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2010年1月29日開設
読書
大岡昇平+社会問題・社会保障

【本】テイラー・J・マッツェオ『歴史の証人 ホテル・リッツ』

2017年09月17日 | 歴史
★ティラー・J・マッツェオ(羽田詩津子・訳)『歴史の証人 ホテル・リッツ  ~生と死、そして裏切り~』(東京創元社 2,500円)

 (1)1997年8月31日の夜中、ダイアナ元英国皇太子妃はパリで交通事故死した。そのわずか数分前、彼女と恋人のドディ・アルファイドは世界屈指の高級ホテル、リッツの裏玄関を出たばかりだった。
 ダイアナ妃だけではない。チャーチル元英国首相やナチスドイツのゲーリング元帥などの政治家、ヘミングウェイやプルーストなどの文人、また女優のディートリヒ、デザイナーのシャネルに至るまで、この由緒あるホテルを定宿にした名士は枚挙にいとまがない。
 つまり、リッツの歴史は世界史と共にあった。

 (2)スイス人のセザール・リッツがホテルを開業したのは1898年。ドレフュス事件が過熱し、数多くの文人や知識人がリッツのバーで侃々諤々の論争を繰り広げた年であった。
 本書の中核を成すのは、第2次世界大戦中からパリ解放までの時期についてだ。著者は、各国の史料や機密文書を蒐集して、これを詳述する。
 この時代、リッツで、ナチス高官の晩餐会が開かれ、階上でスターが不倫に明け暮れ、バーでレジスタンスが戦略を練った。ナチスに占領されたパリでは、創業者の母国スイスと同様、豪奢であることが中立を守るための手段だった。防空壕にはエルメス製の寝袋が用意されていた、という。

 (3)パリ解放(1944年)を目前に、従軍記者だったヘミングウェイや戦場カメラマンのキャパは一目散にリッツを目指した。
 パリが解放され、戦後になって社会がより平等なものになるにつれ、リッツの名声や威光は衰退していった。皮肉なことに。

 (4)確かに、戦後期でも英ウィンザー公とその愛人のシンプソン夫人の愛の巣(また夫人の若い愛人との逢引の場も兼ねていた)になるなど、その名は知られていた。しかし、かつてのようにシーズン通しで予約を入れ、部屋を自由に改装することが許されるような大富豪は減り、敵か味方か判然としなくて戦争もない世界で、リッツが果たすべき役割と背負う期待は大きく変わっていった。創業者の息子シャルルが、ドディの父モハメド・アルファイドにホテルを売却したのは1979年のことだ。

 (5)読者は、読み進むにつれて、リッツの廊下で囁かれてきた数多くの歴史的ゴシップに耳を澄ます誘惑にかられるに違いない。
 そして、ホテル内のかの有名な「ヘミングウェイ・バー」でカクテルを飲み、本を抱えてリッツの大きな真鍮製のベッドにもぐり込めば、そのまま歴史に抱かれることになろう。

□吉田徹(北海道大学大学院法学研究科教授)「歴史的なエピソードが満載/名門ホテルに見る栄枯盛衰 」(「週刊ダイヤモンド」2017年9月9日号)
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