★オーウェン・ジョーンズ(依田卓巳・訳)『チャヴ 弱者を敵視する社会』(海と月社 2,400円)
「チャヴ」とは聞き慣れない言葉だが、英国の若い白人労働者層を指すものとして、2000年代ころから広く使われるようになった。
新作が公開された英国の映画「トレインスポッティング」の主人公なども当てはまりそうだが、日本では「マイルド・ヤンキー」が意味合いとしては近いだろうか。
著者は、このチャヴが、ありとあらゆる種類の軽蔑と嘲笑の対象となっていることを克明につづり、それがなぜ横行しているのかを説得的に解き明かす。彼や彼女らは勤労倫理に欠け、自堕落で福祉に頼り、しかも人種差別主義者とのレッテルを貼られてきた。それ故、チャヴは自助努力を重んじる保守派からも、平等を重んじるリベラルからも、論難される対象となっていったことが、政治家の発言や事件報道、カルチャーシーンまでを引いて実証される。
しかし、まともな仕事にありつけず、苦しい生活を送るチャヴは、なぜ中間層からかくも蔑視されなければならないのか。それは1980年代のサッチャー政権と、続く労働党政権も、自己責任の原理を重視して成功も失敗も個人次第だとしたことにあるという。社会に階級があることを否定すれば、人々が置かれている実質的な不平等は目に見えず、社会ではなく、個人に問題があることになる。
サッチャー時代に生まれた著者オーウェンは、公営住宅の供給不足(欧州首都圏の住居費の高騰は政治問題化している)や金融サービス業への産業転換、労働組合バッシングといった政策によって、労働者階級のこうした困窮化が進んでいったことを数多くの報告書、専門家や一般庶民へのインタビューを通じて明らかにしていく。
英国の賃金上昇率は、2000年代に入ってから生産性上昇率の半分にすぎない。今では5人に1人が貧困ライン以下での生活を余儀なくされている。問題があるとしたら、それは個人にではなく、構造にあるはずなのだ、と。
本書は、本国のみならず欧州各国で反響を呼び、反緊縮と反グローバル化を唱える欧州のいわゆる「オルタ・レフト」運動に大きな影響を与えたとされる。
原著は12年の出版だが、その後、ブレグジット(英国のEU離脱)やトランプ米大統領の誕生が現実のものとなった。その陰には、左派政党からも見捨てられた白人労働者の苦境があったのも事実だ。
私たちは84年生まれの若き著者が「新しい階級政治」を唱えるような時代に生きている。政治を突き動かす、このミレニアル世代の訴えに耳を傾けなければ、未来を見損なうことになるだろう。
□吉田徹(北海道大学大学院法学研究科教授「英国は“対岸の火事”にあらず/新自由主義による悲惨な末路 ~私の「イチオシ収穫本」~」(「週刊ダイヤモンド」2017年11月4日号)
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「チャヴ」とは聞き慣れない言葉だが、英国の若い白人労働者層を指すものとして、2000年代ころから広く使われるようになった。
新作が公開された英国の映画「トレインスポッティング」の主人公なども当てはまりそうだが、日本では「マイルド・ヤンキー」が意味合いとしては近いだろうか。
著者は、このチャヴが、ありとあらゆる種類の軽蔑と嘲笑の対象となっていることを克明につづり、それがなぜ横行しているのかを説得的に解き明かす。彼や彼女らは勤労倫理に欠け、自堕落で福祉に頼り、しかも人種差別主義者とのレッテルを貼られてきた。それ故、チャヴは自助努力を重んじる保守派からも、平等を重んじるリベラルからも、論難される対象となっていったことが、政治家の発言や事件報道、カルチャーシーンまでを引いて実証される。
しかし、まともな仕事にありつけず、苦しい生活を送るチャヴは、なぜ中間層からかくも蔑視されなければならないのか。それは1980年代のサッチャー政権と、続く労働党政権も、自己責任の原理を重視して成功も失敗も個人次第だとしたことにあるという。社会に階級があることを否定すれば、人々が置かれている実質的な不平等は目に見えず、社会ではなく、個人に問題があることになる。
サッチャー時代に生まれた著者オーウェンは、公営住宅の供給不足(欧州首都圏の住居費の高騰は政治問題化している)や金融サービス業への産業転換、労働組合バッシングといった政策によって、労働者階級のこうした困窮化が進んでいったことを数多くの報告書、専門家や一般庶民へのインタビューを通じて明らかにしていく。
英国の賃金上昇率は、2000年代に入ってから生産性上昇率の半分にすぎない。今では5人に1人が貧困ライン以下での生活を余儀なくされている。問題があるとしたら、それは個人にではなく、構造にあるはずなのだ、と。
本書は、本国のみならず欧州各国で反響を呼び、反緊縮と反グローバル化を唱える欧州のいわゆる「オルタ・レフト」運動に大きな影響を与えたとされる。
原著は12年の出版だが、その後、ブレグジット(英国のEU離脱)やトランプ米大統領の誕生が現実のものとなった。その陰には、左派政党からも見捨てられた白人労働者の苦境があったのも事実だ。
私たちは84年生まれの若き著者が「新しい階級政治」を唱えるような時代に生きている。政治を突き動かす、このミレニアル世代の訴えに耳を傾けなければ、未来を見損なうことになるだろう。
□吉田徹(北海道大学大学院法学研究科教授「英国は“対岸の火事”にあらず/新自由主義による悲惨な末路 ~私の「イチオシ収穫本」~」(「週刊ダイヤモンド」2017年11月4日号)
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