“これから向かう所は、創建717年、全国にある白山神社の総元社とされる「平泉寺白山神社」です。”と話すバスの添乗員さんの説明に聞き違いかと
思った。しかし、続けて、“中世以降にこの神社が比叡山延暦寺の勢力下に入ったためであり、そのときの呼称は「霊応山平泉寺」”で納得。”さらに
続けて“室町時代に入ると、寺領9万石という大勢力となったが、1574年に一向一揆で焼き討ちにされ衰退してしまう。その後、秀吉ら手により復興し、
江戸時代にも本格的な復興がなされたものの往事の隆盛には至らなかったらしい。そして、明治初年の「神仏分離令」により寺号を捨て、神社として存続する
ようになったという経緯の説明があった。ここ「平泉寺白山神社」の参道は、日本の道百選に認定されていて、また、苔の美しい神社としても有名であるそう
だが、穴場スポットなのか、この日の先客は4,5名ほどだった。
平泉寺白山神社の苔の美しさについては、司馬遼太郎氏が「京都の苔寺の苔など、この境内に広がる苔の規模と質から見れば、笑止なほどであった」と、著書
越前諸道「街道を行く」の中でこう絶賛しているらしい。しかし、苔寺に行ったことがあるかどうかの記憶も定かでない私には比較はできない。
だが、苔は地味であることは確かだ。
話は、長くなるが、まず、苔の基本知識
苔は最初に陸上生活を始めた緑色植物の子孫と考えられており、陸上で生活するシダ類と、水中生活をする緑藻類の間に位置している。
苔は、世界中で20000種以上とあるとされており、日本にも2000種位あるらしい。苔の仲間は、蘚類(セン類)、苔類(タイ類)、角苔類(ツノゴケ類)
の3種類に分けれている。
ところで、苔は、岩や地表が長く放置されたときに生え、耕すなどの攪乱行為があれば育たない。君が代にも歌われている「苔むす」という言葉がある。
これは、状態が長く続いてきたことを示すものだが、善悪両面の解釈の仕方がある。「転石苔むさず」とは、「腰を落ち着けて長く持続しないと成果は実らない」
の意味に取るのが普通である。しかし、「動き続けている人は古びない」という意味にも使われる。「A rolling stone gathers no moss」という諺があるが、イギリス
では前者の意味で使う。しかし、アメリカでは後者の意味に使う。アメリカでは、日本の「流れる水は腐らず」という意味に近い。転がる石には苔がつかないので、
いつまでも新鮮であるというような、プラスのイメージで捉えているのだ。アメリカ人の苔に対するイメージは、日本やイギリスのように風情のある物としては
捉えず、むしろ反対に汚いものと思っているという違いがあるらしい。だから、転がる石にはコケみたいな物は生えることがないと考える。仕事においても、イギリス
や日本のようにじっと耐えて待つのではなく、できる人ほど職場を変わり、次々と新しいことに挑戦していき、成功するというスタイルがアメリカン・ドリームなのだ。
つまり、“「Rolling Stone」(転がる石)”をイギリスでは消極的に捉え、アメリカで肯定的・積極的なものとして捉えているのだ。両者の考え方、どちらが良いとは
一方的には言えないところがある。
7月28日に行った講演会の冒頭で、講師の田村正勝 早稲田大学教授の話にあった「大般涅槃経」の中にある「功徳天と黒暗天の話」にも通じている。
物事を見るには、常に表裏一体であることを知っていなければならない。…………