語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【本】生命はいかに「調節」されるかを豊富な事例で解き明かす ~『セレンゲティ・ルール』~

2017年09月25日 | 批評・思想
★ショーン・B・キャロル(高橋洋・訳)『セレンゲティ・ルール--生命はいかに調節されるか』(紀伊國屋書店 2,200円)

 (1)東アフリカ全域で家畜に牛痘の予防接種をしたところ、タンザニアのセレンゲティ国立公園内の水牛とヌーが急増した。特に、ヌーは大量の草を消費し、そのために乾期の火災が減少した。若い苗木の生長を抑える火災が減ったために植生が多様化し、森林が拡大して餌が増えたことからキリンも急増した。

 (2)われわれを取り巻く環境は、こうした複雑な「調節」の関係に満ちている。
 ヌーが増えたため捕食動物のライオンやハイエナが増えたというのは分かりやすい。
 だが、草食動物のキリンも増えたというのは意外である。
 草を食べるバッタやイナゴは減ったが、植生が多様化したためにチョウの種類が増えたというのも、かなり意外だ。

 (3)促進と抑制の調節メカニズムは、実は、われわれの体内を支配する原理でもある。
 高脂血症は、「レダクターゼ酵素」の活動によって血中のLDL(いわゆる悪玉コレステロール)が過剰となるため起こる。
 健康な体内では、LDLの増加は細胞のLDLレセプターを活性化させ、同時にレダクターゼ酵素の活動を抑制している。
 日本の製薬会社で研究していた遠藤章は、レダクターゼ酵素の活動を抑制する物質が高脂血症の治療薬になるとの発想から菌類を研究して、「スタチン」を発見した。製薬会社内部の事情など紆余曲折があったものの、それが同時にLDLレセプターを増加させるとの発見も加わり、画期的な発明がもたらされた。各種の新薬が普及した結果、心臓病による米国人の死亡率は推定で約6割減った。

  (4)今日、われわれは複雑で精妙な調節のメカニズムを知らねばならない。そして、得られた知識を前向きに生かし、生活を改善していかねばならない。これが、本書の主要なメッセージである。
 絶滅に瀕した魚類を河川や湖沼にただ放流しても、調節メカニズムへの洞察抜きでは、対策になりにくい。生態系の回復には、食物連鎖の上方や下方に働き掛けるといった知恵が必要なのだ。

 (5)「自然のままがよい」「自然を取り戻そう」という言説を、よく耳にする。だが、ありのままの自然などないのだ。本書が生き生きと描くのは、いったん絶滅したオオカミを放ったことによるイエローストーン国立公園(米国)の生態系の回復であり、内戦で破壊されたゴンゴローザ国立公園(モザンビーク)の再構築であり、天然痘の撲滅であり、癌の新たな治療法の開拓だ。全て人為の所産である。
 自然をどう保つかは、やはり人類の知恵に懸かっている。感動的な数々の事例と読みやすい文章で、本書はそれを語りかけている。

□玉井克哉(東京大学教授・信州大学教授)「生命はいかに「調節」されるか/豊富な事例で解き明かす好著  ~私の「イチオシ収穫本」~」(「週刊ダイヤモンド」2017年9月30日号)
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