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五感で観る

「生き甲斐の心理学」教育普及活動中。五感を通して観えてくるものを書き綴っています。

スタートライン

2007年06月28日 | 第1章 意識と知覚
函館のトラピスチヌ修道院の売店で、ロザリオ(十字架)を求めたのは、私が11歳の時だったと記憶しています。

アトリウムのような明るいお店に、少女が好きそうなマリア様の御絵や、置物が所狭しと置いてあり、ペンダントヘッドのコーナーには、沢山の宝の山が箱の中に入っていました。
それらのものからたった一つのものを選ばなくてはならず、必死の想いで、たっぷりと時間をかけて吟味した時の様子を時々思い出します。

修道院の売店の初体験に、全てがキラキラして見えました。
きっと、私の目もキラキラしていたと思います。

函館は、父方の祖先が海産物を扱う商家だったため、未だに遠い親戚が住み、お墓も立ち待ち岬の手前にあります。
住んだことはありませんが、望郷という言葉が相応しいのでしょうか。私にとって、常に近いようで遠い場所です。

自分自身が選択してきたことは、全て何かの理由があるはずです。
それが意識できる場合と、そうでない場合があります。

大人になって、ふと過去を振り返ったとき、あの時何故これを選んだのか、それなりの解釈ができるようにもなってきました。

トラピスチヌで選んだロザリオは、何故か大切に大切に私の宝物箱に納まり続けて、今は、私と共にいつも一緒に生活しています。

祖先が、この地で私に持たせたお守りは、「子孫の幸せを願って、」でのことだったのだと思います。いつか、何かに繋がるよう仕組まれたようにも感じています。
そのことを感じ出したここ数日の出来事に、「新たなスタートラインを引かれた」と解釈し、もう少し走ってみようかな、という意思が生まれてきました。


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選択しながらの人生

2007年03月21日 | 第1章 意識と知覚
「今までにどのくらいの数の選択を経験してきただろう。」

買い物の帰り道、こちらの路から帰るか、あちらの路から帰るか。

この学校にするか、あの学校にするか。

この人と結婚するか、しないか。

この仕事を引き受けるか、それとも断るか。

表具の裂地の組み合わせに何を選ぶか。

昼食をカレーにするか、ラーメンにするか。

Aさんと会話をするか、Bさんと会話をするか。等。。。

細かいことを思い浮かべると、実に無数の色々な選択をしながら生きていることに気付きます。
最近、これらの選択をする際に、「これを選んだ場合と、あれを選んだ場合、ほんの少しの差であっても、人生に大きな違いが出てくるかもしれない。でも、今、私が最善と思ってこれを選んだのだから悔いは無い!」大げさかもしれませんが、そんなことをついつい頭に巡らします。

なぜそうなったかは、私のここ数年立て続けに経験した身近な人の死が原因していることは確かなようです。

私の場合、最終的に直感が私の選択行為を支配し、理屈は後からついてくる場合が多いように思います。
悩みに悩んでも、結局は自分の第一印象と直感で判断しているようですし・・・。
でも、この直感は、決して他人と入れ替えることが出来ない「私という個性」が下した判断です。自分の選択を信じると、次の選択が必ず見えてきます。
これも生き抜く力。

どんな人生を歩みたいか、思い描き、

どんな人生を歩みたいか、言葉にして、

思い描き、言葉にしたことを実行する。

「悩みながらも、自分にとって最善の選択をして、悔い無き人生を送りたい。」と小さな決意を新たにした春分の日です。

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決意という体感

2007年02月18日 | 第1章 意識と知覚
自分の人生において「決意」は一回で充分なのだそうです。

そう言われて、「なるほど・・・」と思いました。

今日、決意を固めた人の儀式に立ち合う経験をしました。

清々しく、柔らかく、その人の立ち振る舞いから、澱みの無い決意を汲み取り、「初心」という言葉を思い浮かべたのです。
私は、これが「初心」なんだ、と改めて気付かされました。
人生の方向性、自分の選ぶ道筋、それを決めるのは自分です。

