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観・環・感

野鳥観察や旅行、映画などの趣味と日常生活や世の中の状況について、
感じる事を書いています。

るり渓 その1

2015年05月30日 | 旅・風景・グルメ
5月24、25日に行った今回のミステリーバスツアーは、宣伝チラシにヒントが全く書かれてなかった。ただ、ツアー会社の
専用駐車場発が午前10時で翌日の午後6時着という行程。通常の2日コースに比べると4時間も短いツアー。だから、目的地は
近場ということだけは想定された。
10時に出発して淡路島で11時に昼食、最初の目的地は、京都府南丹市園部町の標高500m高原にある「るり渓」という渓谷
初めて聞く場所で、日曜日にもかかわらず他の観光バスはゼロ。流石、ミステリーと名乗るだけあってポピュラー過ぎる場所は選定しない。
るり渓は、園部川が高原の斜面を侵食してできた長さ4kmの渓谷。ところが、当初予定の降車場所を通り過ぎ、終着地の駐車場まで
来てしまった。そのため、そこから遊歩コースの約半分くらいの所で折り返すことに変更した。
るり(瑠璃)渓の名前の由来は、渓谷上部にある通天湖から流れ出る清流が、光の反射によって瑠璃色の輝石のように見えることによるそうだ。


通天湖(人造湖)






バス旅行、久しぶりの好天だが、そんな時期でもないのに大変暑かったので、水の流れを見てるだけでも気持ちが良い。

あやとりはし

2015年03月18日 | 旅・風景・グルメ
今月の1、2日と「ミステリーバスツアー」に行ってた。ミステリーといっても今回は、ツアーの案内チラシに宿泊ホテルのレストラン
の記事が載っていたので、どちら方面に行くかは見当が付いていた。それより、心配したのはお天気で悪天候の
予報があり、添乗員さんも傘を持参するように事前の確認電話で念押しをしてた。
最初の観光地は山中温泉の鶴仙渓。鶴仙渓は、3年連続で来ているような気がするが、今回は、いつも素通りしている「あやとり橋」
を添乗員さんの案内で見に行った。想定どおりの雨。しかし、オリンパスの防水カメラを持参してたので、雨を気にせず撮影できたが、腕の
下手さも手伝ってか、やはり現像すると一眼レフとは大分違う。
あやとり橋(正式名は「あやとりはし」)は、石川県加賀市山中温泉の大聖寺川(鶴仙渓)に架かる長さ94.7m、橋床(木製)幅1.5mの
橋である。
この橋は、生け花の草月流三代目家元・勅使河原宏のデザインでワインレッド色に塗られた徒歩専用の橋だ。橋のデザインのコンセプトは、
「鶴仙渓を活ける」と言われ、また、あやとりの名のとおり糸遊びの綾取りの形に似せている。
この橋は、鶴仙渓の上流のこおろぎ橋と下流の黒谷橋のほぼ中間に位置にある。1991年の竣工式には、勅使河原宏監督の映画に出演している
女優宮沢りえさんも来たらしい。


橋に向かう左岸側にはホテルがずっと並んでいる。


橋の両側は、ミニ公園のようになっている。


橋の上から眺めた鶴仙渓


画像が歪んでいるのではなく、橋がこのように曲がっているのだ。

北野天満宮

2014年12月15日 | 旅・風景・グルメ
渡月橋を見た後に北野天満宮に紅葉を見に行った。


楼門


社殿(国宝)
さすが、学問の神様、拝殿前に受験生とおぼしき人たちが列をなして並んでいた。

天正15年10月1日(1587年11月1日)、ここ北野天満宮で関白太政大臣の豊臣秀吉が大規模な茶会を催したことは知っていた。しかし、当初10日間の
開催の予定であったのが、翌2日には突如茶会は中止され、その後も再開されぬまま終了となった。ということについては知識がなかった。中止の理由
として、1日の夕方に肥後国人一揆が発生したという知らせが入り、秀吉が不快を覚えたからだという説が当時からいわれていた。このほか、秀吉の
予想より人々が集まらず、続行するとイベントの失敗が世間に晒されるので、その前に取り辞め、曖昧のままに終わらせたとする識者もいる。


撮影日は、11月8日、紅葉狩りの時期としては、早すぎたようだ。
紅葉を鑑賞した後、「もみじ苑」に出店している和菓子の名店「老松」のお菓子とお茶をいただいた。入苑料の600円にこの老松さんのお茶とお菓子が
セットになっていた。


