大福 りす の 隠れ家

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ハラカルラ 第58回

2024年04月29日 20時37分58秒 | 小説
『ハラカルラ 目次


『ハラカルラ』 第1回から第50回までの目次は以下の 『ハラカルラ』リンクページ からお願いいたします。


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ハラカルラ    第58回




長たちに頼んだ白門の見張り、圧をかけるということはあくまでも時間稼ぎである。 そこのところは雄哉にも長にも話してある。 時間を稼いでもらっている間に白門を止める策を講じる。 その策の一端に白門の前に水無瀬が姿を現すということが入っている。

「一歩前進だな」

「ま、そうだな」

「で? 何か思いついたか?」

「それがなぁ・・・」

まさか水見が烏によって力を取られていた、烏はずっと白門のやっていたことを知っていた、ハラカルラが白門のしていることに我慢をしている。 そんなことを知らなかった時と今では考え方が変わってくる。 とは言っても知らないときに何か案があったのかと訊かれれば、具体的に何があったわけではない。

「え? ハラカルラが?」

この話はまだ雄哉には言っていなかったのだった。 軽く説明をすると、雄哉が驚いた顔を見せた後に腕を組む。

「なんでハラカルラが我慢しなくちゃなんないんだよ」

雄哉は水無瀬と同じ想いであった。 それは守り人だからかだろうか、それともハラカルラを知ったからだろうか。 高崎も同じように考えるのだろうか。

「あ、白烏からは青門に白門の話はしない方がいいって言われてるから、そこんとこヨロシク」

「OK、高崎さんも今以上のゴタゴタは耳に入れたくないだろう」

「だな」

もしかして白烏は高崎が頭を痛めていることを知っていて言わない方がいいと言ったのかもしれない。 以前、黒烏が青の誰かと話していたというのは誰かではなく高崎で、頭を痛めていることを相談し、相談された黒烏から白烏がその話を聞いていたのかもしれない。

夕飯の席で雄哉に付いていた若い者たちの話を聞くと、農作業をサボっていた分、働かされまくっているということであった。 雄哉が小さな声で「ご愁傷様」と言っていたのがライとナギに聞こえただろうか。

その夕飯では雄哉が持ってきた漬物の土産が大好評であった。 雄哉が土産として漬物を持ってきたのは意外だった。 もっとウケを狙えるようなものを土産にするはずなのに、そう考えた時に気が付いた。 雄哉自身もそうだろうが、水無瀬が食事の世話になっているからなのだと。

(そういえば)

自分はどれだけの間、朱門の世話に、ライの家の世話になっているのだろうか。

(最初に朱門の村に来たのが・・・二月の終わりだったか? ん? 三月に入ってたか?)

最初に朱門の村に来て二週間弱で黒門に攫われた。 その黒門にも二週間ほど居て次は白門に連れて行かれた。 その白門でも二週間ほど居て朱門に助けてもらった。 その後、身動きが取れない状態で一か月弱が経つ。 朱門の世話になっているのは約一か月半弱ということになる。

(どうする俺・・・)

無料宿泊の無銭飲食をしているわけである。 だが守り人は朝から夕方までハラカルラに居て働くことなんて出来ない。 ましてや農作業の手伝いなんて、何の知識も力もない水無瀬に出来るはずがない。
ライたちが話しているのに耳を傾けると、山を下りた裾に田んぼがあるらしく、これから田植えの準備が始まるということらしいが、とてもじゃないが邪魔は出来ても手伝など出来たものではない。

(あ、そういえば)

アパートの家賃はどうなっているのだろうか。 口座引き落としではあるが、その口座にいくら残してきただろうか。

(まだいけるだろ)

バイトを長期休みにしてもらっていたくらいだ、そこそこ残していたはずだが一度は残高を見ておきたい。 それに下着こそライの母親が揃えてくれたが、服はライのものをずっと借りている。

(このまま朱門の村に居るのなら服を取りに戻っ・・・。 え? 俺今何を考えた?)

