学問空間

『承久記』『五代帝王物語』『とはずがたり』『増鏡』『太平記』『梅松論』等を素材として中世史と中世文学を研究しています。

「ゾンビ・カトリシズム」の定義

2016-02-08 | グローバル神道の夢物語

投稿者:鈴木小太郎 投稿日:2016年 2月 8日(月)13時56分16秒

>筆綾丸さん
>来日時に連れてきたファースト・レディはただのコンパニョン
えっ、そうなんですか。
全く知りませんでした。

>カトリシズム出身ではあっても、カトリシズムをすでに
>捨ててしまっていた有権者たち
ご引用の箇所の次のページで、トッドは、

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 人口学者エルヴェ・ル・ブラーズとの共著『不均衡という病』の中で、彼と私は、カトリック教会がその伝統的拠点地域において最終的に崩壊した結果として生まれた人類学的・社会学的パワーをゾンビ・カトリシズムと名付けた。私は本書のもっと後のほうで、フランス周縁部でカトリック的サブカルチャーの残存形態がカトリシズムの死んだ後もなお生き延びているということを示す教育上、経済上の他の諸現象を検討するつもりだ。【後略】
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と言っており(p75)、「カトリック教会がその伝統的拠点地域において最終的に崩壊した結果として生まれた人類学的・社会学的パワー」が「ゾンビ・カトリシズム」の定義とのことですが、『不均衡という病』を見ると、訳者の違いもあるのか、完全にピッタリ対応する表現はないですね。
『不均衡という病』では、「死滅した共産主義」と関連づけて「ゾンビ・カトリック教」を次のように論じています。(p88以下)

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死滅した共産主義、「ゾンビ・カトリック教」

 二つの勢力は、正確には同じ本性のものではなかったが、二つで一つのシステムをなしていた。キリスト教に抗して生まれた共産主義は、原因と結果の関係で、キリスト教に依存していた。【中略】
 マルクス主義イデオロギーは、中身のつまった肯定的な信仰であり、実際上、感覚界の中で個人を保護してくれる信仰であった。とはいえ社会学的分析の観点から見れば、それは宗教に比して副次的な、派生的な信仰にすぎなかった。革命の信念、共和主義の信念、あるいはド・ゴール主義の信念についても、同じことが言えるだろう。フランス中央部で次から次へと教義が入れ替わる、あの目まぐるしい継起それ自体が、不安定性を示唆しているのであり、その不安定性は、一七九一年から一九五〇年までの間、カトリック教会がその周縁部の地盤で同じ祭式を維持し続けたその不動性とは、対照的である。
 教会は、フランス共産党より前に消え去りはしたが、それでも真正な構造化要素であった。まさにそれゆえにこそ、一九八〇年から二〇一〇年のフランスにおいて、消え去ったカトリック教の影響力が持続しているのを、本書においてこれから観察できるのに対して、それより何年も後に死亡した共産主義の影響力は観察されることがないのである。カトリック教の組織編成的価値観は、かつてそれが占めていた場所で相変わらず活動しているように見える。今日という時代の最も驚くべき逆説の一つは、これから見るように、形而上学的信仰としては姿を消してしまった宗教の社会的な勢力伸張なのである。カトリック教は、今のところ、死後の生という目標を自分自身のために実現したかのようだ。まさにそれは地上の生であり、それが永遠の生であるのはきわめて疑わしいと思うから、われわれとしては「ゾンビ・カトリック教」という言い方をすることにしよう。共産主義の方は、本当に死んだ。共産主義が有力であった地域、そしてより一般的には、共和主義的、ド・ゴール主義的、もしくは左派であった地域では、共産主義のあとに現れたのは、紛れもない社会学的空虚と、それに伴うアトム化と社会的困難なのである。
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『不均衡という病』はまだ最初の方をパラパラ見ている段階なので、後になればピッタリした表現が見つかるのかもしれませんが、原文では同じはずの「ゾンビ・カトリシズム」と「ゾンビ・カトリック教」の違いはともかく、両書から受ける印象は若干異なりますね。
また、『シャルリとは誰か?』によれば、

