五感で観る

「生き甲斐の心理学」教育普及活動中。五感を通して観えてくるものを書き綴っています。

ガンジス川

2007年07月16日 | 第9章 愛
私とその人の出会いは、共に持つガンジスの思い出でした。

ベナレスのダシャシュメワトガート。
巡礼者の沐浴。
遺体が川を流れる。
洗濯もする。

そのガート(防波堤のような波止場)に賢者なのか、浮浪者なのか、詐欺師、修道者なのか、それはさっぱりわかりませんが、兎に角そんな姿の人が大勢居るのです。

そこに物売りが混じり、物乞いも同じく。

そのような人々をよけながら進んでいくと、川のほとりに辿りつきます。

憧れの地。
憧れの風景は、あっさりと私の目の前に現れました。
川の流れはとうとうとし、人生を早送りするようにも見え、または川の水だけが流れ移り、自分は取り残されたように変わらない、そんな風にも感じ・・・。

私は、巡礼者が使う安宿に滞在し、毎日、このガートに足を運びました。
ガートに座ったまま、流れる川を眺め、カッコ良く言えばこれからの人生の自問自答。
座っているだけで、人生の縮図を見、そこから溢れ出る生命力に驚きと畏れを感じ、ゆらゆらと揺れている自分の軸を、更に体感したような経験をしました。

何かが解決したわけではありませんでしたが、20年後、私はある人に出会うのです。

「ガンジスで神に会った」とその人は言い切りました。
ガンジスをこよなく愛し、宣教者となり、その人は、アジアとブラジルで活躍しました。
勿論、日本でも多くの人々と関わり、癒し、いたわり、育てました。

48年の人生を生き抜き天に召され、今、私達の心の中を住みかとし、彼は、また動き出ししたようです。

今日友人が私にくれた歌の歌詞にこんなフレーズがありました。

「あなたのために何か一つ。
  今日も新しく生まれ変わりたい。 
   その日を祈って、今日も生きる。」

私がガンジスで出会ったのは、20年後の彼だったのかもしれません。

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コメント (4)
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