青山学院大学教授福岡伸一さん。まだ50代にも届いておられないが高名な
生物学者であり、狂牛病の権威でもある人。
紙に関する著名人の講演会でおもしろいお話しを聞かせてもらった。
それがタイトルの動的平衡。
絶え間ない動きと変化の中にあって常にバランスが保たれ続ける状態・・・
それが生命の根幹であることに寄せて・・・
文楽は3人の黒子が一体の人形を操って演じるものであるが、
その人形は手足と胴、頭が別々のパーツになっている。
胴といってもコの字型の木枠である。
それに衣装を着せるだけで、まるで生きているように芝居をする。
操り師が人間国宝級の人たちだから生きているように動くというのも頷けるが、
実はバラバラのパーツは互いに糸で結ばれているのだそうだ。
そのため、右手を上げれば胴が振れたり、足が微妙に前に出たりする。
また繋がっているからこそあらぬ動きが出てしまうこともない。
互いを律しながらバランスをとっているわけである。
これと同じことが受精卵でも起こっている。受精卵は細胞分裂によってどんどん増えていくが、
ある一定の数に達すると今度はそれぞれの役割に応じた変化を伴って増加を続け最後に生命体を形成して分裂を終了する。
実際には古い細胞を新しい細胞に置き換える作業は続いているので厳密には続いているのだが、
人間が象のように巨大化するような現象は起こらない。
大体半年で人間の体は総入れ替えになるらしい。だから、
数年ぶりにあって「変りませんねぇ」というのは大嘘。お変り大有りなのだ。
それはともかく、大体1,000ヶくらいに分裂するとそれぞれのお役目に向かって違う変化を開始するらしいのだが、
それを制御しているのがDNAかと思いきや、それは違うらしい。
なんとお互いの細胞が阿吽の呼吸で「私目になる」「オレは髪の毛」「アタイは心臓をやる」
「おいどんは足になるばい」ってな具合にお互いの進む道を選んで変わっていくのだそうだ。
世界的に有名な生物学者の先生が今わかっている最先端の領域として話しているのだから間違いない。
つまり生命現象とは文楽の人形に相通じる現象によって律し保たれている。
これを動的平衡と名付けて岩波の広辞苑に載せるべく交渉しているらしい。
ところで、この1,000ヶほどに分裂した細胞の塊をバラバラにするとどうなるか。
文楽の人形と同じである。死んでしまう。あるいはただの物体になる。ところが、
1,000に一つ、バラしても死なないで分裂を続ける細胞があることをエバンスという
博士が発見したそうである。これをES細胞と名付けた。この細胞は分裂を続けながらしかし
何になるという目標を持てない性格らしく、互いにくっついている時はどの部位の器官にでもなれるのに、
ばらされた時点で目標を失う。そしていつまでも増殖を続ける。すなわち癌なのだそうだ。
従って、この癌細胞に何らかの方法で何になれという命令を与えられれば癌は完治する。
しかし、今の医学や生物学ではその方法を突き止めてはいない。
世界中の学者が必死になって競争している分野である。
動的平衡とはこのような秩序を伴った連動によって保たれる均衡であり、生命活動そのものである。
狂牛病のプリオンにしても癌にしても、また文楽の人形にしても、それらの元の形に存在していた動的平衡が
崩れた時に起こる異常現象なのだそうだ。
それをもっと大きなスケールで捉えれば地球環境の問題や今話題になっている蜜蜂の失踪現象などにも
合い通じる部分が見えてくるのかもしれない。
紙がテーマの講演会であったので最後はこの細胞同士を有機的に結びつけ、
生かしている存在がメディアと呼ばれる液体であるということから、
一般的にメディアと呼ばれている紙と、語源であるメディアの働きを関連付けられて公演は終了した。
しかし、重い話であった。生命の根源、生きているかのように動く文楽人形、病気の原因、
地球環境問題、社会問題におけるメディアの重み・・・それらがすべて動的平衡によって健全たり得るとしたら
我々はやはり自身の行動や考えを律する生き方を選ぶべきなのであろう。
今日の写真は福島の滝川渓谷、完全なる自然の流れです。
Yahooは菜園のにんにく林です。