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観・環・感

野鳥観察や旅行、映画などの趣味と日常生活や世の中の状況について、
感じる事を書いています。

草津温泉 湯畑

2013年03月25日 | 旅・風景・グルメ
草津温泉の一番の見所はこの湯畑である。畑と名がついているからには何か生産物が収穫できるのだろうか、何が取れるのだろうと思って検索してみた。
“湯畑(ゆばたけ)とは、温泉の源泉を地表や木製の樋に掛け流し、温泉の成分である湯の花の採取や湯温を調節する施設のこと”と書かれていた。そう
いう意味だとすると各地の温泉地にもあるはずだが、私は、ここ草津温泉のこの湯畑しか知らない。他の所はあってもこれほど大掛かりではないのかも知れない。






熱い温泉が流れている樋の下につららがある。気温が低い証拠?




撮影していた写真の中に草津町が作成した湯畑の説明板があった。

土曜日のランチ

2013年03月17日 | 旅・風景・グルメ
土曜日、家を出る頃は見晴らしはよく、遠くの山の風車もよく見えた。しかし、鳴門公園の室展望台に着くとなんだかいつもと様子が違う。
霞かかかっているのか、黄砂のせいか分からないが、真向かいに見えるはずの風車どころか、淡路島そのものが全く見えないではないか。
嫌な気分だなと思いながらも空を見上げていたが、お目当てのタカは1時間でたったの4羽。すぐに切り上げ、昨年ニュウナイスズメが
しばらくいた島田島に、もしもやと思って行ってみたが、そんなに上手い話はやはりなかった。
しかし、暖かいし景色も良い。いつもなら、車の後ろのドアを開け、ランチタイムとなるのだが、生憎、今日はローソンに寄っていない。
非常食用にとカメラバッグにいつも入れている「ソイジョイ」を食べるのも寂しい。地元鳴門の「野鳥の会」のメンバーが北灘にある漁協直営の
食堂が美味いと言っていた話を思い出し、出掛けてみることにした。


JF北灘 さかな市


「渦潮」で有名な鳴門海峡。潮の流れの速い海で育ったここの魚は、身が引き締まってプリプリした食感が魅力的だ。
水槽にピチピチの魚が泳いでいる。


最初に見たメニューにはカキ料理しか載っていなかった。他のメニューを探していると、隣の客が食べている海鮮丼が美味そうだったので、同じ物を
頼んだ。時刻は午後1時近いがそれでも客は多い。壁に貼られている値段表に「極み海鮮丼 3,800円」と書いてある。まさか、注文した物がそれ
ではないだろうと別のメニューをよく見たら「海鮮丼 1,000円」となっていたので安心した。


食べてみるとかなり美味いし、ボリュームが結構ある。1,000円クラスの海鮮丼ではトップの部類に入るだろう。

伊香保温泉 4(水沢観音)

2013年02月27日 | 旅・風景・グルメ
旅行2日目は、オプションの榛名富士ツアーの後、伊香保温泉に引っ返し、ツアー参加者各自が自由昼食を摂った。そして、宿泊したホテル福一に
集合し、約3km離れた「水沢観音」の愛称で親しまれている水澤寺に出掛けた。


寺の創建は、推古天皇の時代(592~628)と伝えらる天台宗の古刹である。坂東三十三観音霊場の第十六番札所となっており、正式名は、五徳山
水澤観世音(水澤寺)


本堂


重要文化財に指定されている六角堂
内陣が回転するようになっていて、三回まわしてから祈願するそうだ。私も家人と一緒にやってみた。


仁王門の裏側 (この両側にある入口から2階に出入りできる。仁王門に上るのは初めてだった。階段は狭くて勾配がきつい。上り下りだけでも修行だ。)

伊香保温泉 2

2013年02月24日 | 旅・風景・グルメ

伊香保温泉の目玉はなんと言ってもこの石段街だが、お年寄りや足の不自由な方には不便だ。
私も40年近く前に来たときは別に意識しなかったが、今回は階段数を聞いただけで、全階段を上り下りするのを止めた。
そのせいかどうか、この写真に写っているのは若い人ばかりのようだ。

ここで泊まったのは、創業400年の歴史を持つ「福一」というホテルで全体的に満足だった。

この写真が1878年当時の諧暢楼(現福一)の全貌
大勢の人で賑わっており、また人力車のお客もいるようだ。


宿泊部屋のほうから石段街の最上部に近い所までほとんど直接出ることができる。

今回の旅行で唯一不満だったのは、あらかじめ伊香保温泉で昼食を食べる所の候補をネットで探していた2軒がいずれも休業していたとことだ。
連休の翌日だったせいだろうか。




