語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【本】JR九州の勢いの秘密を凝縮 ~読んで元気が出る人間の物語~

2017年12月08日 | 批評・思想
★唐池恒二『新鉄客商売 本気になって何が悪い』(PHP研究所 1,700円)

 (1)旧国鉄の分割民営化には、3人の立役者がいる。松田昌士・元JR東日本会長、井手正敬・元JR西日本会長、葛西敬之・JR東海代表取締役名誉会長だ。
 JR東日本は1993年、JR西日本は96年、JR東海は97年に株式上場している。

 (2)この3社と比較すると、JR北海道、JR四国、JR九州は「三島(さんとう)会社」と呼ばれ、JRグループの中でも日陰の立場にあった。
 その3社の中からは、2016年にJR九州が上場を果たした。JR東日本から遅れること23年である。
 JR九州といえば、最近はクルーズトレインの「ななつ星」で有名だが、営業収益の半分以上を鉄道以外の収益、例えば建設、不動産、流通・外食などで得ており、もはや鉄道会社と言えないくらいに多角化している。その推進役となったのが、本書の著者である。

 (3)(1)に挙げた3人を扱った書籍は数多くあるが、多くは政治的な物語である。
 しかし、本書は、正に人間の物語であり、JR九州は実にいろいろな事業を手掛けていることがよく分かる。福岡と釜山との間でジェットフェリーの「ビートル」を開通させ、軌道に乗せているし、外食分野では九州地域だけでなく、東京にも進出している。赤坂にある人気店の「うまや」がそれで、評者も一度訪れたことがあるが、JR九州が運営する店舗とは全く知らなかった。他にも、農業、不動産と数多くの新事業を手掛け、成功に導いている。

 (4)著者によれば、三つの力が働くと仕事は成功するという。
  (a)夢見る力。
  (b)「気」を満ち溢れさせる力。
  (c)伝える力。
 とりわけ、著者は(b)を重視する。

 (5)JR九州と日頃から仕事で接点のある人の最近の話では、「社員が実に明るい」。2016年上場し、新規事業も順調に伸びているのだから、社員に元気が出ないわけがない。
 ただ、そうした社内風土も、一朝一夕にできるものではない。きっと、JR九州の関係者による長年の風土改革が実を結んだのであろう。

 (6)本書は、表紙を含めて数多くのイラストが挿入されており、それらを見るだけでも楽しい。また、宮崎県日南市の飫肥(おび)という街が紹介される。多くの人は知らないけれど、日本には住民が意見を出し合って街づくりを進めた地域もあるのだと教えてくれる。
 置かれた経営環境は異なるが、ぜひ、JR北海道やJR四国も、JR九州に続いてほしいものだ。

□吉川尚宏(A.T.カーニー株式会社 パートナー)「JR九州の勢いの秘密を凝縮/読んで元気が出る人間の物語 ~私の「イチオシ収穫本」~」(「週刊ダイヤモンド」2017年12月9日号)
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 【参考】
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【本】噴火の時待つ巨額損失のマグマ ~『異次元緩
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【本】日本語特殊論に与せず ~『英語にも主語はなかった』~
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【本】日本における婚姻を考える ~『婚姻の話』~
【本】元財務官僚のエコノミストが日本経済復活の処方箋を説く ~『日本を救う最強の経済論』~
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