ひとり旅への憧憬

気ままに、憧れを自由に。
そしてあるがままに旅の思い出を書いてみたい。
愛する山、そしてちょっとだけサッカーも♪

シーズンを締めくくる:締めくくりたい想い

2016年06月21日 00時06分07秒 | Weblog
翌朝は4時過ぎに目が覚めた。
真っ先に窓を開け天候を確認するが、予想通りの風雨となっていた。
しかも西からの風は強く、大粒の雨が室内に入ってきた。

「独りか・・・」
こんな悪天候の中、てっぺんを目指そうとするのは自分独りくらいだろう。
分かっていたことではあるが、やはり「今回もか・・・」という気持ちになった。
しかし再び一年も待つ事への嫌気もあった。

先ずは朝食だ。
往路も復路もほぼ1時間程度のルートタイムであることもあり、腹八分目とした。
そして荷物の最終チェック。
昨夜決めた超軽量作戦が果たして正しいのか否か・・・。
不安は大きい。
こんな最低限の荷物だけでアタックすることは初めてのことだ。
だが、これほど身軽になるとは驚いた。
「よし、やっぱりこれで行こう!」
小屋の女性に見送られ、6時30分玄関を出た。

登り口手前に来ると、右側からの風雨に時々体を煽られた。
ほぼ垂直に見える岩肌を見上げながら昨夜言われたハチローさんからのアドバイスを思い出した。
「とにかくアイスバーンには要注意です。アイゼンとピッケルをしっかりと効かせて一歩一歩ゆっくりでいいから進んでください。それとくれぐれも『間違い尾根』には入らないこと。わかっていても入ってしまう人が多いんです。」


岩肌の雪が少ない分、アイゼンの爪が岩をこする音が聞こえた。
だがその音さへも風の音でかき消される。

鉄梯子が見えた。
爪が引っかからないよう足下を見ながら一歩ずつ上り詰めた。


なんと、人がいたではないか。
よく見ると、昨日ザイテングラードの途中まで一緒だった男性だった。
一言だけ挨拶を交わすと「行くんですか?」と聞かれた。
当然返事は「YES」だ。
「僕、ルートがよく分からないんです。一緒について行ってもいいですか?」と驚くようなことを言ってきた。
「私も夏道以外での登攀は初めてです。すべてを知っているわけではないので責任は持てませんよ。」

何となくぎこちない関係ではあったが、結局彼は自分の後をついてくることとなった。
迷惑とは言わないが、正直足手まとい的にも感じてしまった。
今回だって自分のことだけで精一杯だし、ましてや他人頼りの登山者だなんて、本来であればここに来るべき実力ではないだろう。

アイスバーンをトラバースするように登った。
そして見上げるような雪壁にぶち当たった。
逐一彼の様子を確認することはなかったが、アイゼンワーク、ピッケルワーク、バランス感覚などは危なっかしいものであった。
アイスバーンの斜めトラバースでの登りでは、ピッケルを持つ手が谷側であり、靴(アイゼン)も向きは並進であった。
「やめた方がいいですよ」と言ってあげることが彼自身のためであるとも思えた。

自分が先に壁を登ったが、念のためにと持ってきたこともありダブルアックスで登攀した。
壁の上から「どうぞー」と大声で言うが、彼はなかなか登ってこようとはしない。
「ゆっくりで大丈夫ですから、一歩ずつ。」
風雨の音で声がかき消されているとは思えない。
もう一度「どうぞー!」と、怒鳴るように言うと「無理です、登れません。」
と、声が返ってきた。

俺もお人好しというかお節介というか、ほっといて先に進んでしまえばいいものを、「まったくしょうがねぇなぁ・・・。だから身の丈に合っていないんだよ。」
と、声には出さないまでも、わざわざ壁を下りていった。

