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五條秀麿の手紙(その1)

2016-01-07 | グローバル神道の夢物語

投稿者:鈴木小太郎 投稿日:2016年 1月 7日(木)10時10分0秒

あまり前提となる部分を省略するのも不安なので、「かのやうに」から宗教に関連する部分を少し抜書きしておきます。
青空文庫では「かのように」となっていますが、鷗外の作品としては、やはり「かのやうに」の方が雰囲気が出ますので、以下、引用にあたっては青空文庫のデータを利用させてもらうものの、仮名遣いは『鷗外全集第十巻』(岩波書店、1972)を参照して旧仮名とします。
さて、まずは「学習院から文科大学に這入つて、歴史科で立派に卒業した」五條秀麿(ごでうひでまろ)が、財政豊かな父の五條子爵の援助で卒業後直ちに私費留学し、「ヨオロツパではベルリンに三年ゐた」間に父に送った手紙を五條子爵が要約した部分です。

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 ベルリンにゐる間、秀麿が学者の噂をしてよこした中に、エエリヒ・シユミツトの文才や弁説も度々褒めてあつたが、それよりも神学者アドルフ・ハルナツクの事業や勢力がどんなものだと云ふことを、繰り返してお父うさんに書いてよこしたのが、どうも特別な意味のある事らしく、帰つて顔を見て、土産話にするのが待ち遠いので、手紙でお父うさんに飲み込ませたいとでも云ふような熱心が文章の間に見えてゐた。殊に大学の三百年祭の事を知らせてよこした時なんぞは、秀麿はハルナツクをこの目覚ましい祭の中心人物として書いて、ヰルヘルム第二世とハルナツクとの君臣の間柄は、人主が学者を信用し、学者が献身的態度を以て学術界に貢献しながら、同時に君国の用をなすと云ふ方面から見ると、模範的だと云つて、ハルナツクが事業の根柢をはつきりさせる為めに、とうとう父テオドジウスの事にまで溯つて、精しく新教神学発展の跡を辿つて述べてゐた。自分の専門だと云つてゐる歴史の事に就いても、こんなに力を入れて書いてよこしたことはないのに、どうしてハルナチクの事ばかりを、特別に言つてよこすのだらうと子爵は不審に思つて、此手紙だけ念を入れて、度々読み返して見た。そしてその手紙の要点を掴まえようと努力した。手紙の内容を約めて見れば、かうである。政治は多数を相手にした為事である。それだから政治をするには、今でも多数を動かしてゐる宗教に重きを置かなくてはならない。ドイツは内治の上では、全く宗教を異にしてゐる北と南とを擣きくるめて、人心の帰嚮を繰って行かなくてはならないし、外交の上でも、いかに勢力を失墜してゐるとは云へ、まだ深い根柢を持つてゐるロオマ法王を計算の外に置くことは出来ない。それだからドイツの政治は、旧教の南ドイツを逆わないように抑えてゐて、北ドイツの新教の精神で、文化の進歩を謀つて行かなくてはならない。それには君主が宗教上の、しつかりした基礎を持つてゐなくてはならない。その基礎が新教神学に置いてある。その新教神学を現に代表してゐる学者はハルナツクである。そう云ふ意味のある地位に置かれたハルナツクが、少しでも政治の都合の好いように、神学上の意見を曲げてゐるかと云ふに、そんな事はしてゐない。君主もそんな事をさせようとはしてゐない。そこにドイツの強みがある。それでドイツは世界に羽をのして、息張つてゐることが出来る。それで今のやうな、社会民政党の跋扈してゐる時代になつても、ヰルヘルム第二世は護衛兵も連れずに、侍従武官と自動車に相乗をして、ぷつぷと喇叭を吹かせてベルリン中を駈け歩いて、出し抜に展覧会を見物しに行つたり、店へ買物をしに行つたりすることが出来るのである。

http://www.aozora.gr.jp/cards/000129/files/678_22884.html

「かのやうに」は明治45年(1912)1月1日発行の雑誌『中央公論』(第27年第1号)が初出だそうですが、五條秀麿の経歴からすると、だいたい明治20年(1887)前後の生まれと設定されているのですかね。
そして五條子爵は、鷗外が1962年生まれなので、だいたい鴎外と同年齢くらいに設定されていると見てよさそうですね。
無能で有名だったヴィルヘルム二世(1888-1941)は第一次大戦末期のドイツ革命により廃位されますが(1918)、「かのやうに」では好意的に描かれていますね。
アドルフ・フォン・ハルナック(Adolf von Harnack、1851-1930)はドイツの自由主義神学者で、ヴィルヘルム二世より37歳上です。

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