散歩から探検へ~個人・住民・市民

副題を「政治を動かすもの」から「個人・住民・市民」へと変更、地域住民/世界市民として複眼的思考で政治的事象を捉える。

“戦争と革命”に関する丸山と永井の見解の相違(5)~“暴力行使”を巡って

2015年06月15日 | 永井陽之助
現代における戦争と革命を主題にし、永井陽之助は第二次世界大戦における日本の降伏を巡って書かれた近衛文麿の有名な上奏文、
「…最も憂うべきは敗戦よりも、敗戦に伴うて起ことあるべき共産革命にて御座候。」を『解説 政治的人間』(「政治的人間」永井編(平凡社1968)で引用した。

そこて、しばしば指摘される「戦争の被害者は民衆であり、革命の被害者は支配層である。古来、支配層は革命を避けるため、戦争を選ぶ可能性を常に持っている。」との指摘を紛れもなく事実であると述べる。これは丸山眞男の説を従来からの一般論として認めたものだ。
 『“戦争と革命”に関する丸山と永井の見解の相違(3)~“被害者”を巡って150613』

しかし、問題はここからだ。丸山の従来イメージには、両大戦及び東アジアにおける中国内戦、朝鮮戦争、また、ソ連、中国等の共産主義革命の実態が含まれている様には思えない。あるいは、故意に含まさずにしている様にも見える。

永井は丸山説に対し、次の様に喝破する。
暴力行使の社会化=大衆化が徹底的に進行した第一次世界大戦と、レーニンによるボルシェビキ革命以後、これ(丸山説…筆者注)はそのままでは妥当しない命題になった」。

「否むしろ、第一次、第二次両大戦こそは、世界的規模の巨大な内戦、革命戦争の開始だったと理解する方が、より真実に近いのである。そしてそこにこそ、近代戦争のもたらす真の悲惨の源泉があるのだ」。

「スペイン戦争から朝鮮戦争、ベトナム戦争に至るまで、現代の内戦、革命戦争、人民戦争における、「組織化されたテロ」と反テロ、ゲリラ侵攻と対抗の応酬ほど酷薄なものはない。それは、無関係な大衆を紛争に巻き込み、不毛な憎悪と不信で民族的連帯と社会構造の解体に導くのみか、文化と精神の荒廃を結果する。我々は、いま、宗教戦争の時代に生きているのだ。」

ほぼ50年前の永井の指摘に、今現在、報道を通して私たちに否応なしにイメージを与える過激派集団・イスラム国が想い浮かぶのを頭の中から消すことができない人も多いだろう。
 『イスラム国の存立基盤~ボルシェビキ革命からの類推150323』

更に25年前、永井は民族主義とエスニックパワーの台頭で世界が“バルカン化”すると予測する。エスニックナショナリズムは性欲と似て、崇高な愛に昇華することもあるが、嫉妬、怨念、憎悪をかきたてる可能性が大きいと!
 『広がるワールドディスオーダー~永井陽之助1991年150129』

先の記事の中で、中本義彦氏が論争家としての永井の仕掛けを三点紹介していることに触れた(中央公論2009/6,P198-205)。その最初が「平和の代償」における進歩派との中立論争だ。
 『“戦争と革命”に関する丸山と永井の見解の相違(1)~憲法九条を巡って150607』

しかし、そこで筆者は、中立構想の根元にある“戦争と革命”の見方に関する問題を、永井は丸山論文に対して提起している、と述べた。永井が丸山を始めとして、進歩的と呼ばれる一群の知識人に仕掛けたのは確かだと思うからだ。

しかし、中本がそれを無視せざるを得なかったのは、まともな答が永井へ返って来なかったからであろう。これでは論争にならない。従って、仕掛けたこと自体が年と共に風化せざるを得ず、その重要な中味も無視される。

「永井政治学」とは何だったのか、この問いを考えるには、論争を始めとして、批判、批評、評価等によって光を浴びた部分だけではなく、本人の提起した問題・課題・仕掛で、世間から見過ごされ、不発に終わった部分にも目配りし、掘り起こす必要もあるはずだ。本稿(本ブログ)もその一助になれば幸である。

      
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