学問空間

『承久記』『五代帝王物語』『とはずがたり』『増鏡』『太平記』『梅松論』等を素材として中世史と中世文学を研究しています。

「近代債権論」の謎

2010-08-06 | 井原今朝男『中世の借金事情』
投稿者:鈴木小太郎 投稿日:2010年 8月 6日(金)00時24分23秒

>筆綾丸さん
井原氏は「近代債権論」を厳しく批判されるのですが、実は私、今までこの言葉を聞いたことがなかったんですね。
そこで、ふと、この言葉はどんな使い方をされているのだろうと思って、グーグルで「近代債権論」を「" "」で囲んで、五文字連続の表現だけを検索したら65件ヒットしたのですが、これが全て、この掲示板を含め、井原氏の『中世の借金事情』に関係するページでした。
とすると、「近代債権論」はもしかしたら井原氏の造語ではなかろうか、という疑問が生じてきました。
井原氏が「近代債権論」を説明している部分を、若干くどくなりますが、改めて引用してみると、

-----------
 現代人の第一の社会常識は、他人の土地や資本を借りたら、利子をつけて返却しなければならない。なぜなら、他人の土地や資本は、私的所有権が絶対であり、売買によってしか所有権は移転しないからである。
 第二の社会常識は、債務不履行は自由契約の原則に反する。債務不履行の場合には、抵当・担保が質流れになって清算され、債務の返済がなされなくてはならない。返済は絶対の義務である。
 第三の社会常識は、自由契約での貸借契約がつづくかぎり、利息制限法の下でも利子は無限に増殖するので、債務者はどんなに巨額になっても返済しなければならない。
 以上の原則から成り立っている近代債権論は、債権者の権利保護を優先しており、債務者の免責はなきに等しい。(川島武宣『所有権法の理論』岩波書店、一九四九)。金銭を借用した場合には、債務者はどんな災害や戦争にみまわれても、不可抗力による抗弁権すら認められていない(長尾治助『債務不履行の帰責事由』有斐閣、一九七五)。二〇〇六年正月十三日、日本の最高裁判所は、利息制限法の上限を超えるが罰則のないグレーゾーン金利について、「上限を超えた部分の利息の支払いは無効」とする判決を言い渡した。日本で初めて債務者を保護する必要性を認めた司法判断といえよう。しかし、債権者の権利保護優先の原則はまったく微動だにしない。現代社会においては、債権者の権利は絶対であり、債務者保護の考え方すら存在していない。
-----------

となっています。
「近代債権論」は三つの「社会常識」の「原則」から成り立っているそうですが、大屋氏の指摘のように三つとも誤り、ないし非常に不正確ですね。
後半も誤りだらけです。
「債務者保護の考え方すら存在していない」のだったら「二〇〇六年正月十三日」の最高裁判決も存在していないはずですから、最後のまとめも誤りです。
とすると、我々は風車に向かって突進している El ingenioso hidalgo Don Quijote de La Mancha の冒険譚について論じていることになるのでしょうか。
今まで私は井原氏に対してそれなりに敬意を抱いていたのですが、この本を読んで、井原氏の議論の仕方をチェックしてみて、この人は本業の中世史についても本当に大丈夫なんだろうか、と思わざるを得なくなりました。
コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« step by step | トップ | 粟島行き当たりばったり紀行... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

井原今朝男『中世の借金事情』」カテゴリの最新記事