観・感・癇

野鳥観察や旅行、映画などの趣味と日常生活や世の中の状況について、
感じる事を書いています。

現代陶芸作家論

2007年05月29日 | 日記
(前列が井戸川氏、後列が滝口氏の作品、一番奥の大きな瓶は小鹿田焼、その右は、米国人ウォーレン・マッケンジー氏(師匠は、バーナード・リーチ)の作品 ちなみに、小鹿田焼は未だに作家として仕事をせず、一職人として実用品を作るというスタイルを通しているらしい。)
先週土曜日の勉強会のテーマは、「現代陶芸作家論―滝口和男と井戸川豊―」でH氏が話をした。 (場所は、徳島県立文学書道館の講座室)
柳 宗悦(やなぎ むねよし、1889年~1961年)の話から入った。
彼は、ウィキペディアによると”学習院を経て東京帝国大学卒業(専攻は宗教哲学)。学習院在学中、同人雑誌グループ白樺派に参加。生活に即した民芸品に注目して「用の美」を唱え、民芸運動を起こした。”
日韓併合の時代に、李朝朝鮮の陶器など朝鮮美術の素晴らしさを見いだし、ソウルに朝鮮民族美術館を設立したことで有名。
また、氏の民芸運動には、作陶家の河井寛次郎、濱田庄司、富本憲吉、バーナード・リーチ、版画家の棟方志功、染色家の芹沢介らが加わっている。
民芸運動とは、「美術的な美」と「用の美」を区別し、無名の工人が作る民衆的工芸(民芸)品の美しさに注目しようとする動きである。必要に応じて作られた日常の道具が持つ健康的な美しさを「用の美」として尊んだ。
というようなことを話した後に、H氏が持参した手びねりの名人の滝口和男氏と巧みなろくろ技術の井戸川豊氏の作品を並べて2人の作陶の違いを解説をしてくれた。
井戸川氏は、現在広島大学の準教授だが、寡作なため作品は大変少ない。しかも、作品は安いので、今買っておくと将来値上がり間違いなしと太鼓判を押していた。
人間国宝になった人でも死後、急速に値を下げる人がかなりいる中、無冠の作家でも死後もずっと値上がりしている人もいるらしい。
人間国宝に選ばれる人にもどうも政治的センスが必要らしい。

       
滝口氏の作品


       
井戸川氏の作品






アオダイショウ

2007年05月27日 | 日記
アオダイショウは、普通、体長1~2メートルくらいだが、3メートルを超えるのもいると書かれている。このアオダイショウも2メートルは軽く超えていた。
アオダイショウは、家の守り神などといわれるが、やはり、大麻神社の守り神なので大きいのだろうか。
ウィキペディアに”本種は元々樹上性であったためか、木登りは非常に上手い。その登り方は、一般に考えられているような、枝や幹に巻きついて、螺旋回しの要領で登っていくのではなく、腹盤を幹や枝に押し付け、そのまま垂直に登ってしまう。”と書かれていたが、このヘビを見ていた間は、ずっと螺旋回しの要領で登っていた。
私もヘビは好きなほうではないが、肝心の野鳥は出てこず、ガサガサと音がしたので、トラツグミかと思ったらアオダイショウだった。
このヘビは無毒で、ネズミが好物なので、農家の人には大切にされていたらしい。しかし、鳥の卵も好物らしい。自然の摂理だが、野鳥の巣を襲っていたらどうしたものか。







チゴガニ

2007年05月25日 | 自然・環境
写真はチゴガニのウエイビングである。あまり性能の良くないカメラなので一斉にハサミが上がっているときにうまくシャッターを切ることができない。
チゴガニは泥をそのままに口に入れ、中の有機物だけを食べ、残った泥をは小さく丸めて吐き出す。無数にある小さな泥団子がそれである。
チゴガニが一斉にハサミを上げるwaving(ウエイビング)についての卒業論文の要旨を見つけた。
チゴガニの数理モデル研究
チゴガニは名前が示すとおり、甲幅1cmの小さなカニだが、多く生息していることにより、干潟全体でみると大きな浄化能力となる。とういうことは、このような干潟の生物が豊富なことが、川を美しく清潔に保つことにつながるのである。しかし、このような生き物の生息している貴重な干潟をつぶしてしまうと、もとのような水質を保つには莫大な費用の浄化設備を必要とし、おまけに川の景観も台無しにしてしまうのである。

     
ほぼ実物大のチゴガニ


スズメの砂浴び?

