語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【佐藤優】中立化(暗殺)工作 ~対テロ(9)~

2018年04月25日 | ●佐藤優
 <テロ対策では、平和な環境に慣れた日本人には、考えつかないような選択肢もある。ガノール氏は、端的にターゲット・キリング(暗殺)という言葉を用いるが、インテリジェンスの世界では、「中立化(nutralisation)」と表現されることが多い。暗殺の必要性についてガノール氏はこう説明する。

  〈ターゲット・キリング(暗殺)は、対テロ政策の最先端に位置する攻撃行動である。ターゲット・キリングとは、テロリズムと戦っている国家が、組織内でテロ攻撃の立案、指揮、準備、要員のリクルート、訓練、支援などを行っている者たちを殺害するか、少なくともテロ活動に参加できなくなるようにする目的で攻撃することである。
  個人に対する攻撃行動には、相互に関係し合ったふたつの問題がある。基準となるモラルの問題とこうした行為の有効性の問題だ。言い換えれば、個人に対して実施する攻撃行動の正当性である。「ターゲット・キリング」の有効性は、先に分析した攻撃行動の問題と密接に結びついている。そのため基準となるモラルについてまず考えてみる。
  モラルの問題は文化によって異なり、その価値観には絶対性がないため、誰もが同意できるモラルを見つけるのは難しい。それは文化や時代によって変化する価値観であり、同じ社会の中でもグループ間や個人で変わってくる。〉(本書157頁) 

 モラルは文化によって拘束される。したがって、イスラエルの文化的文脈で書かれている本書の内容をそのまま日本に輸入することは不可能であるし、そのようなアプローチを取ってはならない。しかし、ガノール氏が本書で示した暗殺、行政拘束、マスメディアの自主規制について、感情的に反発するのではなく、なぜそのような方策を取る必要に民主主義国家であるイスラエルが迫られたのかについて論理的に考えることが重要だ。>

□ボアズ・ガノール(佐藤優・監訳、河合洋一郎・訳)『カウンター・テロリズム・パズル 政策決定者への提
言』(並木書房 2018)の冒頭、佐藤優「監訳者のことば--テロリズムに関する実用書兼実務書」の「(9)中立化(暗殺)工作」を引用

 【参考】
【佐藤優】レッドラインを設けない ~対テロ(8)~
【佐藤優】インテリジェンスの重要性 ~対テロ(7)~
【佐藤優】テロ対策と国民感情 ~対テロ(6)~
【佐藤優】戦争犯罪とテロリズムの区別 ~対テロ(5)~
【佐藤優】テロリズムの定義 ~対テロ(4)~
【佐藤優】政治(国家)指導者の能力 ~対テロ(3)~
【佐藤優】アート(芸術)としてのインテリジェンス ~対テロ(2)~
【佐藤優】ボアズ・ガノール氏との出会い
【佐藤優】「監訳者のことば--テロリズムに関する実用書兼実務書」の目次

 

【禅】心を落ち着かせる ~ダルマと恵可の問答~

2018年04月25日 | 批評・思想
 <さらに、恵可はたずねる、「どうか先生、心をおちつかせてください」
 先生、「心をもって来なさい。君に心をおちつかせてやろう」
 すすんでいう、「心を探して、どこにも見つかりません」
 先生、「探せても、どうしてそれがお前の心であろう。おまえに心をおちつかせてあげたよ」
 達磨は恵可につげていう、「おまえに心をおちつかせてあげたよ。おまえは今、わかるか」
 恵可は言下に大悟する。>

 *

 柳田聖山は、京都大学人文科学研究所の元所長、国際禅学研究所の元所長。第32回読売文学賞(『一休-狂雲集の世界』、1981年)、第27回仏教伝道文化賞(1993年)受賞。紫綬褒章(1991年)、勲三等瑞宝章(1996年)受章。

□柳田聖山・責任編集、解説、訳『禅語録 ~世界の名著・続3~』(中央公論社、1974)の『祖堂集』の「菩提達磨」から一部引用

 

【佐藤優】レッドラインを設けない ~対テロ(8)~

2018年04月25日 | ●佐藤優
 <ところで、テロ対策においては、事前にレッドライン(この線を超えたら反撃するという基準)を示すには及ばないという考えにガノール氏は傾いているようだ。

  〈隣国のアラブ諸国に対するイスラエルの政策に関して、ドゥロールはレッドラインを定める利点についていくつかの疑問を呈している。彼の考えでは、この線を越えればこういった報復反撃を行うという明確なラインをあらかじめ引いておくのは賢いやり方ではない。報復を事前に示唆するのも同じだからだ。
  抑止政策を立案する際の問題は、相手がテロ組織だとより鮮明となる。クレンショーは、テロリストにテロ行為の代償は高く、厳しい刑罰が待っていると納得させねばならないところに難しさがあると主張する。しかし、抑止のメッセージがテロ組織側にどのように受け止められ、どのような影響を与えたかを評価するのは難しい。彼らの価値観は彼らの敵のそれとは違うのが普通だ。彼らにはほかの基準があり、何よりも危険因子に対する態度が違っている。〉(本書113頁) 

 レッドラインを示すと、「その線を超えなければ、何をやってもいい」とテロリストが受け止めるリスクがあるからだ。ガノール氏を含むイスラエルの専門家には、テロリズムを阻止する手段はないという、悲観的な現状認識がある。

  〈1990年代半ばにイスラエルで発生した一連のテロ事件によって、国家のテロを防ぐ能力の低さが問題となった。以前とは違い、イスラエルの政策決定者たちの間で、死を決した自爆テロリストを阻止するのは不可能なのではないかという気分が高まっていた。1994年10月にテルアビブで起きたバスを狙ったテロ攻撃後の政府高官たちの発言を見ればそれがわかる。シモン・シェトリート大臣がイスラエルの対テロ抑止力の強化を提案すると、イツハク・ラビン首相はこう答えている。
 「テロリズムを抑止する手段などない」
 テロ組織を抑止することは可能か、という質問に答えて当時、ISA長官を務めていたカルミ・ギロンは、
 「抑止できるか? ほんの少しなら・・・・レバノンの例を見ればわかるだろう。テロリズムは弱者の武器であると同時に、強者のアキレス腱でもある。無敵のIDFもカチューシャ・ロケットを撃ち込まれた2件のテロに対してどう反応すればいいのかわからない。IDFは右から左に動いている敵3個師団にどう対処すればいいか知っているが、ベドウインの羊飼いたちに対しては役に立たない。〉(本書122~132頁)>

□ボアズ・ガノール(佐藤優・監訳、河合洋一郎・訳)『カウンター・テロリズム・パズル 政策決定者への提
言』(並木書房 2018)の冒頭、佐藤優「監訳者のことば--テロリズムに関する実用書兼実務書」の「(8)レッドラインを設けない」を引用

 【参考】
【佐藤優】インテリジェンスの重要性 ~対テロ(7)~
【佐藤優】テロ対策と国民感情 ~対テロ(6)~
【佐藤優】戦争犯罪とテロリズムの区別 ~対テロ(5)~
【佐藤優】テロリズムの定義 ~対テロ(4)~
【佐藤優】政治(国家)指導者の能力 ~対テロ(3)~
【佐藤優】アート(芸術)としてのインテリジェンス ~対テロ(2)~
【佐藤優】ボアズ・ガノール氏との出会い
【佐藤優】「監訳者のことば--テロリズムに関する実用書兼実務書」の目次