PART2はこちら。
兄の主張はこうだ。
通勤の途上で、(高利貸しの)老婆に返済を迫られるなどしたことから、給料が入ってから必ず返すと言うために、事件当日の夜に訪れる約束をした。妹と夕食をとったあと、老婆の家を訪問すると、すでに老婆は事切れていた……
ここから、彼の異常さが際立つ。死体がそこにあるのに、自分の借用証書を老婆の書類入れから抜き出し(きっと自分が疑われるに違いないと考えたのだそうだ)、ズボンの裾に血が付いてしまったので、家に戻ってから天井裏に隠す。これも、「自分が疑われると思ったから」。
思いがけず死体を見てしまった人間が、異常な行動をとってしまうのは自然なこと、という理屈もあるだろう。「兄はもの静かなので、いつもと違ったようには思えなかった」と妹はとんでもない証言をしているのだが。
事件の調書を読みこんだ滝沢は、さすがにこの判決をひっくり返すのは自分でも無理だと悟る。「少々思い上がっていたようだ」と苦笑しながら。しかし滝沢が調書を取り寄せたと知った倍賞は、死ぬ前に弁護を引き受けてくれたら兄は死なずにすんだとここで確信し、滝沢への復讐を誓う……
……待て!ちょっと待て倍賞!どう考えても恨む相手が違うだろが!
兄が獄死したことは、背景にあった兄妹の経済的苦況が引き金だし、いかにも意地が悪い金貸しの婆さんは“すでに”殺されている。冤罪として『法』や『国家』を恨むには、倍賞はいかにも若い。特定の個人を標的にしたがる気持ちはわかるけれど、それにしたって弁護士に復讐するとは分別が無さすぎないか。逆恨みの極致。
第三の疑問は、この逆恨みを、当時の観客は不自然に思わなかったのか、ということ。これまでの流れから、わたしはこの作品を“まるでクレーマーを擁護する展開”だと辟易しながら観ていた。ところが、「霧の旗」はここから意外な方向に走り出すのだ。
PART4につづく。