「決意」は、結果ではなく、これからの方向に対する「揺るぎ無い心の柱」だからこそ、その人から清々しく、柔らかい印象を受けたのだと思います。

「揺るぎ無い心の柱」は、これからも色々なことを体験する事になるわけで、その度毎にこの日を回想し、知覚した初心の体感を再現することになるのでしょう。
そこのことが、きっと生き抜く力となり、体験を積んで、寛容する心と行為が生まれてくるのかもしれません。

この知覚した初心の体感に出合う事の出来た一日に、私も私なりの決意の日を思い出し、胸が熱くなりました。

感謝と祝福の日を与えててくださり ありがとうございます。


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震災を語る

2007年01月17日 | 第1章 意識と知覚
阪神淡路大震災から12年。

あの日、横浜に住んでいる私も微細な揺れを感じました。
七時頃のテレビでは、未確認の情報が飛び交い、8時を過ぎたあたりで、大変なことになっていることが、徐々に伝わり出しました。
子供を幼稚園に送り、歩きながら空を見上げると、ヘリコプターが、西に向かい、続々と飛んでゆきます。

時間が経つに連れ、だんだん不安になってきました。
頭に浮かんでいるのは、神戸に住む親しい友人。
電話をしても繋がらない。
そのうち、公衆電話なら繋がる、という情報が流れ、近所の公衆電話掛け込み、かけますが、当然繋がらない。
そして、友人から電話があったのは、夕方。

安否の確認は、離れて暮らしている者にとっての最低条件。
それからの私の対応は、はっきりいって、お粗末なものでした。

どんな状況で、どんな風に脱出したのか、そして、今、どんな状態なのか。。。
彼女が、面々と話すのですが、心の距離は、地図上の距離よりはるかに遠く、結局何も力になれませんでした。

私が経験した苦い経験です。

そんなわけで、私は、この日に、「聴くことの感性」を再確認するようにしています。
自分以外の人の心の状態は自分のようにはわかりません。全て私の心を通して伝わってきます。どんなに客観的に、、なんて、思っていても、自分の取り方で相手を解釈しているのです。
ましてや、話を聴いて欲しい人は、その相手の心の状態を敏感に察知します。

1月17日。
自分の心の状態を再確認。
謙遜さ。
想像力。
そして、命の尊厳。
思いやり。

私という小さな存在が、私なりに「震災を語り継ぐ」ことに意味を感じています。

皆さんは、どんな思いで一日を過ごすのでしょうか。

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悔い無き生涯

2006年12月28日 | 第1章 意識と知覚
春に母方の親戚が亡くなりました。
叔父は、毎年仏像を木版画にしたものを年賀状にしていました。
毎年のことなので、私はあまり熟視せず、年賀状を書くために今年頂いた年賀状を再読し、昨日改めて気付いたのです。

叔父は、昨年末、大日如来を彫っていました。
仏様は柔和なお顔です。
美しい線は、叔父の修練の賜。
死を想って彫ったのでしょうか。

大日如来は、最期を迎えるまで取っておこう。そして時期がきたら彫ろう。
多分、そんな想いで毎年、仏像を彫りつづけたのだと思います。

私達は、スピリチュアル・ケア-(死を迎える方々への心と魂のケア-)を学びを通して、「自分の悔い無き死」を文章にします。
これは、一生の勉強といっても良いでしょう。
他人の信仰や思いは、その人のみにしかわかりません。同じ信仰を持っていても、解釈は驚くほど違います。同じ親から生まれた兄弟でも、決して同じ思いで生きているわけではありません。
だからこそ、聴く側が「自分の悔い無き死」を思索するのです。「聴く」立場の「柱」が揺らいでいては、話す人は混乱します。

「死を想う」

叔父は、私が幼い頃は、カトリックの信仰を持っていました。居間に祭壇があり、十字架とマリア様が飾ってありました。

それが、いつのまにか、仏様へと思いが移ったようです。
理由を聞いたことはありませんでした。
「死を想う」ことは、「どのように生きるか」と同じ事なのです。
悔い無く生きた叔父の人生は、めでたく大日如来で貫徹しました。

