Kオジサンの気の向くまま

日々のあれこれ・・・・・思いつくまま

岳友タンネの会 5月定例会

2018年05月11日 23時22分16秒 | アウトドア

今夜、岳友タンネの会の5月例会が蘇原コミセンでありました。3月4月に実施した山行の報告です。
そして、これからの山行で変更がある場合は変更点を述べると言うものでした。


3月に実施した百佐々ケ峰です。




百佐々ケ峰で歩いた軌跡図です。

百佐々ケ峰の他、8回の山行の紹介がありました。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

歴史勉強会 ヒストリー各務野会  坪内逍遥

2018年05月11日 22時46分27秒 | ヒストリー各務野会

今日は第2金曜日でヒストリー各務野会がある日です。今日のテーマは坪内逍遥です。講師は佐光重広さんで、中山道太田宿中山道会館の指定管理者を努めておられます。NPO法人「宿木」の理事長を努められています。




開講前の挨拶。
太田宿の「やどりぎ」のPRです。13日に太田宿の「春まつり」が開かれる。それに今、NHKで放映している朝ドラ。「半分 青い」にも触れました。半分青いの作者。北川悦吏子が美濃加茂市の出身であり、力を入れていのだそうでした。




佐光重広さん。やどりぎを手に持ってPRです。




今日の資料です。
坪内逍遥は、太田宿で安政6年に生まれました。父親が太田代官所に勤めていましたが、明治に替わり、名古屋へ移りました。勉学に優れ、英語が出来ました。翻訳をして「小説」と言う言葉を用いました。当時、小説と言う言葉が無かったのです。それを「小説」と言う言葉にした人です。
この事を聞いて浮かんだのが正岡子規です。子規はベースボールを野球と訳しました。普通なら塁球とか棒球と訳す所です。明治の時代。日本にない言葉を訳さなくてはなりません。




先生が持参された明治の教科書。
坪内雄蔵と言うのは坪内逍遥の本名です。でも、本名は坪内勇蔵でしたが勇ましくないので雄の字を用いたのだそうです。


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

彩美会  今日は絵の日でした。  ときめきギャラリー

2018年05月11日 22時35分32秒 | 彩美会

今日は金曜日で、彩美会がある日です。通常の活動は第1、第3金曜日が活動日なのですが、第1金曜日がみどりの日だったので、今日に変更となりました。
今月と来月は、彩美会で廊下の「ときめきギャラリー」を利用させて貰えます。
絵の学習を終えてから、廊下に絵を展示しました。


自分の作品を並べます。




作品を並べ、大体の間隔がつかめました。
そして、吊るしにかかります。
皆さん。制作に取り組んできた思い思いの作品を掲げます。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする