語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【本】国谷裕子『キャスターという仕事』

2017年02月27日 | 社会
 
 誰にも、醸成・熟成が足りずに人には伝えられていない「内なる言葉」があります。それを「外に向かう言葉」にするにはどうすればよいか。「世界は誰かの仕事でできている」の名コピーで知られるコピーライターが、自らの手法を明かしたのが『「言葉にできる」は武器になる。』【引用者注:梅田悟司、日本経済新聞出版社、2017】。
 著者は、言葉にできないのは考えが足りないからだ、と痛烈な前提を示した上で、内なる言葉の「解像度を上げる」手法を示します。注目は単純なスキル本ではないこと。言葉が持つ熱や重み、豊かさをいかに自らのものにするかということの重要性を説くのです。
 そうした努力の意味を実感させてくれたのが、NHK「クローズアップ現代」のキャスターを23年間務めた著者による『キャスターという仕事』。東西冷戦が終わったり、2度の大震災に遭遇するなど国内外で価値観が大きく変動した時代に、キャスターとして「言葉の力を信じ続けてきた」。テレビが伝える真実は映像であって言葉ではないといわれますが、「映像はパワフルであるが故に、想像力を一瞬にして奪ってしまう。それ故に現実を十分に伝えられない」という自省をなくしません。
 キャスターは、取材者と視聴者の中間にあってあらゆる判断材料を提供するフェアネスが必要であり、それは「きちんと伝えること」に尽き、だからこそ内なる言葉を鍛えなければなりませんでした。最近、これほど線を引いたり、ページを折った本はありません。(後略)
 
□宮野源太郎「名物キャスターが向かい合った伝えられない「内なる言葉」 ~目利きのお気に入り~」(「週刊ダイヤモンド」2017年3月4日号)を引用
□国谷裕子『キャスターという仕事』(岩波新書、2017)

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 ■「クロ現」の23年を自己検証
 NHK「クローズアップ現代」が打ち切りになり、国谷裕子(くにやひろこ)キャスターの顔がテレビから消えたのは昨年の3月だった。
 折からアメリカは大統領選のさなか。その8カ月後には、ヒラリー・クリントンがあのまさかの結果にみまわれる。
 ヒロコとヒラリーになにが起こったのか。いま、ゴルフに興じる新大統領と日本の首相を目のあたりにすると、そこに世界の流れが見えてくるのだが。
 その話はさしあたり本書の主題ではない。23年つづいた番組「クロ現」とはなんだったのか。テレビ報道のスタイルをどう変えたのか。それを当事者が振り返って検証している。
 第1章のタイトルには「ハルバースタムの警告」とあるが、メディア業界以外の人には「それ誰?」だろう。もとより気軽にすらすら読める本ではない。それがこの短期間に6万部だという。著者への評価と人気の高さを示す数字にほかなるまい。
 国谷ファン向けのパーソナルなエピソードも、ごく控えめながら、探せばある。たとえば、当初はジャーナリズムと無関係だった著者が、この世界に入るようになったきっかけは?
 それをご本人は「長い海外経験のおかげで英語の発音が」よかったからだというが、むろんそれだけではないだろう。並外れた美形にひかれてというファンはたくさんいる。今回、岩波新書が、特大の帯にカラーの著者ポートレートを奮発した狙いもわからないではない。
 ところが、そんな好感度の持ち主がときに不興を買う。1997年、ペルー日本大使公邸人質事件で人質救出後にフジモリ大統領が来日したときのこと。手柄話を聞いたあとで、キャスターは同大統領の暗部である内政面での強権的手法に臆せず切り込んだ。
 すると放送後、日本の恩人に失礼だとの抗議がどっときたというが……。それでもきくべきことはきく。自分の信念に喜んで殉じるのも、ジャーナリストの仕事の一つに違いない。

 岩波新書・907円=3刷6万部 17年1月刊行。「岩波新書としては女性読者の割合が高い。“クロ現”開始のころ社会人になった40代以上が手に取っている」と担当編集者。

□山口文憲(エッセイスト)「(売れてる本)『キャスターという仕事』 国谷裕子〈著〉」(朝日新聞デジタル 2017年2月26日)を引用
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 就任会見で「政府が右ということを左というわけにはいかない」と述べ、政府と寝そべる意向を隠さなかった籾井勝人・NHK会長がようやく退任した。去り際の挨拶が「ハッピーに退任することができました」なのだから、その姿勢を質す声は最後まで届かなかった。『クローズアップ現代』のキャスターを23年間にもわたって務めた著者は、「キャスターである私には、言葉しかなかった。『言葉の持つ力』を信じることがすべの始まりであり、結論だった」と言い切る。「わかりやすい番組」に急ぎ、結果的に為政者が醸す雰囲気に従順になってはいけないと警戒し続けてきた。

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 貧困化が進む女性たちの実態を追う回のタイトル案に「ガールズプア」とあるのを見て、国谷は「女性たちが男性目線で扱われている」と指摘、タイトルは変更された。構成表に「なかなか理解が進まない安保法制」を見つければ、「反対=理解していないだけ」との暗黙の示唆を潜ませるのでは、と再考した。雑な言葉が社会を乱すのだ。
 キャロライン・ケネディ前駐日大使へのインタビューでの話。日本国内に第2次世界大戦の歴史解釈を書き換える動きがあるとアメリカメディアが報じたことを問うにあたり、その主語の中に「安倍政権の一員、それにNHKの経営委員や会長の発言によって」と身内を入れた。なかなかできることではない。
 毎日、番組が始まると2分前後、その日のテーマについて国谷による前説が設けられていた。試写を繰り返し、ギリギリまで最適の言葉を練り続けた。最後の放送回の前説で、国谷はこの20年間を「大人たちが信じていたことが変わっていった時代」と位置づけた。言葉で社会を捉え続けた姿勢に敬服する。

□武田砂鉄「言葉で社会を捉え続けた姿勢に感服」(「週刊金曜日」2017年2月10日号)を引用
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 【参考】
【メディア】調査報道がジャーナリズムを変革する ~チャールズ・ルイス/ICIJ創設者~
【メディア】日本国憲法の国際性 ~人権無法国家ニッポンの落日(2)~
【メディア】国谷裕子という人 ~インタビューという仕事(番外編)~
【メディア】フェアなインタビューとは ~インタビューという仕事(3)~
【メディア】テッド・コペルと言葉の力 ~インタビューという仕事(2)~
【メディア】インタビューという仕事 ~「クローズアップ現代」の23年~



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