ひとり旅への憧憬

気ままに、憧れを自由に。
そしてあるがままに旅の思い出を書いてみたい。
愛する山、そしてちょっとだけサッカーも♪

シーズンを締めくくる:ザイテングラード

2016年06月06日 20時32分29秒 | Weblog

涸沢ヒュッテと白出のコルがはっきりと見えてきた。

ここまで来ればヒュッテまでもう一息・・・と言いたいところだが、ここからが思ったよりも時間がかかる。
だがそんなことは何度も経験済みであり、大凡の到着時刻は見当が付いた。

去年までは涸沢ヒュッテ到着で一日目が終わってくれた。
今回は着いてからが大変で、最も体力を必要とするザイテングラード登攀が待っている。
「ヒュッテまではできる限り時間を掛けたくない。その分ザイテンは時間をかけゆっくりと登ろう。」
そう決めての計画だった。

涸沢ヒュッテ到着時刻、12時13分。
上高地から休憩を含めて6時間23分での到着となったが、実質5時間30分ってところだろう。

涸沢のテン場で一服する間もなく先ずは昼飯とした。
おにぎり、行動食、水だけのごく簡単なものだったが、今夜は穂高岳山荘での夕食が待っていると思うとそれだけで十分だ。

食後の休憩は煙草一本のみとし、すぐに装備を整えた。
アルパインパンツ、ジャケット、グローブ、ヘルメット、そしていよいよここからピッケルとアイゼンの登場となる。
予定では30分ほど休憩しザイテンへ向け出発したかったのだが、40分以上となってしまった。
テン場にはテントが一張りのみで、装備を整えていると「これから上ですか? 天気が崩れてきますから気をつけて。」と言葉をかけられた。
分かっている。
天候が徐々に悪くなることは十分に分かっている。
それが証拠に、ごく弱い雨が降り出しジャケットの表面には幾つもの弾かれた水滴が確認できた。
「じゃぁ行ってきます」
ほぼ13時00分、涸沢を出発。


スピッツェの先に見える白出のコル。
夏期は何度も上り下りしているが、雪のルートは初めてだ。

当初はルート通りにザイテンを右から巻いて登ろうと計画したのだが、右からは登らず直登することにした。
これも僅かでも時間を短縮したいからだ。
そして岩稜の第一群ポイントまで、できれば1時間で到着したい。
「ガツガツじゃなくて小幅で行こう」
ごく1分程度の小休止をこまめに取るが、そのかわり10分などという休憩は取らない方式で登攀することにした。

実はこの時、自分よりも少し遅れて登ってきている人がいた。
おそらくは今夜の宿は同じであろうと推測した。

何枚かの写真をお互いに撮り合った。

まだこの時点では症状は軽かったのだが、左足の「疼き」が気になっていた。
「この先、踏ん張りが効くかどうか・・・。」
そんな不安を抱いたまま登攀を続けた。

雨は涸沢をスタートした時よりも強くなってきていた。
寒さはそれほどないが、防水ジャケットとは言え、あまり濡れたくはないのが本音だ。

予定していた第一群へは14時15分の到着となってしまった。
斜度が増してきているし、フラットフッティングだけでは厳しく、キックステップとの併用でなければ登攀できない。
この時点で遅くとも16時までには小屋に到着するという計画は無理に近い。
しかも左足での踏ん張りがきつい。
「痛くはないんだけどなぁ。」
そう思いながらも、疼きの原因が分からないままピッケルを左手に持ち替え、左足をカバーしながらの登攀を続けるしかなかった。


時折、左手から雷鳥の鳴き声が聞こえてきた。
そして岩の先端にその姿を目視することができた。
雷鳥を見ながら5分間だけ休憩を取った。
行動食を口に入れ雷鳥を眺めながらも気持ちは少し焦っていた。
「時間通りには無理かな・・・。足に力が入らないなぁ・・・。」
そう思っていると、「僕は今日はここで下ります。すみません。」
そう言って名前も聞いていなかった彼は涸沢へと下っていった。
理由はいろいろとあるのだろう。
人それぞれで良い。

いよいよもってガスと雨が強くなってきた。
白出コルは真っ白なガスの先で見えないが、標高は2800mを越えてきている。
「よっしゃ、もう少し」
踏ん張りのあまり効かない左足であったが、高度計を見て残り僅かである標高差に安堵感が生まれた。

時刻は16時を少しまわってはいたが、遂に白出コルに上り詰めた。

高度計は3000mを越えていた。
本当の標高は2983mあたりなのだが、合わせるのは後回しでもいい。
とにかく小屋は目の前だという現実が嬉しかった。

穂高岳山荘。
ここを利用するのはこれで二度目になる。
小屋のすぐ左手には、明日登頂を目指すためのルートが見えた。
嘗て夏山では何度も利用した鉄梯子だが、何故かこの時だけはこのルートがほぼ垂直のルートに見えた。

奥穂高岳山頂は、ここから見える頂の先のそのまた先あたりだ。

「休憩を入れてここまで10時間かぁ・・・。俺もずいぶんと体力が落ちたなぁ。」
それでも歳の割にはまぁ頑張った方かなと思う。