雪の北陸旅行 五箇山

2013年02月06日 | 旅・風景・グルメ
岐阜県白川村荻町、富山県五箇山相倉、菅沼の各合掌造り集落が「世界遺産」として登録されている。
相倉合掌造り集落保存財団のホームページによると、合掌造りの建物が新旧民家と寺、道場、合掌小屋を合わせて24棟あり、
そのうち住んでいる民家は11棟らしい。
この3カ所の内、白川郷はよく観光化されており、何度も出掛けているが、こちらは今回が初めてだった。しかし、ここでの
観光時間はわずかに35分と短い。全体が見渡せるという場所に行き、そこから写真を撮るだけに終わった。


雪も降っており感じが出ているが、実際に生活するのは大変だろう。なにしろ、テレビでは今日、東京にわずかに降った雪の話を
延々としているくらいだから。


ここの駐車場から先は、地元民しか通れない。
止まっているバスは、私たちの乗ってきたバス。


ここを通って、ずっと奥までゆっくり歩きたかった。


帰る頃に空が晴れてきた。
目が痛くなるほど雪が白い。

雪の北陸旅行 山中温泉 鶴仙渓

2013年01月27日 | 旅・風景・グルメ
鶴仙渓(かくせんけい)は、大聖寺川の中流にあり、「こおろぎ橋」から「黒谷橋」に至るまでの、約1.3kmの区間を指す。砂岩の浸食
によって多くの奇岩が見られる景勝地で温泉街の東側を並行している。
1月14日の宿は、石川県加賀市山中温泉ホテル翠明本館。宿には3時頃着いたので、各自部屋で旅装を解いてからあらためて玄関前に集まり、
バスでこおろぎ橋の近くまで送ってもらった。


鶴仙渓入口


こおろぎ橋
元禄年間には橋が存在したとされるが、元禄2年に(1689年)に山中温泉で長逗留した松尾芭蕉の奥の細道や同行した河合曾良の日記には
登場していない。現在の橋は、1992年に当時の形や構造を殆ど変えず総檜造りで架け替えたもの。
橋の名前の由来は、落ちると危険な事から「行路危」が転じたという説と昆虫のコオロギからという二説が伝えられてきたが、最近では「清ら木」
から転じたとされている。
大正時代には竹久夢二が訪れ、見物客の視線を集めて川へと飛び込んだという逸話もある。


橋からの眺め


河畔にある芭蕉句碑
碑文には「かがり火に河鹿や波の下むせび」と刻まれているらしい。
この句は、こおろぎ橋よりさらに上流の高瀬で里人が漁火で魚を追う光景を見て読んだもの。
現代語に訳すると「河鹿(鰍)を捕る漁り火を恐れて、波の下で河鹿がむせび鳴いているようだ」




雪の北陸旅行 兼六園

2013年01月23日 | 旅・風景・グルメ
今月14、15日と北陸へバス旅行に行った。関東の方は大雪だったようだが、北陸の方は全く影響がなかった。
15日は、ホテル日航金沢でバイキングの昼食をすませた後、兼六園に行った。
バイキング(ビュッフェ)スタイルの食事は苦手だが、日航やANAクラスのホテルであれば、結構気に入ってる。単品一つ一つ、それ自体を
メイン料理として食べても満足できる程度の美味しさだ。それに比べバイキングを売りにしてるレストランの料理は、あんまり美味しいところ
に当たった事がない。昼食会場の選定の良さが売りの穴吹トラベルのチョイスした所でさえ駄目だ。それは、さておき、兼六園も北陸コースの
バスツアーの定番だが、四季が違えば趣きも異なる。というわけで、私のお気に入りの場所をパチリ。


霞が池
兼六園のほぼ中心部に位置する、園内で最も大きな池
ネットで検索してもこの池の名前が「霞が池」となった由来を記しているものは見あたらなかったが、どこまでも広がっているように見える
この池の写真を見て、日本で2番目に大きい湖の霞ヶ浦が頭に浮かんだ。


根上松
大小40数本もの根が地上2mにまでせり上がった松。この松は、13代藩主 前田斉泰が土を盛り上げて若松を植え、根を深く土で覆い、成長後に
土をのぞいて根を露わにしたものらしい。
雪吊りに雪が積もっているところが見たかった。


この噴水は、日本に現存する最も古い噴水であると言われている。この場所より高い位置にある霞ヶ池から石管で水を引き、水位の高低差だけを
利用して、水を噴出させている。そのため、水が噴き上がる最高点は、ちょうど霞が池の水面の高さと同じである。ポンプなどの動力は一切使わず、
位置エネルギー(逆サイフォンの原理)のみを利用。


この明治記念之標もまたお気に入りだ。

赤目四十八滝 その3

2012年12月03日 | 旅・風景・グルメ





荷担滝(にないだき) 赤目五瀑
落差8mの滝が岩を挟み、二つに別れて流れ落ちる姿が、荷物を振り分けて担っているように見えることから
荷担滝の名が付いた。
この滝は、四季を通じて赤目渓谷随一の景観と絶賛されているようだ。確かに私もここで多くシャッターを切っている。


