語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【本】戦前から日本は変わらず ~1940年体制~

2018年04月21日 | 批評・思想
★野口悠起雄『1940年体制/さらば「戦時経済」』(東洋経済新報社、1995/増補版の出版は2010年)

 日本型経済システムと呼ばれるものの多くが、戦争の遂行のために1940年(昭和15年)ころに骨格が作られたものだという。生産者を大切にし、地域間や階層間の調整まで目配りをしたこのシステムは、戦後の高度経済成長期の日本を支えた。しかし、その残像が、新たな変化への対応を困難にしていると指摘する。
 国民への説明はともかく、改革はいつの世も政権の課題解決のために行われる。ただ、その成果は必ずしも想定通りに生じるわけではないし、政権が享受するとも限らない。私たちに求められているのは、その改革の本当の狙いを見極め、後の世代に及ぼす影響に思いを致すことではないだろうか。法政策リテラシー(判断して応用する力)の必要性を考えさせられる。
□吉田利宏(元衆議院法制局参事)「戦前から日本は変わらず ~名著味読再読~」(「週刊ダイヤモンド」2018年4月28日-5月5日号)

 【参考】
【本】いかに“米中戦争”を避けるか ~歴史から国際政治を類推する~
【本】つげ義春は文章も面白い ~『つげ義春とぼく』~
【本】バブルを描く古典的名著 ~『バブルの物語 暴落の前に天才がいる』~
【本】塩野七生、最後の歴史大長編 ~『ギリシア人の物語3』~
【本】日本銀行はどのようにして政治的に追い込まれたのか ~『日銀と政治 暗闘の20年史』~
【本】最悪の選択は現状維持と分析 ~黒田日銀の5年間を問う好著~
【本】麻薬撲滅のための経済学思考 ~アピールと説得の理論と方法~
【本】モンゴルのユーラシア制覇 ~『モンゴルvs.西欧vs.イスラム 13世紀の世界大戦』~
【本】歴史はどう繰り返すのか ~『歴史からの発想』~
【本】社会変革のヒントを得る ~『フィンランド 豊かさのメソッド』~
【本】時流に流されないために ~『誰か「戦前」を知らないか 夏彦迷惑問答』~
【本】戦争の矛盾がよく理解できる/存在自体が珍しい軍事技術書 ~『兵士を救え! (珍)軍事研究』~
【本】北朝鮮核危機を描く労作 ~『ザ・ペニンシュラ・クエスチョン』~
【本】スウェーデンの高福祉で高競争力、両立の秘密 ~『政治経済の生態学』~
【本】ネット時代のテロリズムはどこから生まれてくるのか ~『グローバル・ジハードのパラダイム: パリを
【本】1920年代の経済報道に学ぶ ~『経済失政はなぜ繰り返すのか メディアが伝えた昭和恐慌』~
【本】朝日新聞・書評委員が選ぶ「今年の3点」(抄)
【本】著者の知的誠実さに打たれる日韓問題を深く理解できる書 ~『「地政心理」で語る半島と列島』~
【本】人の判断はなぜ歪むのか/2人の研究者の友情物語 ~『かくて行動経済学は生まれり』~ 
【本】エネルギーの本質を学ぶ ~『エネルギーを選びなおす』~
【本】JR九州の勢いの秘密を凝縮 ~読んで元気が出る人間の物語~
【本】日本は英国の経験に学べ ~『イギリス近代史講義』~
【本】噴火の時待つ巨額損失のマグマ ~『異次元緩
【本】“立憲主義”の由来を知る ~『立憲非立憲』~
【本】日本語特殊論に与せず ~『英語にも主語はなかった』~
【本】小国の視点で歴史を学ぶ ~『石油に浮かぶ国/クウェートの歴史と現実』~
【本】日本における婚姻を考える ~『婚姻の話』~
【本】元財務官僚のエコノミストが日本経済復活の処方箋を説く ~『日本を救う最強の経済論』~
【本】歴史を知らずに大人になる不幸 ~『戦争の大問題 それでも戦争を選ぶのか。』~
【本】私たちの食卓はどうなるのか ~工業化された食糧生産の脆さ~
【本】歪み増殖していく物語に迷う ~『森へ行きましょう』~
【本】加工食品はどこから来たのか ~軍隊と科学の密な関係~
【本】80年代中世ブームの傑作 ~『一揆』~
【本】万華鏡のように迫る名著 ~『新装版 資本主義・社会主義・民主主義』~
『【本】『世界をまどわせた地図』
【本】率直過ぎる米情報将校の直言 ~『戦場 -元国家安全保障担当補佐官による告発』~
【佐藤優】宗教改革の物語 ~近代、民族、国家の起源~」」
【本】舌鋒鋭く世の中の本質に迫る/地球規模で読まれた洞察の書 ~『反脆弱性』~
【本】【神戸】「自己満足」による過剰開発のツケ ~『神戸百年の大計と未来』~
【本】英国は“対岸の火事”にあらず ~新自由主義による悲惨な末路~
【本】人材開発でもPDCAを回す ~戦略的に人事を考える必読書~
【本】仮想通貨が通用する理屈 ~『経済ってそういうことだったのか会議』~
【本】進化認知学の世界への招待 ~『動物の賢さがわかるほど人間は賢いのか』『動物になって生きてみた』~
【本】「戦争がつくっった現代の食卓」 ~ネイティック研究所~
【本】IT革命、コミュニケーションの変容、家族の繋がりが希薄化 ~『「サル化」する人間社会』~
【本】生命はいかに「調節」されるかを豊富な事例で解き明かす ~『セレンゲティ・ルール』~
【本】メディアの問題点をえぐる ~『勝負の分かれ目 メディアの生き残りに賭けた男たちの物語』~
【本】テイラー・J・マッツェオ『歴史の証人 ホテル・リッツ』
【本】中国から見た邪馬台国とは
【本】核兵器は世界を平和にするか ~著名学者2人がガチンコ対決~
【本】『戦争がつくった現代の食卓 軍と加工食品の知られざる関係』
【本】梅原猛『梅原猛の授業 仏教』
【本】東芝が危機に陥った原因は「サラリーマン全体主義」 ~『東芝 原子力敗戦』~
【本】バブル崩壊後の経済を総括 ~『日本の「失われた20年」』~
【本】20世紀英国は実は軍事色が濃厚 ~通念を覆す『戦争国家イギリス』
【本】時代による変化、方言など ~『オノマトペの謎 ピカチュウからモフモフまで』~
【本】冷笑的な気分に喝を入れる警告と啓発に満ちた本 ~『日本中枢の狂謀』~
【本】物質至上主義批判の古典 ~『スモール イズ ビューティフル』~
【本】日本近現代史を学び直す ~『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』~
【本】精神の自由掲げた9人の輝き ~『暗い時代の人々』~
【本】遊牧民は「野蛮」ではなかった ~俗説を覆すユーラシアの通史~
【本】いつも同じ、ブレないのだ ~『ブラタモリ』(1~8)~
【本】分裂する米国を論じた労作 ~『階級 「断絶」社会 アメリカ』~
【本】否応なきグローバル化、つながることの有用性 ~「接続性」の地政学~
【本】読書の効用、ゆっくり丹念な ~より速く成果を出すメソッド~
【本】国谷裕子『キャスターという仕事』

