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2010-08-04 | 井原今朝男『中世の借金事情』
投稿者:鈴木小太郎 投稿日:2010年 8月 4日(水)00時07分3秒

「現代と中世の借金(2)」
http://www.axis-cafe.net/weblog/t-ohya/archives/000650.html

大屋氏が「現代と中世の借金(2)」で『中世の借金事情』p3を引用している部分の直後に、同書では次のような記述があります。

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 金銭を借用した場合には、債務者はどんな災害や戦争にみまわれても、不可抗力による抗弁権すら認められていない(長尾治助『債務不履行の帰責事由』有斐閣、一九七五)。
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これは実に面白い文章ですね。
事情を知らない人がこれを読むと、日本の法律は何とひどいのだろう、不可抗力のときでも支払いを強要するなんて血も涙もないではないか、と悲憤慷慨するかもしれないですね。
しかし、これはそんなたいした話ではないんですね。

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民法第419条
 金銭の給付を目的とする債務の不履行については、その損害賠償の額は、法定利率によって定める。ただし、約定利率が法定利率を超えるときは、約定利率による。
2.前項の損害賠償については、債権者は、損害の証明をすることを要しない。
3.第一項の損害賠償については、債務者は、不可抗力をもって抗弁とすることができない。
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井原氏は民法第419条第3項のことを言われているのですが、まずこれは「金銭を借用した場合」に限定される訳ではなく、「金銭の給付を目的とする債務」について、つまり金銭債務一般についての話です。
売買代金債務だろうが請負代金債務だろうが、とにかく金銭を払う債務一般について不可抗力免責は認められません。
ただし、これは第1項・第2項とセットになった規定であって、これら全体が民法第416条という債務不履行の損害賠償の原則についての例外規定になっているんですね。

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第416条
 債務の不履行に対する損害賠償の請求は、これによって通常生ずべき損害の賠償をさせることをその目的とする。
2.特別の事情によって生じた損害であっても、当事者がその事情を予見し、又は予見することができたときは、債権者は、その賠償を請求することができる。
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金銭債務以外は、不履行によって生じた通常損害と(予見可能性がある場合の)特別損害を請求できる訳ですが、その損害は債権者が立証する必要があります。
それに対し、金銭債務は損害の立証を不要として、法定利率(民事、年5%。商事、年6%)で定型的に処理してしまう。
特定の物とは違って金銭債務に履行不能はない(世の中からマネーが消えてしまうことはない)ので、履行遅滞だけが問題となりますが、不可抗力で支払いが遅れたとしても、法定利率分を払えばよいだけのことですね。
金銭債務は膨大な数が存在しますから、その支払い遅れのトラブルが裁判所にもちこまれたときに、個別案件ごとにいちいち損害額がいくらかとか、本当に不可抗力といえるのかとかを争っていたら面倒くさくて仕方がないので、そんなことをせずに、決まりきった方法でシャカシャカ処理しましょう、という非常に合理的な制度ですね。
井原氏のように、こんな条文にハーハー興奮していたら、変態と言われても仕方ないですね。

>筆綾丸さん
初心者がいきなり難しい本を読んでも駄目なのは、どの学問分野でも同じですね。
step by step で基礎を固める努力をせず、いきなり難しい本を読んだら、誤解や妄想が拡大するだけです。
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