私の悔い無き人生。
一日を慈しみながら生きることです。
自分の体に、たくさんの喜びを与えて、日々、瞬間に「感じる」ことを大切にしていきたいものです。

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ロナウジーニョ

2006年12月15日 | 第1章 意識と知覚
昨晩は、横浜のスタジアムで家族でサッカー観戦を楽しみました。
日本でロナウジーニョの動きを間近で観る事ができる唯一のチャンス。

雨降る中、6万3千人の観客が、ヨーロッパで活躍する選手達の華麗な姿を凝視したわけです。

期待通り、心地良いものでした。

何が心地良いか。

ロナウジーニョの持つ高い技術と、センス、そして生まれ持って与えられた体と明るい性格が、サッカーを通して表現され、私に感動を与えてくれました。
だから、心地良かったのです。

「知覚」と「意識」。
私達は、自分が見えたもや感じたものに反応し、意識化し、
それについて解釈しながら生活しています。

人は、理想と現実のギャップがあればあるほど、悩みが深くなります。元気もなくなります。疑い深くもなります。人を攻撃したり悲観的になったりします。

昨晩、私が観たロナウジーニョは、私の理想のサッカープレーでした。現実の私は、若者に紛れて批評だけしている自称サッカー好きのただのオバさんです。
でも、昨日は、私の「知覚と意識」がロナウジーニョに焦点付けされて、「理想(目標)に向けて楽しみながら努力する元気」を頂いた、と「解釈」したのは確かです。

本当にサッカーが好きで、それが体の一部になっているロナウジーニョ。そして彼の笑顔。

喜びの感情を顕わに出した人に出合うと美しさを感じ、何とも言えない高揚感を感じます。
ますます元気を頂いた私。素晴らしいプレーをありがとう!


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横浜日ノ出町

2006年12月14日 | 第1章 意識と知覚
ロコサトシさんというアーティストが横浜にいらっしゃいます。彼は、横浜~桜木町間にある高架下に絵を描き、それが話題となり、以来20年、横浜を拠点に活動されている方です。そんな彼が、横浜日ノ出町に、「日ノ出町町おこしと芸術の発信と人の交わる場所」を目的として、「日ノ出町アートランド」を立ち上げました。
私も、長年彼の活動を知人として垣間見てきた一人なのですが、それがきっかけで、私もスタッフの一員となり、「NPO法人CULL カリタス カウンセリング学会」でカウンセリング普及活動の勉強会を始めさせていただくことになりました。

音楽や美術を通して、人々がいきいきと生きていくことを見出すことのできる空間をロコサトシという個性が自然に作り上げていることに、彼の不思議な求心力に魅せられています。

日ノ出町アートランドを5月にオープンさせて八ヶ月。スタッフも、それぞれ仕事を抱えながら、この場所に関わっています。
あらゆる枠を取り払い、生身の人間として、どう生きていくかを常に思索してる人達がロコさん中心に、美術や音楽、アロマテラピー、編物、学習塾、そして私達のカウンセリング教育活動を始めています。

そこは、人が本来持っている「境のない心」を最も大切にしてる人々が、「五感と体感」を自由に表現できる希少な場所です。ご興味のある方は是非、お問い合わせください。

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高知の台風

2006年12月06日 | 第1章 意識と知覚
季節は、少々ずれますが、
台風が近づいてくると決まって父の会社の人がやってきて、2軒長屋の社宅の雨戸を外側から板で打ちつけてくれました。

40年前の話。

太平洋という大海原と真正面に向き合う高知県は、台風の通り道。
暴風雨から台風の目に入り、また暴風雨、、これが一晩続くのです。

丸いちゃぶ台に、おにぎりと蝋燭が準備され、息を殺して嵐が去るのを待ったことを鮮明に覚えています。
「息を殺す」ということを覚えたのは、その体験でだと思います。
声を出すと「台風」というお化けに掴まるんじゃないかという私の怖い体験でもあり、こんな時は、なんだか母が優しくみえたりして・・・。

恐怖と母の愛を同時に感じ取ることのできた大切な時間を台風で経験させてもらったようです。

私の知覚が意識化された「過ぎ越し」のひとこまです。
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一つを選ぶ