スーツにネクタイ、ビジネスバッグはどこにいった。 それに数字にかかわる仕事をしたかったのはどこにいった。


翌日も雄哉と共に朱の穴をくぐった。 やはり昨日も水のざわつきを見られなかったようで、今日も今日こそはと言っている。 水無瀬は昨日何もしなかったからと、一日中こき使われた。 それもハラカルラの言葉を教えさせられながら。 頭でハラカルラの言葉を覚え、口でハラカルラの言葉を紡ぎ、指先で水を宥める。 聖徳太子になったような気分であるが、聖徳太子は烏に頭をはたかれなかったであろう。

翌々日も雄哉が同じことを言い、水無瀬も同じことをした。 そして烏に頭をはたかれる。

この日は少し早めに切り上げた。 雄哉が戻らなくてはならないからであるが、水無瀬も数日アパートに戻るということで、おっさんの運転する車に乗り二人でライの家を後にした。 勿論後続には雄哉に付くための若い者たちが乗っている車がいる。 水無瀬はミニチュア獅子の話をし、誰も付く必要がないことを告げていた。

ライによると水無瀬の隣の部屋は借りたままだという。 まだ身は隠しておいた方がいいだろうと、黒門のことを考えて、水無瀬の部屋に用がある以外は隣の部屋で過ごすことをお勧めすると鍵を渡された。

雄哉と後部座席で話していると「もうすぐ着くからな」と、運転席から声がかかってきた。

「え? もう着くんですか?」

そんなはずはないだろう、初めて朱門に来た時には六時間ほどかかっていたはずだ。 それを言うと運転席で笑いながらの返事が返ってきた。
あの時は黒門の姿が見え隠れしていた時だから、実際に下りる高速では下りず尚且つ高速を下りてからもかなりあちこち無駄に走っていたということだった。

約二か月半ぶりの我が部屋。

まずは奥の部屋に入って、押し入れに隠してある通帳を出そうとして気付いた。

「ん? 直ってる?」

割られた窓が直されていた。 雄哉の苦言を黒門がきいたということであるが、そんな話を雄哉から聞いていない水無瀬である。

「大家さんが直してくれたのかな」

有り得ないと思いながらもそれしか浮かばない。

押入れを開け通帳をボディバッグに入れる。 カードは財布の中に入れていて常に持ち歩いている。 必要と思われるものをボストンバッグに詰めると部屋の鍵を閉め、隣の部屋に移った。 自分の部屋の方が落ち着いて色々考えることもできるが、ゴタゴタは二度とごめんだ。 それに同じアパートである、部屋のつくりは同じなのだからそれほど違和感はない。
ボストンバッグを置くとゴロリと横になった。

「大学にも行ってみるか」

就活の相談がなくはないし、ライたちにも当分はこっちに居ると言ってきた。

「就活、か」

就活をしながら、それと並行に白門のことを考えられるだろうか。 白門のことは何よりも先に考えなくてはならないことは分かっている。 いつまでも朱門黒門に時間稼ぎをさせるわけにはいかない。

「そういえば・・・ライが言ってたか」

白門には白門のしていることを全面的に賛成していない者が居るようだと。 一枚岩ではないようだが、その全面的というのはどのあたりのことだろうか。 少しくすぐってどうにかなるような箇所ならばくすぐってみるのもいいが、そうでなければ何の期待も出来ない。
何かいい手はないだろうか。

ポケットに手を入れミニチュア獅子を取り出す。 黒烏からは必ず身に着けておくようにと言われている。 身に着けていなくとも水無瀬が不審を感じたり、不都合を感じたりすればミニチュア獅子はやってくるが、着くまでに時間がかかってしまうということであった。

「獅子・・・そういえばどうして白門の獅子は良からぬことを考えている人間をハラカルラの中に入れるんだろうか」

烏は獅子のことを『わしらの下知が飛べばすぐに動く。 それだけでは無い、ハラカルラに害を与える者が入ってこんようあそこで見張っておる』 と言っていた。
“害を与えるもの” それは村人以外の人間に限られているということだろうか、そうであれば村人には信用を置いているということになる。 だからこそハラカルラも我慢をしているということになるのだろうか。

