ひとり旅への憧憬

気ままに、憧れを自由に。
そしてあるがままに旅の思い出を書いてみたい。
愛する山、そしてちょっとだけサッカーも♪

唯一の雪山泊「写真は絶対NG!」

2020年08月01日 23時29分15秒 | Weblog
ルート(と思えるコース)を縦走し、通称「のぞき」と言われているあたりのポイントまで来た。
「のぞき」とは些か笑ってしまうような表現だが、晴れていればこの辺りから真下を覗けば一ノ倉沢の断崖絶壁が見えるということ。
そう、一ノ倉沢の断崖絶壁と言えば、多くの山を登った者であれば一度は耳にしたことのある言葉で、ギネスブックスにも載っている。
残念ながら負の意味でのギネス記録で、滑落・転落死亡者がダントツで世界一位となってしまっている岩壁である。
それだけに多くのいわくがつきまとい、幽霊話も後を絶たない。
しかし今はそんなことよりも、この悪天候の中どれだけ安全確実に一ノ倉岳を目指せるかの方が重要だった。


「のぞき」あたりのポイントで真下を覗いているN君。
「どう、何か見える? うっすらと人影みたいのがあっちこっちウロウロしてないかい(笑)」
「真っ白でーす! 何も見えませーん!」
そりゃそうだろう。この荒天でもし人らしきものが見えたら、それこそやばいものを見てしまったことになる(笑・・・いや笑えない)。

すぐ近くに居ながらもお互いの声をはっきりと聞き取ることが困難な程に風雨は強まっていた。
不安は募る一方だったが、「行けるところまでは・・・」という思いで一歩を踏み出した。


記憶が正しければ、この上りが終われば一ノ倉岳のてっぺんへと繋がる稜線へと出ることができる。
「もうすぐだ・・・」という思い、そして「稜線上はこの強風が果たしてどれだけ更に強くなっているのだろうか」という思いが混沌としていた。

稜線へと出た。
いきなり体が右へ右へと煽られた。


想定していた以上の強風となっていた。
「果たしてどこまで・・・」と思いながらも、確実な一歩を踏み出さねば立っていられない。
「こんな強風は3年ぶりかも知れない」と、ふと3年前の横岳(八ヶ岳)を目指した時を思い出した。
あの時は体感で風速30m程にもなっており、何度も体を真横に吹き飛ばされ雪上を無抵抗のまま横転した。
その時の風速を体がまだ覚えていた。
まともに直立はできないが、今は踏ん張ればなんとか横転だけは免れている。
N君にとっては初めての体験だろうし、不安は自分以上になっているはずだ。
この時、茂倉岳は無理だと断念を決めた。
N君にこのことを伝え、一ノ倉までで引き返すことにした。
そしてもう一言付け加えた。
前にも何度か伝えてあったことだが、いざこの場に来てもう一度確認の意味で声がかき消されないよう大声で伝えた。
「もうすぐ一ノ倉の避難小屋が見えてくると思うけど、絶対に写真は撮らない方がいい。記念だからといって安易に撮ってしまうと、写らなくてもいいものが写ってしまうことがあるから!」
ゴーグルで表情は分からなかったが「はい、やっぱり自分も恐いんでやめときます。」と大声での返事だった。

何故写真を撮らない方がいいのか・・・詳細は敢えて綴らない。
もしこの記事を読んだ方がいたら、個人的にネットで調べてみてほしいとだけ言っておきます。

体感で風速は20~25mだろうと推測した。
なんとか一ノ倉岳にたどり着き、5分も経たぬうちにそそくさと下山開始。
じっとしていることが辛いと感じる程体は冷えていた。
(「少しでも動いていれば熱エネルギーを感じることができる。ゆっくりでいいから動かし続けよう」)
登頂の歓びは殆ど無く、無事の下山をすることに専念した。

トマ・オキへと近づくに連れ、風だけは僅かに弱まってくれるようになった。
(「早く小屋へ戻って温かい珈琲が飲みたいものだ。着替えをして冷え切った体を回復させなけりゃ。」)
言葉にこそ出さなかったが、低体温症への危機感も芽生えていた。

低体温症は何度か経験している。
いや、「してしまっている」といった方が正しいのだろう。
体の震えだけならまだましな方で、意識障害の一歩手前の状態まで来てしまったことがあった。
あの時は生命の危機をもあったのだが、仲間の大声での呼びかけで事なきを得ることができた。

何とか小屋まで戻り、先ずは衣服のすべてを着替えた。
汗と雨でびっしょりに濡れた衣類はことのほか重く、まるで鎧を纏っていたかのように思えた。
そして濡れていない僅か一枚の肌着がとてつもなく温かく、ありがたい存在だった。
さっそくお湯を沸かし珈琲を飲んだ。
酒ではないが、五臓六腑にしみ渡る温かさだ。
しばし体を休め、早めの昼食をとり麓への下山を開始した。
ゴンドラ山頂駅へ着く頃には、あの稜線上の猛烈な風はいったいどこへやら・・・。
晴れてこそはいなかったものの、何事もなかったかのような拍子抜けする雪山だった。

下山のゴンドラの中で、敢えて一ノ倉岳での写真撮影のことには触れなかった。
(お互いそれには触れない方がいいと分かっていた)
「どうだった、あの強風は?」
「やっぱり自然ってのはすごいんですね。これも経験値なんでしょうけど、続行か撤退かのいい判断基準になったと思います。」

今年の年末、茂倉岳までリベンジしたいと密かに考えている。
もちろん、たとえ天候に恵まれても写真だけはNGだが・・・。