優】宗教改革の物語 ~近代、民族、国家の起源~」」
【本】舌鋒鋭く世の中の本質に迫る/地球規模で読まれた洞察の書 ~『反脆弱性』~
【本】【神戸】「自己満足」による過剰開発のツケ ~『神戸百年の大計と未来』~
【本】英国は“対岸の火事”にあらず ~新自由主義による悲惨な末路~
【本】人材開発でもPDCAを回す ~戦略的に人事を考える必読書~
【本】仮想通貨が通用する理屈 ~『経済ってそういうことだったのか会議』~
【本】進化認知学の世界への招待 ~『動物の賢さがわかるほど人間は賢いのか』『動物になって生きてみた』~
【本】「戦争がつくっった現代の食卓」 ~ネイティック研究所~
【本】IT革命、コミュニケーションの変容、家族の繋がりが希薄化 ~『「サル化」する人間社会』~
【本】生命はいかに「調節」されるかを豊富な事例で解き明かす ~『セレンゲティ・ルール』~
【本】メディアの問題点をえぐる ~『勝負の分かれ目 メディアの生き残りに賭けた男たちの物語』~
【本】テイラー・J・マッツェオ『歴史の証人 ホテル・リッツ』
【本】中国から見た邪馬台国とは
【本】核兵器は世界を平和にするか ~著名学者2人がガチンコ対決~
【本】『戦争がつくった現代の食卓 軍と加工食品の知られざる関係』
【本】梅原猛『梅原猛の授業 仏教』
【本】東芝が危機に陥った原因は「サラリーマン全体主義」 ~『東芝 原子力敗戦』~
【本】バブル崩壊後の経済を総括 ~『日本の「失われた20年」』~
【本】20世紀英国は実は軍事色が濃厚 ~通念を覆す『戦争国家イギリス』
【本】時代による変化、方言など ~『オノマトペの謎 ピカチュウからモフモフまで』~
【本】冷笑的な気分に喝を入れる警告と啓発に満ちた本 ~『日本中枢の狂謀』~
【本】物質至上主義批判の古典 ~『スモール イズ ビューティフル』~
【本】日本近現代史を学び直す ~『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』~
【本】精神の自由掲げた9人の輝き ~『暗い時代の人々』~
【本】遊牧民は「野蛮」ではなかった ~俗説を覆すユーラシアの通史~
【本】いつも同じ、ブレないのだ ~『ブラタモリ』(1~8)~
【本】分裂する米国を論じた労作 ~『階級 「断絶」社会 アメリカ』~
【本】否応なきグローバル化、つながることの有用性 ~「接続性」の地政学~
【本】読書の効用、ゆっくり丹念な ~より速く成果を出すメソッド~
【本】国谷裕子『キャスターという仕事』
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【佐藤優】マスメディアの自主規制 ~対テロ(14)~

2018年04月29日 | ●佐藤優
 <ガノール氏は、テロ対策において、マスメディアの自己規制が死活的に重要と考えている。

  〈「メディアは市民の義務を守れ」という呼びかけは、ワイマンのステートメントに示されている。それによると市民は、可能な限り正確かつ偽りのない最新情報を得る権利がある。つまり、市民の「知る権利」である。それと並んで、市民は「知らない権利」を持つ。それは被疑者のプライバシーの権利であり、メディアの報道によって、テロ犠牲者の個人的かつ内輪の事情がさらされてはならないという権利である。市民の安全にかかわる治安上の情報を守る権利も含まれる。〉(本書290頁) 

 それでは「知る権利」と「知らない権利」の間の調整はどのようにして図るのだろうか。ガノール氏は、9・11米国同時多発テロの経験を基にしてこう主張する。

  〈ジャーナリストが、ふたつのバランスに配慮する必要に迫られたのが、2001年9月11日、アメリカで起きた同時多発テロだった。悲惨な光景を撮影する取材チームは、カメラに小さな星条旗をつけ、中継車には星条旗や行方不明者の写真を貼った。こういった行為は、職業上の責務と市民としての義務を認識し、それを守ろうとするアメリカ人ジャーナリストたちの姿勢を明確に示していた。
  1997年、イスラエルで「シェファイイム会議」と称する会合が開かれた。ヘルツリヤ学際センターの国際カウンター・テロリズム政策研究所が主催した専門家会議で、イスラエルのメディア関係者(報道記者と編集者)とカウンター・テロリズムの専門家が出席した。イスラエルにおけるテロ攻撃報道がテーマで、参加者たちはふたつの責務の適切なバランスのとり方について議論した(会議のサマリーは付録資料A参照)。参加者たちが出した勧告には、主な提案がふたつある。テロ犠牲者のクローズアップ写真や映像報道を避けることと、それらを繰り返し報道するのを極力制限することである。
  このふたつの提案は、ジャーナリストとしての職業上の責務と市民としての義務のデリケートなバランスを維持することを可能にする。〉(本書290頁) 