琵琶滝(びわだき)赤目五瀑
落差15m、滝壺の深さ10m
滝と滝壺を合わせた形が楽器の琵琶に似ているので、琵琶滝と名付けられている。




巌窟滝(がんくつだき)赤目四十八滝の最後の滝
落差7m、滝壺の深さ3m
滝の中程の岩に岩穴が空いていることからこの名前が付いている。

ここで、「滝見弁当」を食べたのだが、冗談かと思うようなひどい弁当だった。
「伊賀のしょうゆで香ばしく焼いたおにぎりに伊賀の味噌がよく合う」と謳っている弁当だが、歯が欠けるくらい堅く、
伊賀忍者の修行時の弁当を復元した弁当かと思った。(家人の分も同じくカチカチのむすびだった。)
私が知ってるツアー会社の中では食事に一番力を注いでいる会社で、企画担当の社員の旅行先におけるお店選びは、
ピカイチだ。今回のツアーのように、長いハイキングの道中に食べる簡単な弁当でも、まずいと思ったことは一度もなかった。
しかし、今回は、企画担当をした社員に同じ弁当を食べてもらって、感想を聞いてみたいと思った。


赤目四十八滝 その2

2012年12月02日 | 旅・風景・グルメ

千手滝(せんじゅだき) 赤目五瀑
落差15メートル、幅4メートル、滝壺の深さ20メートル
岩を伝っていくつにも別れて流れる姿から千手観音にちなんで名付けられたとも言われている。また、約400年前、
この近くの柏原城主の娘、千手姫と恋人の本間草之助が、織田信長軍の追っ手に追い詰められ、敵の手に落ちるよりと、
ともに滝壷に身を投げたという伝説もある。




布曳滝(ぬのびきだき) 赤目五瀑
落差30m、滝壺の深さ30m
30mの高さから一条の布を掛けたように落ちることからこの名前が付いた。
“「葉の枝で百尺の布を織って垂らせば帰れるだろう」というお告げが聞こえてきて、姫はその通りに実行して
下りることができ、垂らした布はそのまま滝になった。”という伝説がある。
私が2番目に気に入った滝で、縦からでも横にしても様になっている。


竜ヶ壺(りゅうがつぼ))
落差は5mに過ぎないが、 滝壺の深さは、50m近くあると言われている。このため、竜が棲んでいるということ
からこの名が付いた。
“昔、竜ヶ壺に時折姿を見せる女神は岩陰に咲いた山桜を手に入れたいと考え、傍を通った男神に「私は、龍宮の
女神です。乙姫様のお言いつけで、あなたを龍宮にお招きに参りました。」と声をかけ、「姫様へのお土産に、あの山桜
を一枝折ってきてください」と頼んだ。繰り返し頼まれて誘惑に負けた男神は、掟を破って山桜の枝を折って渡すと、
すぐに女神は、男神を残して水の中に姿を消してしまい、後に男神は山の神に厳しい罰を受けた。”という伝説がある。


陰陽滝(いんようだき)
落差さ5mの滝身が陽、20㎡の滝壷が陰であり、陰陽和合の妙景であることからこの名が付いた。


姉妹滝(しまいだき)
落差3m
3姉妹にも見えるが、流れが多いときは2姉妹のようだ。

赤目四十八滝 その1

2012年11月30日 | 旅・風景・グルメ
赤目四十八滝と言っても滝の数が実際に48あるのではなく、目で確認出来るのは23爆程と書かれていた。
私が写真に撮れたのは、このうち10箇所。この10箇所の滝と周辺の風景を含め3回に分けて記事にしようと思う。
駐車場でバスから降りてまず向かう所は、赤目四十八滝のゲートにもなっている「日本サンショウウオセンター」


この渓谷に実際に生息しているオオサンショウウオが出迎えてくれた。と言ってもこれを最初に見たときは、これ何
思った。


口が開いたのでようやく理解。

ところで、赤目という地名は、約1300年前この滝で役の行者小角が修行中に、赤い目の牛に乗った不動明王と出会った
という伝説からきている。
一番最初の滝が行者滝

この写真を見て分かるように通路はひどい混雑だ。ゆっくり撮影する時間がなかった。


どうやら真ん中の大きい岩の両側の流れが行者滝らしい。(帰りに撮った写真)


不動滝(ふどうだき) 赤目五爆
落差15メートル、幅7メートル、滝壺の深さ10メートル
渓谷にかけられた橋からの眺めは壮観と書かれているが、この橋から全景を撮す時間がなかった。
麓にある役の行者小角が創建したと言われている延寿院の本尊である不動明王にちなんでこの名が付けられた。
ところで、明治の中頃までは「滝まいり」とはこの滝にお参りすることだったらしい。
また、延寿院に残っている記録では、寺の創建は1122年であるらしい。