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世論研究所IFOPの最近の調査によれば、調査対象となった人々の一二・七%が、「宗教を実践している」カトリック教徒というように自己定義している。宗教社会学ではより厳格な基準を設け、日曜日のミサに実際に与る人びとだけを「実践している」カトリック教徒として数えるはずなので、その基準を適用すればおそらく、右のパーセンテージは半減することになるだろう。
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という状況だそうなので(p48)、まあ、カトリック教徒が激減していることは間違いないのでしょうが、それでも「カトリック教会がその伝統的拠点地域において最終的に崩壊」とか、「消え去ったカトリック教」・「形而上学的信仰としては姿を消してしまった宗教」といった表現は少し強引に過ぎるのではないかと思います。
なお、共産主義をある種の宗教と捉える発想は政治学では割と当たり前ですが、日本の歴史学者には抵抗を覚える人も多いでしょうね。

※筆綾丸さんの下記投稿へのレスです。

l'Être suprême = euro 2016/02/07(日) 14:24:18
小太郎さん
http://www002.upp.so-net.ne.jp/konparu/
昨日は、知人と皇居を徒歩で一周し、銀座の銭湯「金春湯」に入っていました。

『シャルリとは誰か?』を読むと、こういう知識人がまだフランスにはいて、こんな分析をするのか、と羨ましくなりました。日本には存在しないインテリですね。

http://www.excite.co.jp/News/bit/E1388108972439.html
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B0%91%E4%BA%8B%E9%80%A3%E5%B8%AF%E5%A5%91%E7%B4%84
フランスにおける男女の結合形態は、mariage(マリアージュ:正式な結婚)、PACS(パクセ:なんとも間抜けな訳語ですが、民事連帯契約! フランス人はパクスではなくパクセと発音します)、union libre(ユニオン・リーブル:日本的な陰湿な響きのある訳語では内縁関係)、compagnon(コンパニョン:連れ・同棲)など、まるで動物園のように賑やかですが、mariage以外の関係から発生する子は、統計上は婚外子なのしょうね。要するに、マリアージュから生まれる子の割合は減少しているようです。
オランド大統領は閣僚の一人セゴレーヌ・ロワイヤルとの間に複数の子をなしていますが、二人の関係はたしかユニオン・リーブルで(すでに別れていますが)、また、来日時に連れてきたファースト・レディはただのコンパニョンで、日本のメディアは夫人と訳せず同伴者としていました。要するに、国家元首がマリアージュに執着しないというお国柄で、アヴァンギャルドと言えば聞こえはいいけれども、動物の野合を理想とする状態に接近しつつある近未来国家と言えばいいのかもしれませんね(動物には甚だ失礼ですが)。夫婦別姓問題くらいで狼狽えている国とはずいぶん違います。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B7%A9%E6%AD%A9%E5%8B%95%E7%89%A9
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B4%8B%E7%AB%A0%E5%AD%A6
l’Hexagone(レクサゴーヌ:六角形のフランス本土)はクマムシに似ている、と私は思っているのですが(コルシカ島はこの虫の糞です)、書中にある多数の地図は紋章学(héraldique、blason)の応用問題で、ゾンビ・カトリシズムという概念はそこからを抽出したのではないか、とすら思われてきます。

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・・・フランスのあり方を大きく変えたのは、カトリシズム出身ではあっても、カトリシズムをすでに捨ててしまっていた有権者たちの票なのであった。つまり、単一通貨の採用はー数世紀にもわたる長い期間を研究対象とする歴史家から見ればごく僅かなタイムラグでー唯一神への信仰の放棄に続いたのだった。退潮いちじるしく、消失していく宗教の代替物としてのひとつのイデオロギーが求められたのだった。そのイデオロギーとはこの場合、ひとつの偶像的通貨の創出であって、分析のこの段階でわれわれはそお偶像のことをユーロと呼んでも、金の仔牛と呼んでもたいして変わりはない。(73頁~)
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シャルリ・エブド襲撃事件の後、我々には宗教を冒瀆する権利がある、という記者会見でのヴァルス首相の発言を聞いたとき、とても驚いたことをよく覚えています。まるでロベスピエールのようではないか、と。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%80%E9%AB%98%E5%AD%98%E5%9C%A8%E3%81%AE%E7%A5%AD%E5%85%B8
フランス革命時、至高存在の祭典(La fête de l'Être suprême)というバカげたお祭りがありましたが、ユーロはさしづめ現代の欧州における l'Être suprême ですね。我々にはユーロも冒瀆する権利がある、と首相が付言すれば見物だったのに。
シャルリのとき、一帯を特殊部隊が包囲し、建物の随所にスナイパーを配し、オランド大統領をはじめ各国首脳が仲良く手を繋いでパリ市内を行進しましたが、あれもバカげたお祭りだった、ということになりますね。
コメント
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