 さらにマスメディアにも自己規制が向けられる。特にテロ組織が提供する情報の扱いや会見についてだ。ガノール氏は、マスメディア関係者に以下の対応を求める。

  〈時にはテロ組織がメディアに直接アピールして、それを自己の目的に利用するケースがある。人質をとって立てこもって何かを強要している最中に、メディアのインタビューを要求することがある。あるいは放送局を占拠し、自分たちのメッセージを流すよう強制することもある。さらに攻撃前にメディアを現場に呼び寄せることもある。その場合、テロ組織はメディアが必ず現場に急行すると考えているわけではないが、事件の事前取材には、それなりに利用価値があることを彼らは知っている。
  1980年代末期、ユダヤ・サマリア(西岸地区)とガザ回廊でパレスチナ人のインティファーダが起きていた頃、このようなケースが何度かあった。テロ組織の代表から、「いつどこで」とジャーナリストに連絡がくる。しかし、呼びつける理由は明かさない。行ってみてはじめて、たとえばイスラエルの内通者の処刑であることがわかり、その場面を取材する破目になったりした。
  現場にメディアが到着すること自体が、作戦開始の合図として使われたり、殺害の引き金になったりすることもある。メディアがその場にいなければ、暴力は起きなかったかもしれない。メディアは意図せずとも、暴力とテロを誘発させたり、それに加担してしまったりすることがあるのだ。
  前述したように、プロとしての債務と倫理問題のジレンマは、メディアの活動につきものであるが、テロリストの呼びかけに応じる問題にはジレンマは生じない。あいまいさを排し、非妥協の姿勢を貫かねばならない。〉(本書297頁)

 このようなマスメディアの自己規制は、イスラエルだけでなく、アメリカ、イギリス、ロシアなどでも行われている。ガノール氏は、テロリストの動機が政治目標の達成であることに鑑みれば、マスメディアが国民が、自由で民主的な社会を守るために必要と考えている。ガノール氏の見解は、以下に端的に示されている。

  〈現代のテロリズムは、政治的な目標が動機となっている点で通常の犯罪行為とは異なっている。テロリストが実行する行為--殺人、破壊、脅迫、放火など--は一般的な犯罪行為のそれと同じかもしれないが、これらはすべて彼らにとって、より幅広いイデオロギー的、社会的、経済的、国家的、または宗教的な目標を達成する手段でしかない。
  テロリストは最終的な政治目標を達成するにあたって非常に重要な中間段階を通過する--すなわち、標的にした共同体の個々人に、自分が次の攻撃で犠牲になってもおかしくないという身のすくむような恐怖感を徐々に染み込ませるのである。テロリズムは安心感を蝕み、日々の生活を混乱させ、標的とする国家の機能を害するように作用する。この戦略の目標は、失われた安心感を取り戻したいという世論の圧力を政策決定者にかけて、テロリストの要求を受け入れさせることである。こうして標的とされた一般市民は、テロリストが自らの政治的利益を増大させる道具と化すのだ。〉(本書302頁)>

□ボアズ・ガノール(佐藤優・監訳、河合洋一郎・訳)『カウンター・テロリズム・パズル 政策決定者への提
言』(並木書房 2018)の冒頭、佐藤優「監訳者のことば--テロリズムに関する実用書兼実務書」の「(14)マスメディアの自主規制」を引用

 【参考】
【佐藤優】司法特別手続きと行政処分の拡大 ~対テロ(13)~
【佐藤優】尋問における「身体的圧力」 ~対テロ(12)~
【佐藤優】ゲリラ戦に関するハルカビの理論 ~対テロ(11)~
【佐藤優】壁と「鉄の屋根」というミサイル迎撃システム ~対テロ(10)~
【佐藤優】中立化(暗殺)工作 ~対テロ(9)~
【佐藤優】レッドラインを設けない ~対テロ(8)~
【佐藤優】インテリジェンスの重要性 ~対テロ(7)~
【佐藤優】テロ対策と国民感情 ~対テロ(6)~
【佐藤優】戦争犯罪とテロリズムの区別 ~対テロ(5)~
【佐藤優】テロリズムの定義 ~対テロ(4)~
【佐藤優】政治(国家)指導者の能力 ~対テロ(3)~
【佐藤優】アート(芸術)としてのインテリジェンス ~対テロ(2)~
【佐藤優】ボアズ・ガノール氏との出会い
【佐藤優】「監訳者のことば--テロリズムに関する実用書兼実務書」の目次

 
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