【佐藤優】政治(国家)指導者の能力 ~対テロ(3)~

2018年04月21日 | ●佐藤優
 <それでは、本書の内容について読者に若干の道案内をしたい。
 ガノール氏は、テロ対策によって政治(国家)指導者の能力が測られると考える。

  〈テロリズムは、誰にでも明らかに結果がわかる政策決定者の能力テストとなる。彼らはプレッシャーの下、指導力とその場その場で決定を下していく能力が試される。指導者のテロの脅威への対応能力はすぐに国民の知るところとなり、その政治生命に多大な影響を与える。これが時折、発生したテロ問題を迅速に解決しようと、選択肢も、それがもたらす結果も深く考えずに間違った決定を下してしまう原因になることがある。こういう時の決定ミスの代償は高くつくことが多く、経済的、政治的、国際的に副次的な損害が出るだけでなく、人命が失われることもある。〉(本書43頁) 

 この指摘のとおりだ。特に代議制をとる国家では、テロ対策に失敗すると政治家は失脚するリスクがある。同時にテロ対策との口実で、国家が国民の権利と自由を不当に侵害する危険もある。政治(国家)指導者には、これらの要因を総合的に判断し、具体的な政策をとらなくてはならない。これは実に難しい課題だ。
 ガノール氏はテロ対策における論点として、インテリジェンス、攻撃力、抑止力、法整備、処罰、カウンターインテリジェンス、広報、教育、国際協力、マスメディアなどをあげる。
 