「いや、逆か」

ハラカルラが村人を信用しているから獅子も村人を信用している。 烏がそう作った。
そうであるのならば、白門はどれだけハラカルラを裏切っていることになるのか。

「取り敢えず明日は通帳の記帳と大学だな」

翌朝、ポケットの中にミニチュア獅子が居ることを確認し部屋を出た。 駅に着くまでにATMで記帳を済ませ「うん、まだ大丈夫」と一言いい、いくらかを下ろして電車に乗り込むと大学に向かった。

大学に着くとすぐに就職室に向かう。 雄哉の土産であったパンフレットを昨夜吟味し、気になったものを持ってきている。 就職担当委員に相談もする予定である。

「よう、水無瀬君、久しぶりじゃないか」

就職室のドアを開けると、雄哉を介して何度か話したことのある教授が居た。

「あ、先生」

「就活か?」

「はい、でも迷っていて。 先生はどうしてここに?」

この教授がどうして就職室に居るのだろうか。

「戸田君が頑張ってるだろう、ちょっと協力」

「え?」

「ほら、彼、瀬戸際だろ? こっちに見に来る間もないらしいからな。 エコひいきって言うなよ」

水無瀬の手に持っているパンフレット。 雄哉は自分の就活を置いて水無瀬の就職先を吟味してくれていたということ。

「君もいいところが決まると良いな、じゃあな」

いくつかのパンフレットを持って教授が部屋から出て行った。
どうしてだろうか雄哉が言っていたフレーズが頭に浮かぶ。

『水無ちゃんはハラカルラの方が合ってると思う』

ポンと後ろから肩をたたかれた。 振り返るとそこに知っている顔があった。

「広瀬さん」

「まさかここで会うなんて思いもしなかったな。 就活? そんな必要はないのに」

「広瀬さんこそ、この部屋に来る必要はないんじゃないんですか」

教授に付くと言っていたのだ、どうして就職室に居るのか。 水無瀬がここに入るのを見かけたか、誰かに聞いてやって来たのかもしれない。 それに今何と言った、そんな必要はないのにだと? ふざけるんじゃない。

水無瀬の周りの空気が変わっていく、というよりは広瀬の周りと言った方が正解だろうか。 すると広瀬が何かに押されるように後退していくではないか。 そしてとうとうドンという大きな音を立てて背中を壁に打ち付けた。
部屋に居た何人かが広瀬の様子を見たが、単に壁にぶつかっただけと判断しその視線を元に戻す。

「く・・・」

烏の言っていた蹴散らすとはこういうことだったのか。 さほど手荒なものではないことにホッとするが、かなり不自然な動きに見えるではないか。 だがここで釘を打っておかねば。

「俺に近寄らない方がいいですよ」

「どう、いう、ことだ」

息を詰まらせている。 やはりかなりの力で背中を打ったようである。 そっとポケットに触れてみるとミニチュア獅子の形がない。 それはミニチュア獅子がポケットに居ないということ。 姿を見られないように透明になって広瀬の前に居るのかもしれない。 そうであるのならば、水無瀬が白烏に言ったそのままを黒烏が作ったということ。 白烏、ナイスパスを送ってくれた。

「そういうことになるということです。 白門のみんなにも言っておく方がいいですよ。 今はその程度でしたけど、俺に近寄るとろくなことにならないって」

どういうことだ。 それに今のは何だったのか。

「烏に・・・言ったのか」

烏に言わなければこんな芸当は出来ないはず。 水無瀬を白門に連れて行った時にはこんなことは無かったし、村に居た時にもこんなことは無かった。 考えられるのは白門を出たあと烏に何かを言って、こういう現象を起こさせるようにしてもらったとしか思えない。 その何かとは・・・。