紅葉するのが早い木もあるようだ。

昇仙峡 その3

2014年12月14日 | 旅・風景・グルメ

天鼓林
今年も各地の紅葉を見てきたが、ここ昇仙峡の紅葉が時期も良かったせいか一番美しかった。


限られた場所の地面を強く踏むと、地中からポンポンと鼓の音ような共鳴音が聞こえてくることから「天鼓林」と名付けられたらしい。
そういう情報を先に知ってたら試しているのに。


覚円峰
巨岩ロボットのようにも見える。


2014年11月16日午後3時56分
谷間のせいか辺りは薄暗くなってきた。(ISO感度800、絞りf8、 シャッター速度1/50)


ツアーバスが待っている山梨県営無料駐車場から撮影
右端が覚円峰
名残惜しいが出発時間も近づいたので、さようなら。

昇仙峡 その2

2014年12月13日 | 旅・風景・グルメ
バスツアーで各地を巡る際にバスの車中で添乗員さんが観光地のチラシやに案内図等を配ってくれるが、撮影スポット
の表示があるものはほとんどない。だから、自分が良いと思った所でその都度、撮影している。
観光名所の一押し、二押し、せいぜい三押しスポットくらいまでなら、多くの観光客がカメラを向けているのでそこだがここだと分かる。
しかし、それ以外の見所は見落としがちだ。
家に帰ってから写真を整理する際、そこの観光協会のホームページやそこに訪れた人が撮影をされている写真と見比べ、やはりここも見所
だったのだと確認できた時は何となく嬉しい。


覚円峰 
川面から180mほぼ垂直に切り立つ断崖は見応えがある。


石門と呼ばれるここも人気スポット


反対側から撮影。
通行する時も撮影する時も気が付かなかったが、後で調べると、この上下二つの大きな岩、引っ付いてはいないということが分かった。
ということは下の岩が支えになっていないということ、よく考えると……


そのまま見過ごしてしまいそうな滝だが、後で調べると「雪虹滝」という素敵な名前が付いていた。


この覚円峰、見る角度によって表情が違う。昇仙峡のシンボル的存在。
名前の由来は、読みどおり覚円という僧侶が頂上で修行したという伝説から名付けられた。



昇仙峡 その1

2014年12月11日 | 旅・風景・グルメ

11月16日にツアーで行った「昇仙峡」は、初めての場所だった。
山梨県甲府市にあるこの昇仙峡の正式名称は、「御岳昇仙峡」
渓谷の散策を組んでいるバスツアーは数多いが、行ってみてもそれほど感動をしない場所も結構ある。
今回、時間の関係で、一番ポピュラーなコースを歩くことになった。散策コースの入口に着くと観光客と土産物店や食堂の多さに期待する反面
歩くだけでも相当時間を費やすのではないかと心配した。


土産物店や食堂を抜けると開けた場所があった。なかなか良いで眺めではないか。


少し行った所に高さ30mの綺麗な「仙娥滝」があった。
滝の名前の「仙娥」とは、中国神話に登場する月に行った女性の「嫦娥」のことであり、また、月を意味する単語でもある。
道教では、嫦娥を月神とみなしているようだ。
この嫦娥にちなみ名づけられた中国の月探査計画 は、「嫦娥計画」と名付けられ、嫦娥1号、2号、3号が 嫦娥計画の一環として打ち上げられ、以後4号・5号が
予定されている。


石洞と昇仙橋


昇仙橋部分を拡大

渡月橋

2014年12月07日 | 旅・風景・グルメ

渡月橋


ズームして撮影


昨年の9月、テレビでこの渡月橋が水没しかかっている映像を見て、木造の橋なのにどうして流されないのかと不思議に思っていた。
実物を見てびっくり。2車線の車道があるではないか。家で検索してみると、実は、欄干などを除き鉄筋コンクリート製だった。
全く知らなかった。

