mukan's blog

つれづれなるままに ひぐらしPCにむかいて

暑さに強いからだ弱いからだ

2023-07-08 15:40:44 | 日記
 暑い日が続く。でも外を歩くようにしていると、暑さに躰が馴染んでくる気配を感じる。30℃くらいは平気になった。むろん帽子は被っている。日影があればそこに身を修めるようにして道を進みはする。だが日ざしに躰がやられて弱っていくという気配は、1週間前に比べると少なくなった。もちろん汗も掻くし、帰宅後すぐにでもシャワーを浴びようかと思わないでもない。でも、たぶん2度ほど低い家の中へ入ると、ホッとして仕事に取りかかれる。
 ところが厄介なのは、水分摂取だ。いつも手元にお茶を用意して、時々口にしているが、それでも水分摂取が足りなかったと、朝の排便のときに思い当たる。胃腸の吸収摂取力が好調の所為もあるだろうが、やはり水が足りない。便秘気味になる。これ以上いきむと脳の血管が破裂するんじゃないかと思うほど、汗を掻いてしまう。今日はトイレを済ませてリビングに戻ったら、すっかり躰の力が抜けている。30分ばかりソファに横になって何もやる気にならなかった。
 昨年医者に処方して貰った「便秘に効く」というマグネシウムの残りがあったかなと薬箱を探す。10粒ほどあった。日付をみると去年の7月中旬。そうか矢っ張り同じ頃か。このマグネシウムは腸の中の残廃物を柔らかくする作用があると医師は説明していたが、私の感触では、腸の中の残廃物をやわらくする微生物を育てるのじゃないかと思う。去年ひと月ほど呑んでいたのが癖になるといやだなあと思って止めた。だがその後も、腸の具合は、変わらない。
 薬が直に利くというよりも、バクテリアを育て、それが効いているってとらえた方がしっくりくる。人の躰には10兆から100兆の細胞があり、それぞれの細胞に何兆かのバクテリアやそれに何層倍するウイルスが屯っている。たぶんそれらが、なににどう作用しているかはワカラナイが、いるのだから何某かの作用をしているのであろう。薬ってのが効くというのは、たぶん直にというよりも、バクテリアやウイルスに作用してそれらの活動を助長したり抑えたりするのに相応しいバクテリアやウイルスの増殖を助けているのではなかろうか。門前の小僧は、そうリカイしている。そう考えるほうが、わが躰が自律しているっていうよりも、バクテリアやウイルスの生存行動の恩恵を蒙ってワタシが生存している感触に近い。
 若いころは、というか仕事現役のころは、自立/自律することを若い人たちに伝えるというのが、お役目のように感じられていた。それは、親からの(具体的な生計の)自立であったり、大人社会からの思想的な自律であったりした。だがリタイアしてあれこれ思い返してみると、わが身自身がこの社会から自律/自立したことなど、一度としてなかったと気づいた。コロナ禍の所為ではないが、わが身体自身にしても、バクテリアやウイルスのお陰で、良くも悪くも、調性が行われて保たれ、強弱の変化を経ながらも、八十路まで辿り着く躰をつくりあげてきた。
 今でこそ平均寿命くらいというが、私が子どもころは、(戦争があったりした所為もあるが)人生五十年と聞かされてきた。実際そう思っていたから、私が生きている間に八十路に達するなんて夢物語であった。そう考えると、ヒトの自律/自立なんて、私はワタシなのだという狭い範囲の単独性の料簡であったってことだ。いや狭いから悪かったって言いたいのではない。その単独性の料簡は、その時のワタシには必要不可欠のことであったと言えよう。いまもそれを、同じように必要としているヒトはいるに違いない。だから、誰もが、いつでもそうでなければならないかのように「自律/自立」を称揚することは、ちょっと考えなければならないと思っているのだ。
 暑さに強いからだでもあれば、暑さに弱いからだでもある。ひとつひとつのコトに見合って言葉を紡がなければならないと思っている。