  〈本書では対テロ戦争で政策決定者が直面する主要な問題を取り上げる。インテリジェンス、攻撃、抑止、そして防御活動に関する問題、法と刑罰、また情報と教育に関する問題、国際協力、マスコミその他に関係する問題などである。それぞれの分野でポイントとなる事柄をいくつか検証し、いろいろな解決法をまず考える。そして各解決法の長所と短所を議論したあと、イスラエルが長年にわたるテロとの戦いで得てきた経験に基づき、問題を解決するためのひとつの選択肢を推薦する。
  本書は、テロリズムにどう対処していいかわからない人々のガイド、政府のリーダーや議員、治安機関の長、軍人、警察や緊急事態に対処する組織で働く人々など、すべてのレベルの政策決定者のツールとして書かれた。また学者、学生、多国籍企業の社長、ビジネスマン、そして一般大衆の役にも立つはずだ。残念ながら一般の人々でもテロの台風の目の中にはいってしまい、どうすれば次のテロ攻撃の犠牲者にならずにすむかを考えなければならないことがあるからだ。〉(本書44頁) 

 ここでガノール氏が述べている通り、本書は、政策決定者、テロ問題の専門家にも一般の読者にも役立つ構成になっている。

□ボアズ・ガノール(佐藤優・監訳、河合洋一郎・訳)『カウンター・テロリズム・パズル 政策決定者への提
言』(並木書房 2018)の冒頭、佐藤優「監訳者のことば--テロリズムに関する実用書兼実務書」の「(3)政治(国家)指導者の能力」を引用

 【参考】
【佐藤優】アート(芸術)としてのインテリジェンス ~対テロ(2)~
【佐藤優】ボアズ・ガノール氏との出会い
【佐藤優】「監訳者のことば--テロリズムに関する実用書兼実務書」の目次

 

【佐藤優】アート(芸術)としてのインテリジェンス ~対テロ(2)~

2018年04月21日 | ●佐藤優
 <本書で、ガノール氏は、テロリズム研究における学際性を強調する。

  〈テロリズムはほかの事象と比較して学際性が高い問題である。ほとんどすべての学問分野(政治学、国際関係論、中東学、社会学、心理学、経済学、コンピューター科学、法律、生物学、化学、物理その他多数)がテロリズムのひとつかそれ以上の側面と密接に関連している。このため、テロリズムに対抗するにはできるだけ幅広い視点と分析能力が求められる。学究システムは、あらゆる関連知識と情報が利用できるように準備されたものでなければならない。この取り組みの一環として、卓越した知性人を備えた国際的な学究ネットワークを設立すべきである。彼らをとくに予防機関に関連する問題の研究に向かわせ、必要な財政資源を提供し、世界中のさまざま研究者をリンクして作業部会を開催し、共同の学問データベースの構築を支援する。(本書339頁)〉【注】 

 ガノール氏も私に、空軍のインテリジェンス部隊を離れ、民間のシンクタンクであるICTを立ち上げたのは、そうしないとテロリズム研究の学際性が担保されないと考えているからだと述べた。確かにその通りと思う。
 ところでインテリジェンスに関して、それは究極的にアート(芸術)と考える人とテクネー(技法)と考える人がいる。もちろん実際のインテリジェンスには両方の要素があるのだが、ガノール氏の場合、インテリジェンスをアートと考えている。特別の才能を持った人のひらめきなくしてインテリジェンスは成立しないという認識が、本書の行間から読み取ることができる。ガノール氏もアートとしてのインテリジェンスを体得している特別の才能を持った人であることは、本書を読んでいただければよくわかる。事実、国際テロリズムに関するこのような学術的水準の高い包括的研究書を1人で書くことができるのは、全世界でもガノール氏以外いないと私は思っている。>

 【注】原書では、引用は全文2字下げだが、ここでは〈 〉内に示す。

□ボアズ・ガノール(佐藤優・監訳、河合洋一郎・訳)『カウンター・テロリズム・パズル 政策決定者への提
言』(並木書房 2018)の冒頭、佐藤優「監訳者のことば--テロリズムに関する実用書兼実務書」の「(2)アート(芸術)としてのインテリジェンス」を引用

 【参考】
【佐藤優】ボアズ・ガノール氏との出会い
【佐藤優】「監訳者のことば--テロリズムに関する実用書兼実務書」の目次