2007年05月23日 | 野鳥
公園の通路でスズメがバタバタしていたので、どうなるのかと見ていた。
他の鳥が襲ってくる来るかも知れないなどと思い、カメラを向けていたら、元気よく飛んんで行った。
スズメ目の鳥は、羽根の汚れや寄生虫の除去のため、よく水浴びや砂浴びをするが、スズメは、水浴びも砂浴びするという点で珍しい。
スズメの水浴びも砂浴びも見たことあるが、砂や乾いた土もこんなに少ない通路でやっていたということは、相当痒かったのかな。
(そのときのスズメのほぼ実物大の写真)

アウトドア雑誌のモデル?

2007年05月22日 | 日記
ハチクマの写真を撮った日の光景である。
あんまり、タカが飛ばないものだから、つい居眠りするはめになったX氏
その姿を見て、鳥仲間が「証拠写真として撮ったらどう」と言うので、パチリ。
コールマンの椅子に腰掛け、ノースフェイスの帽子にダナーの靴?アウトドア雑誌に使えそう。
しかし、なにより足の組み方が決まっている。椅子の高さがこれくらいあれば、私をはじめ普通の日本人が足を組むと、片足が片足にようやく引っかかっているというところだ。「足が長いので、実に様になっている」とは、その日飛んだタカの数より多いくらいのギャラリーの弁。

キジの散歩2

2007年05月20日 | 自然・環境
キジの親子をまるでスナップ写真を撮るように写せる環境にいる。こんないい所に住んでいるのに、滅多にカメラを向けない。私の鳥仲間はよくここへ来て、素晴らしい写真を撮っている。
元々、この環境に惹かれてここで住むようになったのだが、あんまり身近すぎて、ありがたがらない。この素晴らしい環境を失って分かるありがたさにならないように願っている。


みんな、もう一度お母さんについておいで



また! 今度はどこへ行くんだろう(無関心な雛もいる)



あれ、僕たち置いてけぼりにされたのかな(後ろの雛は、事情が読めていない様子)

キジの散歩1

2007年05月19日 | 自然・環境
タカの渡りを見ようと鳴門へ向かっていたのだが、西の空は分厚い雲に雨に覆われているし、風も強いのでこれでは飛ばないと思い、途中で引き返してきたところだ。車のトランクからカメラバッグを降ろそうとしていると、車庫の前の湿地の方で何かガサガサ音がする。
見るとキジではないか。

みんなついてくるのよ。



分かったよ。




みんな揃ったね。


シオマネキ

2007年05月17日 | 日記
巣穴から出てきたシオマネキ
写真を見ると泥のような色で目立たない雌もいる。片方のハサミが異常に大きいのが雄だ。
写真を見ると個体差が大きいのに気がつく。甲幅は、2cm位から4cm位までとずいぶん差があるようだ。
ところで、このハサミ、個体によって"利き腕"が違うようで、右が大きい個体もいれば左が大きい個体もいる。でも食事に利用するのは小さいハサミである。


   
   巣穴に入ろうとしている雄、ほぼ実物大

涙のわけ

2007年05月17日 | 映画・テレビ
今日、映画「眉山」を見た。水曜だし、雨も降ってきたので、映画館は空いていると思っていたのに、席は前の方しか空いてないという。
前の方だとスクリーンを見上げるような格好になるし、評論家の評価は良くないようだが、そこはやはり地元びいきなので、最後まで見た。
地元の撮り方は、気に入ったが、原作を読んだとき以上の感動を味わえるというような内容の映画ではない。案外さらっとしていて、見終わった後の気分はいい。
でも、ハンカチは必要だった。私の涙が出るときは、決まって主人公咲子の涙を流す10秒前くらいからだ。
しかし、不条理な話でもないし、中井喜一主演の映画「壬生義士伝」や同じ原作作者の「鉄道員(ぽっぽや)」の映画のときのように、涙が止まらないというようなことはなかった。
主人公の気持ちに感情移入して涙を流したりすると心が浄化され、このことを心理学では「カタルシス効果」という。でも、本人は心を癒すために涙を流しているという意識は全くない。自然に涙が出てくるだけだ。ギリシア語のカタルシスは元来は医学用語で、薬剤を用いて吐瀉ないし下痢を起こさせる事をいった。そこから魂の浄化を指す語となったらしい。

騙された

2007年05月14日 | 日記
久しぶりに蓮田に出掛けたときのこと。 遠くから見ると女性2人が腰まで使って作業をしているではないか。蓮田での作業は、重労働とは知っていたが、大変だと思っていたら、近づいてみると案山子だった。