語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【本】『世界をまどわせた地図』

2017年11月14日 | 批評・思想
★エドワード・ブルック=ヒッチング(井田仁康・日本語版監修、関谷冬華・訳)『世界をまどわせた地図』(日経ナショナルジオグラフィック社 2,916円)
 Edward Brooke-Hitching 古地図の愛好家。ロンドンでアンティーク地図と古本の山に囲まれて暮らす。

 (1)本書に登場するのは、すべてウソの地図である。あるものは意図的に、またあるものは誤解や怠慢によって描かれ、人々をまどわせてきた。地図を信じて探検に出かけたり、人生をかけ新天地に移住しようとした人もいるというから、ずいぶんと人騒がせかつ迷惑な話である。

 (2)だが、本書を気まぐれにめくっていると、どういうわけか、それらがときどき正確な地図よりもチャーミングに見えてくる。
 〈例〉北極にあるとされた巨大な黒い山ルペス・ニグラ。この山は磁石でできており、周囲の海には強大な渦が巻き、海水が地球の中心に吸い込まれているという。この想像力の賜物はメルカトルの地図(1569年)に採用された。
 〈例〉同じ16世紀にオルテリウスによって描かれたアメリカ北東部の地図には、ノルムベガという町の記載がある。これは探検家のデタラメな報告を真に受けて描かれ、後に別の探検家がそこには金、銀、真珠がたっぷりあったと報告したため、イギリスやフランスが植民地にしようと躍起になったが、もちろん見つけることはできなかった。
 〈例〉北米大陸西部にあるとされた巨大湾、ナイル川の源流と考えられていたムーン山脈、オーストラリア中央部の巨大な湖など。どれも実在しないにもかかわらず、それらのデタラメな地図は人をワクワクさせる。

 (3)知らない土地が盛大に残っていた時代。地図がところどころいい加減なのは当たり前のことだった。それは、たぶんこんなふうになっているのでは、といったその程度のものであり、そこには未知の世界を空想する余地が残されていた。
 それが今や、世界の隅々まで机上で見ることができる時代。便利にはなったものの、なんだか息苦しい。
 ここに載っているのはどれも間違った地図ではあるけれど、たまには描かれた当時の気分になって、世界の驚異に心遊ばせるとよい。

□宮田珠己(エッセイスト)「(書評)『世界をまどわせた地図』 エドワード・ブルック=ヒッチング〈著〉」(朝日新聞デジタル 2017年10月16日)
(書評)『世界をまどわせた地図』 エドワード・ブルック=ヒッチング〈著〉
     ↓クリック、プリーズ。↓
にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ  人気ブログランキングへ  blogram投票ボタン

 【参考】
【本】率直過ぎる米情報将校の直言 ~『戦場 -元国家安全保障担当補佐官による告発』~
【佐藤優】宗教改革の物語 ~近代、民族、国家の起源~」」
【本】舌鋒鋭く世の中の本質に迫る/地球規模で読まれた洞察の書 ~『反脆弱性』~
【本】【神戸】「自己満足」による過剰開発のツケ ~『神戸百年の大計と未来』~
【本】英国は“対岸の火事”にあらず ~新自由主義による悲惨な末路~
【本】人材開発でもPDCAを回す ~戦略的に人事を考える必読書~
【本】仮想通貨が通用する理屈 ~『経済ってそういうことだったのか会議』~
【本】進化認知学の世界への招待 ~『動物の賢さがわかるほど人間は賢いのか』『動物になって生きてみた』~
【本】「戦争がつくっった現代の食卓」 ~ネイティック研究所~
【本】IT革命、コミュニケーションの変容、家族の繋がりが希薄化 ~『「サル化」する人間社会』~
【本】生命はいかに「調節」されるかを豊富な事例で解き明かす ~『セレンゲティ・ルール』~
【本】メディアの問題点をえぐる ~『勝負の分かれ目 メディアの生き残りに賭けた男たちの物語』~
【本】テイラー・J・マッツェオ『歴史の証人 ホテル・リッツ』
【本】中国から見た邪馬台国とは
【本】核兵器は世界を平和にするか ~著名学者2人がガチンコ対決~
【本】『戦争がつくった現代の食卓 軍と加工食品の知られざる関係』
【本】梅原猛『梅原猛の授業 仏教』
【本】東芝が危機に陥った原因は「サラリーマン全体主義」 ~『東芝 原子力敗戦』~
【本】バブル崩壊後の経済を総括 ~『日本の「失われた20年」』~
【本】20世紀英国は実は軍事色が濃厚 ~通念を覆す『戦争国家イギリス』
【本】時代による変化、方言など ~『オノマトペの謎 ピカチュウからモフモフまで』~
【本】冷笑的な気分に喝を入れる警告と啓発に満ちた本 ~『日本中枢の狂謀』~
【本】物質至上主義批判の古典 ~『スモール イズ ビューティフル』~
【本】日本近現代史を学び直す ~『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』~
【本】精神の自由掲げた9人の輝き ~『暗い時代の人々』~
【本】遊牧民は「野蛮」ではなかった ~俗説を覆すユーラシアの通史~
【本】いつも同じ、ブレないのだ ~『ブラタモリ』(1~8)~
【本】分裂する米国を論じた労作 ~『階級 「断絶」社会 アメリカ』~
【本】否応なきグローバル化、つながることの有用性 ~「接続性」の地政学~
【本】読書の効用、ゆっくり丹念な ~より速く成果を出すメソッド~
【本】国谷裕子『キャスターという仕事』


最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。