奥日光に来ている。ラッシュを避けて朝ゆっくりと家をでて東北道を走った。トラックが多いが空いている。宇都宮道路は、夏休みの人出に備えて道路工事をしている。師匠のお目当ては日光植物園。月曜日はお休みだから火曜日からの旅にした。ところが正門前へ行ってみると「本日休園」の看板。そうか、昨日は海の日で祭日であった。その代替休日なんだ、今日は。仕事を離れて祭日に疎くなった。
いろは坂を上がり、赤沼に車を止める。駐車場は4割くらい埋まっている。ビジターセンターのクマ出没表示を見ると、昨日弓張峠に目撃のマークがつけてあった。
青空も見える。緑の草葉の間にトモエソウの黄色が映える。リュックを背負った人たちが行き来している。11時。カッコウの声が、戦場ヶ原から東の方へ飛んでいく。赤沼農耕地の方から流れてくる川の水が清冽だ。小田代原へ向かういつものルートの逆を歩くことにして戦場ヶ原へ踏み込む。
湯川にオシドリのメスがいる。その後ろの葉陰についているのはひなではないか。おっ、2羽いる、いや、3羽、まだいるよ。岸辺から川へ垂れ下がる木と草の葉に身を隠すように母親の前になり後になりちょこまかと着いて泳いでいる。ややっ、上流から来たのはオスではないか。尾羽根に色濃い青の飾りを残し、しかし、羽の上の方はメスに似ている。くちばしが違うのよと師匠はいうが、それを確かめる前にまた上流へ飛んでいった。オスも子育てに参加しているのかな。
直ぐ側の茂みからウグイスがけたたましく警戒音を発する。声の移りゆく先を見るとズミの枝に姿が見える。双眼鏡で覗く。戦場ヶ原が少し開けて見えるところで、師匠がホオアカを見つけた。双眼鏡から目を離さず「いるよ」と呟く。その方向をみて私も双眼鏡に目を当てる。原の中にぽつんぽつんと立つ木立の先端にホオアカがとまっている。
木道は広く整備され中央部には原の眺めをゆっくり味わうためのベンチを設けたところもある。そこへ北からやってきた人が「あの山はなんですか?」と、男体山の左脇に控える山を指差す。
「ああ、大真名子山。その左が小真名子山」
「というと、」
と言いながら指がさらに左の山へと移動する。
「太郎ですよ。その脇の丸っこいのが山王帽子山。そうそう、あの3つの凸凹が三ツ岳です」
と口にして、今日は見晴らしがいいと気づく。
「あれが金精山?」
と声をかけてきた人のツレが尋ねる。
「そう、あの少し丸っこく高いヤツですね。その向こうのは温泉ヶ岳だと思いますよ」
「じゃあ、その向こうのは根名草山?」
「たぶん」
とそのルートを歩いた何年か前を思い起こす。行きずりのこういう山談義が好ましい。
青木橋を渡って樹林帯に入る。師匠が何に関心をもってそこを歩いているのかわからないが、鳥の声はしない。戦場ヶ原はみえない。ところどころに湯川の流れが近づき、流れ去る。
小田代ヶ原への分岐に到着。泉源には行かないと師匠は言って、すぐに小田代原に向かう。泉源の小学生がウルサイと思っているのかな。見るほどのものがないとみているのかな。あいにく向こうから、小学生を率いた一団がやってくる。15人ほどだ。とするとクラスを分割して案内しているのか。おや? なんだか外国人のような女の子がいるな。なんだ後ろは外国人家族が来ているんだ。なんだかわからないが、すれ違う人たちがみなさん、緑の樹林から溶け出してきたような、陽気な気配。これって、私の気分なのかな。
小田代原はひときわ緑が色濃くなっている。ヨツバヒヨドリって言ったけか。あの渡る蝶、アサギマダラの依代になる多年草がどこもかしこも生い茂っている。広い小田代ヶ原の中央部に立つ貴婦人が、ちょうど日差しのスポットライトを当てられたように、白い姿をすっくと建てている。これを見ると、名前の由来がわかるような気がする。向こうからやってくる人影は少ない。
戦場ヶ原で見たミズチドリが、ここ小田代ヶ原の、このバスの回転場のところにあったのよと師匠はのたまう。再びバス遠路を離れ、赤沼への樹林に入る。師匠は、今日の逆コースにしてよかったと歩きながら呟く。えっ、どうして?
元気なうちに戦場ヶ原を歩くと、鳥も草木もじっくり見ることができる。くたびれて歩くだ小田代ヶ原から赤沼は見るほどのものがない。これは新発見だと言わんばかり。でも私から見ると、いつものコースだとはじめ鳥に目が行き、小田代を過ぎて、草木がせり出してくる。どちらも面白いのだが、そのどちらもわが身につかない。私は何を、ここに味わっているのだろうか。
こうして、赤沼に到着した。15時。ほぼ4時間。17000歩。12.5キロ。宿へ向かった。