mukan's blog

つれづれなるままに ひぐらしPCにむかいて

贅沢な山歩き

2024-06-12 08:15:42 | 日記
 思い立って出かけた鳴虫山、ひたすらな山歩きでした。
 はじめて東武スカイツリー線の特急「スペーシア・けごん」に乗りました。全席指定。北へ行くのに、通勤客(らしい人)が結構乗っています。とはいえ一人で2座席以下。中には、パソコンを広げて何やらカタカタと打ち込んでいる女性もいて、仕事の資料をつくっているのかな。
 私は本を持ち込んで読んでいたのですが、ふと目を上げると「とねがわ」を渡るところ。田園風景が広がります。田植えを済ませた緑と麦秋の小麦色とが混ざり合った田畑が連なる関東平野を突っ切るように爆走するって感触が、乗車賃より高い特急料金の特権のように思えます。渡良瀬遊水地を西側へ回り込む辺りから山が近づき、それに沿うように北上してやがて鹿沼を過ぎ、日光へ入る頃には杉林と栗の花と葉が白くなったマタタビが目に止まり、男体山や女峰山の姿が、高速道路で近づくのとは違う姿を見せていました、そうそう、その両山に挟まれた大間名子山が三角錐をすっくと立ち上げて偉容を誇っているのが印象的でした。
 着いてすぐに駅の売店で昼の弁当を求めましたが、9時にならないと入荷しないという。一つだけ残っていたパンを求めて、歩き始めたのは8時35分。観光客やリュックを背負った人がたくさんバス停に並んでいます。奥日光へ行くのでしょうか。
 鳴虫山へ道を取ったのは私一人でした。快晴。大谷川の左岸を辿ると「←鳴虫山」と案内標識が橋に書かれていました。登り始めるとすっかり樹林に蔽われ、日除けの帽子が邪魔に思うほど。すぐに帽子をとり頭にタオルを巻いて昔日の歩荷風情になりました。エゾハルゼミが鳴いています。賑やかな声はキビタキでしょうか。昨日までの雨で土は湿って滑りやすく、やがてゴツゴツと剥き出しの木の根を踏ん1982で上る。蔽っていた土が流れて痛々しい。
 50分で神ノ主山842mに到着。駅からの標高差350mですから、いい調子です。日陰の樹林が心地よい。1982年発行の『中高年向きの山100コース』(山と溪谷社)をみるとコースタイムは1時間20分。ちょと速すぎるかなとペースを気遣う。930mピーク手前でアラサーの男性二人組に追いついた。彼らは休みながら仕事の話をしているようだったから、職場の友達かもしれない。お先にと挨拶をして先行した。
 鳴虫山に着いたのはスタートしてからちょうど2時間。コースタイムより40分速い。うん、この調子なら、夏の裏銀座もいけるかもと思い始めていました。まだ10時半を一寸過ぎた頃。お昼を摂り、コーヒーを飲み終わったころに追い越した二人がやってきました。
 「憾満ガ淵3.0km→」の標識はしっかりしています。ただルートは荒れ、設えられた木製の土留めはまわりの土が流されて浮き上がり、却って邪魔になっていました。下降斜面が急だということもあるかもしれませんが、このところの大雨で傷みが早いのかもしれません。
 私は、なぜか2018年にこの地で行方不明になったフランス人女性のことを思い出した。私の記憶では、冬、宿から散歩に出て彼女は憾満ガ淵から鳴虫山への道を辿り、行方不明になったと思っていました。雪が積もっていたとすると、ルートを見失うだろうか。上りと下りで印象がすっかり違ってしまうだろうかと思いながら歩き、たしかにそのようなこともありうるなあと感じたりしていました。
 ところが、帰宅してからネットで調べてみると、全く私の勘違いだったことがわかりました。先ず冬ではなく、7月下旬。真夏です。しかも山へ入ったというのではなく、大谷川に落ちたのではないか。その日大雨が降ったので、下流に流されたのではないかとヘリを飛ばして捜索も行われたということでした。なんでこんな思い違いをしていたのだろう。もっともネット情報では、日本の警察が真剣に捜索をしていないと彼女の家族が訴え、フランスのマクロン大統領が日本政府に手紙を送って、捜索依頼をするという外交問題にまで発展していたとありました。
 それよりも、ワタシの勘違いの方が、問題は大きいと私は思っています。
 その(勘違い)ルート検証の目もあってか、私は迷うことなく、憾満ガ淵に辿り着きました。歩き始めてから約4時間。コースタイムより40分早い。うんうん、いい調子だ。
 「化け地蔵」と称される地蔵群を過ぎてから、ここへ向かっている観光客と出会いました。外国人がたくさんいます。
 大谷川ではカワガラスが二羽、水に潜り、浮かび上がり、いそしく餌を探している姿も見掛けました。東武日光駅へ着いたのは13時15分。スタートしてから4時間40分。「ガイド本」のコースタイムは5時間半。少しは昔日の歩く力が戻ってきたかと思いました。
 5日前の筑波山に較べると岩場などはなく、ひたすら上り、ひたすら下るという標高差600mほどの山歩き。足腰の疲れ処も、違うように感じています。
 心地よく疲れ、帰りの電車の中は、恢復のための一寝入りに適当な場所になりました。午後3時半には帰着。疲れが心地よくボーっとして過ごす、残り半日になったというわけです。


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