2006年12月04日 | 第1章 意識と知覚
四季の移り変わりは、私達の心を豊かにします。

同じ場所に住んでいても、一年を通して、自然だけでなく、他の国には見られない折衷行事が日本という国の個性をつくり上げているような気がします。

最近、アイルランド出身のロックグループが日本でコンサートをしました。
そのグループのリーダーが、「多様性(八百万の神)を受け容れる日本人は素晴らしい」というような内容のことを言っていました。アイルランド・ダブリンで育った彼の成育史から、ほとばしりでた言葉です。

「一つのことを決められない。
一つを決めることに躊躇する。
一つのことを決めようとする人に、以外と冷たい。
曖昧なところで妥協する。」
上記のことは、「いやだなぁ」、と思う半面、結構私の内にも宿っている個性です。

多様性を受容する、というより、多様性の中に妥協点を見出す、といった方が良いかも知れません。

人生の岐路に立ったとき、どうしても一つを選んで生きていかなくてはなりません。
そんな時に、意識できる知覚が、私を助けるのです。
「好き」、「嫌い」
その選択を、垣根を越えて、選び取る勇気が、そろそろ必要となってきました。
自分の体で感じた、心地良い(好き)、心地悪い(嫌い)を、大切にしていきたいものです。

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美しい!の初体験

2006年11月30日 | 第1章 意識と知覚
知覚を意識するということはどういうことでしょうか。

私が、瞬時に感じること。
心と体に反応する何らかの感覚。

痛い、熱い、暑い、寒い、冷たい、甘い、辛い等、これらは平素の生活の中で当たり前のように感じる知覚です。そして、知覚を感じた瞬間から、意識の世界に入っていくのです。

このように私達は、あらゆるものを知覚し意識する事を繰り返しながら生活しています。

私が幼稚園に行く途中に見た田んぼ一面に咲いた蓮華草、台風が去った後の青空、それらを見た瞬間、体に染み込むような体感を得て、「ああ、美しい」と思ったのが、私の人生で最初の「記憶にある美しい風景」の体験です。
誰から教えられたわけでもなく、美しいものを知覚し感動するのは、いにしえの人の記憶が私の体と心にもそなえられ、受け継がれているからだと信じています。

知覚を通して「美しい」と思える一日を送りたいものです。

ちなみに、私の今日の美しい知覚は、高知特産のポン酢の味。それにまつわる思い出が幸感福をもたらしました。

皆さんは?

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初めての経験<知覚と意識>

2006年11月28日 | 第1章 意識と知覚
自分の回りの物事を意識するようになったのは、いつの頃でしょう。
静かに目を瞑り、記憶の扉を開けて辿ってみますと、私が生まれた高知の奈半利という場所の風景が甦ってくるのです。
そして、3歳下の妹が生まれた頃が、どうも私の「意識」の原点ではないかと思えてくるのです。
ということは、私の「見るもの、聞くもの、触れるもの、味、匂い」が自己の記憶として意識化されはじめたのは、3歳ということになるようです。

父母の両親は東京に住んでいて、転勤先の奈半利で母が出産したため、母が入院中、私は父の同僚のお宅に預けられました。そのお宅には、普段もよく私と遊んでくれたお姉さんが二人いました。一体何日、そのお宅に預けられたか定かではありませんが、お風呂に入るときに、「一人でお風呂に入って、髪も自分で洗える?」と聞かれ、とっさに「洗える!」と応えてしまったのです。今までは、自分は耳を押さえて、息を止め、目をしっかり瞑って、お湯を注いでもらっていたのですから、さあ大変。
未だに、その時、初めて自分の頭にお湯を注いだ感覚を体感として覚えています。

意識と知覚は、セットです。
オムツが濡れたら気持ち悪いので泣いて知らせ、お腹が空いたらミルクが欲しいので泣くいて知らせます。泣けばお母さんがオムツを取り替えてくれて、食事を与えてくれます。オムツが濡れる、これは知覚。濡れたら不快、これは濡れたことに対する意識。そして、お母さんは、子が泣けば「どうしたの?」と近づいてきてくれます。
そうやって赤ちゃんのころから学習し、子供は育っていくのです。