自分が下からアドバイスをし、彼を先に登らせることにした。
「両手を同時に出しちゃダメー! はい、次は左手を伸ばしてー! 岩をホールドしてー! ダメーっ、もっと強くキックステップー! 斜め上からじゃなく、壁に対して90°に蹴りこむ感じで強く蹴るー!! もっと強くー!!」

山においては、いざというときはお互い様であることは分かってはいるが、なんで俺はこんなことをこんな場所でしなければならないのか・・・。
決して雪山は上級者などではない。
そんな驕りもないし、俺だって初めての雪の奥穂高なんだから・・・。

ここを登り切ったら下山するよう言った方が彼のためだと確信した。


彼が撮ってくれた写真だ。
これだけはありがたかった(笑)。

この後、似たような雪壁ポイントがあったが、ダブルアックスで登攀したのはここだけで済んだ。

「どうしますか? 行きますか?」
彼に聞いたが、どうしても登りたいそうだ。
嫌な顔はできない。
迷惑だとはっきりとは言えない。
そこが自分の弱いところなのだろう・・・。
「もう一度言いますが、少しなら技術は教えられます。でも雪の奥穂高は私も初めてです。この先ルートファインディングのミスがあるかも知れませんよ。責任は持てません。それでもいいですか?」
やや強めの口調となっていた。


時々彼がシャッターを押してくれた。
しかし、カメラに向かってポーズをとる余裕はなかった。
暴風雨とまでは言わないが、一瞬体を持ち上げられる程の強い風に何度も襲われた。
下半身が僅かに浮きアイスバーンの上に着地するが、アイゼンの爪が効かず体が氷の上に叩き付けられた。
瞬時にピッケルを思い切り氷に打ち込む。
深く、確実に刺さってくれた。
「良かった、テクニカルタイプのピッケルで良かった。」
涙が出そうになる程嬉しく、道具という物がこんなにもありがたい物であることを改めて感じた。
同時に彼のことが心配だった。
一挙手一投足がどこか心もとない感じだった。

ルートを確認しながら登攀を続けた。
トレースは100%当てにしない。
かなりガスってはいたが、周囲の状況、ペンキマーク、地図、コンパス、そして自分の判断力で登り続けた。

怖い、やはり雪山は怖い。
何度登っても怖い。
だが、せめてシーズン最後はてっぺんまで行きたい。
ルートを見失いかけることがあっても、何とかここまで来ている。
怖いけれどてっぺんへ辿り着きたい。


彼が撮ってくれた写真は、これが最後になった。

「僕、ここで待ってますから行ってください。」
そう突然言われた。
本音を言えばちょっと気が楽になった。
「いや、待っていない方が安全です。私だって確実に登頂できるかどうか分かりませんし、もし・・・もし万が一何かあったら待っていることの方が危ないです。
とにかくゆっくりいいから下山してください。
それと、さっき確認した間違い尾根だけには入らないように。いいですか、ぜったいにダメですよ。ちょっと振り返ればフィックスロープが見えたでしょ。あれを目印にして下山してください。」

彼と別れ、本来の単独登攀となった。
「あの人大丈夫かな・・・」
「完全に実力以上の山だな」
「やっぱり待たせておくべきだったのかな・・・」
自分に責任があるわけではないのだが、どうにも気になって仕方がなかった。
もし下山中に彼に何かあったら俺も責任を問われるのだろうか。
いや、それは無いだろう。
自分のことだけで精一杯だっていうのに、こんな悪条件の時になんでこんなことを考えなきゃならないのか、それがバカらしくも感じた。

「ダメだ。集中しよう。」
今はルートファインディングと技術に集中すべきであることは明白な現実。
それでなくても、すでに何度かルートを見失いかけている。

高度計は3200m近くの数字を出していた。
そして小屋をスタートしてからほぼ1時間が経過していた。
「そろそろなんだけどなぁ・・・。途中でいろいろあったしなぁ・・・。」

てっぺんは間違いなく近い・・・はずだ。