語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【佐藤優】あとがき ~『ファシズムの正体』~

2018年04月16日 | ●佐藤優
 <本書を通じて、私は読者にファシズムには底力があることを知ってほしかった。労働力の商品化によって成り立っている資本主義は、必然的に搾取する者(資本家)と搾取される者(労働者)を生み出す。純粋な環境で資本主義が発展するならば、社会的な格差が拡大し、搾取される者の大多数は社会的に上昇することができなくなる。現在の日本社会はそのような状況に陥っている。
 逆になぜ、21世紀に至るまで、日本では格差がそれほど深刻でなかったのだろうか。それはソ連を中心とする社会主義体制が存在したからだ。この体制は、マルクスが唱えた理想とはかけ離れた、スターリンによって制度設計がなされた全体主義国家だった。スターリン主義の特徴は、西側資本主義諸国との人的交流や商品・情報の流通を厳しく制限したことだ。日本政府は、戦後、一貫して反共政策をとったが、同時に日本で社会主義革命が起きることを恐れた。それによって政府は社会福祉政策を重視した。そうすれば、社会主義革命を阻止することができるからだ。マルクス経済学でいうところの国家独占資本主義、ドイツの社会学者ユルゲン・ハーバーマスの用語では後期資本主義という現象だ。しかし、1991年12月にソ連は崩壊した。西側資本主義の圧力に屈したという要素もあるが、それよりも共産主義的人間をつくることができなかったソ連が自壊したと言ったほうが正確だ(この過程に興味のある読者は、拙著『自壊する帝国』〈新潮文庫〉に目を通していただきたい)。ソ連崩壊の意味は、あのスターリン主義の体制が崩壊したということに留まらなかった。ソ連体制をもたらしたマルクスの言説も誤っているとされた。労働力の商品化によって生まれた資本主義社会は、人間が商品(そこから必然的に生まれる貨幣と資本)によって支配される転倒した社会であるという構造を、マルクスは『資本論』で客観的・実証的に明らかにした。私は、マルクスの資本主義分析は基本的に正しく、現下の日本社会を分析するうえでも重要なツールになると考えている。しかし、こういう考え方をする人はほんの少ししかいない。
 21世紀になって日本でも猛威を振るうようになった弱肉強食の新自由主義的資本主義を国家の介入によって是正しようという動きが強まっている。この発想が、ファシズムにわれわれを導いていく可能性を過小評価してはならない。>

□佐藤優『ファシズムの正体』(集英社インターナショナル新書、2018)の「あとがき」を引用

 【参考】
【佐藤優】真理は人を自由にする ~今ファシズムを学ぶ理由(6)~
【佐藤優】日本人のファシズム・アレルギー ~今ファシズムを学ぶ理由(5)~
【佐藤優】福祉国家としてのファシズム ~今ファシズムを学ぶ理由(4)~
【佐藤優】グローバル資本主義に対する三つの処方箋 ~今ファシズムを学ぶ理由(3)~
【佐藤優】新・帝国主義の時代 ~今ファシズムを学ぶ理由(2)~
【佐藤優】日本のファシズム関連本は役に立たない ~今ファシズムを学ぶ理由(1)~
【佐藤優】まえがき ~『ファシズムの正体』~
【佐藤優】『ファシズムの正体』の目次

 
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