私の場合、その、学習した当たり前の繰り返しが当たり前でなくなった初めての経験が、「一人で髪を洗う」という私にとって冒険的で危機的な行為だったようです。
それが、成された時の達成感は、幼い私の自信となり、これから自分の人生を歩んでゆく出発点だったのかもしれません。


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萩の後始末

2006年11月25日 | 第1章 意識と知覚
庭に植えた萩が、春の枝切りを怠ってしまったために、今年は大木のようになってしまいました。風に揺られて大らかに花を咲かせた我が家の萩。そのおおらかな姿に自分を重ね、「ああ、自由奔放に、心地良く風任せに生きていきたいものだ」、そう思いながら萩を愛でてつつ、つい最近まで過ごしました。

ところが、この数日の急な寒さで、萩の葉っぱが黄色く色付き、はらはらと落葉し出したのです。
狭い庭のテラスに落ち葉が山となり、いい加減見苦しくなってきました。
「しようがない、やるか・・・」

その量の多いこと・・・

忙しさを理由に庭の手入れを怠け、久しぶりに嗅ぐ土の香りにほっとするものがありましたが、来年は絶対に枝切りをしようと心に決めたのでした。

自由奔放も良いけれど、その陰で後始末をする人の存在に気付くことも大事なことです。

萩さん、私に感謝してね。


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喜びを味わう

2006年11月22日 | 第1章 意識と知覚
「成功は濃い味を感じ、不成功の時は薄い味を感じるのです」と言った人がいます。

ワイン好きの親しい友人は、「ワインは、オーケストラ。日本酒は雅楽。ワインを頂くと口の中にオーケストラの色々な楽器が響き渡り、そのダイナミックな広がりをがたまらなく心地良い」、そんなことを言っていました。

味わう。
私の喜びの味わいの体感。

硬くもなく、軟らかくもない日本の水。
それが、私の喜びの味わい。
当たり前に頂いている違和感のない味わいは、私に心地良さを与え、喜びを味わせてくれます。
いつもと違う水の味は、私に不快感を与えます。

水の味わいは、私のアイデンティティの源なのでしょうか。

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秋の色

2006年11月20日 | 第1章 意識と知覚
秋が終わりに近づいているというのに、今年はなんとなく葉の色が落ち着かず、黄や紅になるはずの葉の色が、中途半端に色付いています。

芽吹いてから、花が咲き、葉が散るまでの情景を、日本人は古来から大切にしてきました。
そのプロセスに、自分の人生を重ね例える事で、生きる証を見出していくのです。
美しい表現です。


「はかなさ」と「よみがえり」、抑制された悲しみと喜びが互いに共存し、それが命の躍動感となり、未来永劫に繋がる気迫までをも感じ得ることができます。


命の躍動感に欠ける今年の秋の色ではありますが、それはそれなりに、中途半端な色変わりもまた人間らしいと、心静かに冬支度をしようと思うのでした。



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愛ある言葉

2006年11月16日 | 第1章 意識と知覚
人は皆、自分の経験や体験から、感情が湧き、思い巡らし、言葉を発し、行動を起こしています。

「人それぞれ」と思いつつも、日頃自分と気の合う仲間に出会うために五感を張り巡らせて生活している「私」が居ます。

それは、「私」が「私らしく」生き延びるために当然必要なことだと思っています。

先日、身内に祝い事があり、お菓子を用意しました。そのお菓子をある方にお渡ししたところ、「あなたの喜びを一緒に味わえるなんて、なんと嬉しいことでしょう!」と云われました。

「喜びを一緒に味わう」、その言葉の中に彼女の愛の深さを感じ、小さなお菓子の包みが私にとって世界最大の幸せの象徴のように感じられました。

言葉のやりとりは、感情のやりとり。

心地良い感情のやりとりは、生きる喜びとなります。

心地良い感情のやりとりを「互いに感じ合うことのできる」気の合う仲間を生涯大切に生きていきたいと思います。
皆さん、いつもありがとう!

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