現在の橋は1934年に完成し、94年~2001年の改修工事で、欄干などの木造部分を新調し、鉄筋コンクリートの橋脚に鋼板を巻いて補強したもの
である。ちなみに、橋の上流側の川底に設置した7本の「流木止め」というコンクリート製の杭が、流木の橋への直撃回避に役立ち、流されずにすんだようだ。
ところで、丹波山地の大悲山付近を水源とする桂川は、水源から亀岡盆地辺りまでを「桂川」、亀岡と京都の間の峡谷は「保津川(ほづがわ)」、渡月橋付近で
「大堰川(おおいがわ)」、そしてこの渡月橋より下流は再び「桂川」と呼ばれている。しかし、古くは葛野川と呼ばれていた。大堰川と呼ばれるのは、
5世紀後半に、秦氏が葛野地方に移り住み、この付近で桂川の流れをせき止める大きな堰(葛野大堰)を築いたことに由来する。
大堰川に最初に橋が架けられたのは、承和年間(834年〜848年頃)法輪寺を中興した道昌(弘法大師の弟子)で、法輪寺の門前橋であったことから「法輪寺橋」と
呼ばれていた。
時代は下って、渡月橋と呼ばれるようになったのは、鎌倉時代、亀山天皇(在位1259年〜1274年)が、満月の夜、舟遊びの際に月が橋の上を渡るように見えること
から、「くまなき月の渡るに似る」と詠われたことに由来。 




平安貴族もここで船遊びを愉しんだとか。

トロッコ列車の旅 その2

2014年12月01日 | 旅・風景・グルメ

孫六岩
京都嵯峨の豪商、角倉了以の保津峡開削事業の最後の難関であるこの岩の開削に命をかけた「岩師」孫六親子にちなんで名付けられた。この命がけの
仕事に死に装束を着て作業にあたり、そして三日三晩、岩の上で火を焚き、やっとのことで岩を割った。しかし、孫六親子は岩が崩れた際、それに
巻き込まれて亡くなった。


トロッコ保津峡駅
2013年の18号台風で壊れたのを復旧


この駅で降車したのは、酒呑童子
伝説では、995年、一条天皇の時代に「大江山に住む鬼の酒呑童子を源頼光らが、毒酒を飲ませて泥酔させ討ち取った。」とされているが、歴史家の
高橋昌明は、994年に大流行した疱瘡がこの伝説に関わっているのではないかと考えているようだ。
この駅の南の方向に首塚大明神は、その首を都に持ち帰る途中に、ここで急に重くなり動かなくなったため、首て埋めたという首塚がある。このことから、
この酒呑童子に扮装した鉄道会社の社員?太秦映画村の俳優?が大活躍することになる。


有名な星野リゾートグループの「星のや京都」
客室は、角倉了以が邸宅を構えた場所に、100年前に建てられた旅館をリノベーションしたもの。


トロッコ嵯峨駅前に展示されているD51蒸気機関車(国鉄の全発注数 1,107両)
車両番号がD5151なので、1936年に川崎車輌で製造されたもの


トロッコ列車の旅 その1

2014年11月23日 | 旅・風景・グルメ

嵯峨野トロッコ列車である。
客車は、トキ25000形無蓋貨車を改造。木で出来たベンチシートのせいか乗り心地はあまり良くない。
運行している会社は、JR西日本の完全子会社「嵯峨野観光鉄道」である。1989年に廃線となった山陰本線(嵯峨野線)の嵯峨(現在の嵯峨嵐山)
~ 馬堀間が電化・複線化のため新しい路線になったので、廃線となった路線を利用。
廃線路線のうち景勝地である保津峡に沿って走る区間を観光鉄道として活用することになり、1991年から京都市側の「トロッコ嵯峨駅」~亀岡市側の
「トロッコ亀岡駅」7.3kmを25分かけ運行している。


トロッコ亀岡駅に飾られていた信楽焼の狸たち。何かこの場所と関係でもあるのだろうか。


場所関係を示す地図。
地図の右上に嵯峨天皇陵そして大覚寺がある。
嵯峨野という地名は嵯峨天皇に由来するとか、また、大覚寺は、嵯峨天皇が檀林皇后とのご成婚の際に建てた離宮がその前身。
ここで、唐から帰った空海と親交を深めたとされている。


保津川(桂川)を下る遊覧船



山陰本線の鉄橋


船を操る人が3人もいる理由がよく分かる。








錦秋の上高地 その4

2014年11月13日 | 旅・風景・グルメ


明神池への梓川の右岸側ルートは途中は見所が多いので、かなり時間がかかった。しかし、この明神橋を渡れば左岸側のルートは、河童橋まで近い。


猿が出て来た。上高地の猿は、結構人慣れしているようだ。








やっと河童橋が見えてきた。集合場所のバスターミナルまでもうすぐだ。

過去5回の上高地旅行で雨に降られたのはこれで2回目。いずれもバスの中で雨具はいらないと判断したのがいけなかった。(教訓:曇天の上高地、
雨具を持つべし。もう来ることないか。?)

注 バスツアーの場合、自由時間は経験上、約3時間。山の天気は変わりやすいと言われている。3時間の時間経過は結構長い。