「烏に? 何をですか」

烏に白門のしていることを言うと言っていたのは朱門と黒門。 水無瀬の知るところではない。 下手なことを口走るわけにはいかない。

「・・・」

「妄想なら勝手にしといてください。 それじゃ」

就職室を出て行こうとした水無瀬の背に広瀬の声がかかる。

「雄哉は。 雄哉はどうした」

この訊き方はまだ雄哉と学内で会っていない、見かけもしていないということだろう。 それに雄哉からもそんな連絡は受けていない。

「知りませんよ、そっちの村に居るんじゃないんですか?」

雄哉と共に逃げたことはまだ隠しておきたい。

「シラを切っているんじゃないだろうな」

「は? てことは雄哉は村に居ないってことですか。 へぇー、連れ去りの次は何かの濡れ衣ですか」

嘘を言っているのは水無瀬自身も分かっている、自分が話しているのだから。 だがあの時のことを思い出すと感情的になってきた。 するとまたもや広瀬の周りの空気が変わっていくのが分かる。 これ以上広瀬に何かをしたいわけではない。 水無瀬が就職室を出て行く。

ドアを閉めた手でポケットを触ってみると、ミニチュア獅子の形に触れた。 戻ってきたようだ。 それにしても守りは鉄壁だが、これは少々不便なところがあるなと思いながらも、ポケットの上からミニチュア獅子の頭を撫でてやる。

「ありがとな」

一歩を踏み出し気付く。

「あー、結局何も見られなかった」

Uターンをしてまた部屋に入る気など起きない。 時間をずらしてまた来よう。


コンビニ袋を手にアパートに戻ってきた。 部屋の鍵を開けるとすぐにコタツからコタツ布団を剥がす。 冬にはあれだけ恋しかったコタツ布団が見ているだけで暑苦しい。 明日は朝からコタツカバーの洗濯、そしてコタツ布団自体は・・・。

「去年ランドリーで洗ったからいいか」

干すだけのようである。 もし水無瀬に彼女が居れば許されない愚行と言っただろう。

今日の広瀬の様子から、誰にも手は出されないと判断をし、自分の部屋で過ごすことに決めた。
大学では時間をずらし就職室に再び向かったのだが気が削がれてしまったのか、集中して見ることが出来ず、すぐに部屋を出ることになってしまっていた。

コンビニ袋からおにぎり二つと茶を出す。 ライの家で過ごした日々が長かったからなのか、総菜も買ってしまっていた。
おにぎりを片手にテレビを点けるとその音声をBGMに考える。

白門に守り人が居れば変わるのだろうか。 白烏は守り人が居れば暗愚なことはしなかっただろうと言っていたが、でもそれは言い切れないところがある。 実際白門は守り人が居ても魚を獲っていたはず。 白門には今も守り人が居るのに少なくとも藻は獲っている。
それによく考えると、水無瀬に強制して水を宥めさそうとしていたほどだ。 守り人の言うことなど聞くはずがない。

おにぎりを齧りながら考える。

烏に言って白門の入り口をふさいでもらう? いや、ハラカルラが言わないことを水無瀬が言ったところで烏が何かをするはずはない。

「密漁を止めるには・・・」

まずは警察に言う。 だがその警察がハラカルラにはない。 ハラカルラの法はハラカルラ。 そのハラカルラが我慢をしている。
警察に言う以外は・・・海上保安庁? そんなものもハラカルラにはない。

「くそ!」

方法が浮かばない。


朝からカバーを洗濯し、コタツ布団を安定感の悪いベランダの手すりに干す。 日当たりは最悪だが風を通らせればそれでいい。
洗濯を終わらせ今日も大学に向かうつもりであったが、どうしても白門のことが気になり行く気にはなれない。

「あ、ライ? 教えてほしいことがあるんだけど」

昨夜、頭を切り替えるしかないと考えた。 ハラカルラに何を願おうとも、ハラカルラが決めるだけであってそこに人間の介入はない。 だが人間を動かすのである、人間を動かすには人間しかいない。 ハラカルラに頼る考えは捨てる。

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