前回の続きです。
赤十字東京医療センターに向かって路地的な通りを歩いています。
何か、ちょっと、これは、商店街的な通りに出ました。突き当たりにはお寺の山門らしきものが見えます。
やはりお寺です。
臨済宗、大徳寺派、祥雲寺です。しかし、古今東西、仏教も、キリスト教も、イスラム教も、宗教組織は、いろいろ分かれてしまうのです。宗の下に派もできてしまうのです。
門前には、お茶屋さんではなく、それなりにお洒落なカフェがあったりして。
全体の雰囲気は浅草的な門前町といった感じ。
山門の手前を向かって右に折れます。こちらにもお寺。
左に曲がって坂道を上りかけて、右手のお山はかの“聖心女子大”こちら裏門?
木造で白漆喰、庭には棕櫚、昭和的匂いがします。植木の為に塀を大きくカットしたと云うか、道路側を目隠しのために高くしたのか?
坂を上がって右に曲がります。この通りが“日赤通り”の筈。
ありました国旗、大使館です。
チェコ共和国です。私の年代としては“チェコスロバキア”で、“ドゥプチェク”で“プラハの春”で、“スメタナ”で、“わが祖国”で、“モルダウ”で、そして、いろいろあって1993年にスロバキアと分離。
頑丈そうな門、
扉の前には、何故か数日分の新聞が散乱しています。ここ数日間に出入り無しですか?
大使館の側には、こんなお洒落なお家が、さすが広尾です。こんなお家には、どんな家族が住んでいるの?昔からの住人?仕事で大儲けし念願の邸宅を広尾に?・・・。何か、卑しくも、つまらん詮索してしまった。
こちらは卑しくない、とても、とても、家柄正しい方達の女子大学の正門です。左手からは女子大生、右手からは、とても、とても、育ちのよさそうな、お坊ちゃまがママと歩いて来ました。
聖心女子大の門が純日本風とは知りませんでした。ちょこっと調べたら、『幕府の老中首座を務めた下総佐倉藩主、堀田家の下屋敷』だった、そうで、門はその名残?
見えてきました!日赤東京医療センター。
前回と今回の歩いた経路です。
本日は、これまで。
それでは、また。
赤十字東京医療センターに向かって路地的な通りを歩いています。
何か、ちょっと、これは、商店街的な通りに出ました。突き当たりにはお寺の山門らしきものが見えます。
やはりお寺です。
臨済宗、大徳寺派、祥雲寺です。しかし、古今東西、仏教も、キリスト教も、イスラム教も、宗教組織は、いろいろ分かれてしまうのです。宗の下に派もできてしまうのです。
門前には、お茶屋さんではなく、それなりにお洒落なカフェがあったりして。
全体の雰囲気は浅草的な門前町といった感じ。
山門の手前を向かって右に折れます。こちらにもお寺。
左に曲がって坂道を上りかけて、右手のお山はかの“聖心女子大”こちら裏門?
木造で白漆喰、庭には棕櫚、昭和的匂いがします。植木の為に塀を大きくカットしたと云うか、道路側を目隠しのために高くしたのか?
坂を上がって右に曲がります。この通りが“日赤通り”の筈。
ありました国旗、大使館です。
チェコ共和国です。私の年代としては“チェコスロバキア”で、“ドゥプチェク”で“プラハの春”で、“スメタナ”で、“わが祖国”で、“モルダウ”で、そして、いろいろあって1993年にスロバキアと分離。
頑丈そうな門、
扉の前には、何故か数日分の新聞が散乱しています。ここ数日間に出入り無しですか?
大使館の側には、こんなお洒落なお家が、さすが広尾です。こんなお家には、どんな家族が住んでいるの?昔からの住人?仕事で大儲けし念願の邸宅を広尾に?・・・。何か、卑しくも、つまらん詮索してしまった。
こちらは卑しくない、とても、とても、家柄正しい方達の女子大学の正門です。左手からは女子大生、右手からは、とても、とても、育ちのよさそうな、お坊ちゃまがママと歩いて来ました。
聖心女子大の門が純日本風とは知りませんでした。ちょこっと調べたら、『幕府の老中首座を務めた下総佐倉藩主、堀田家の下屋敷』だった、そうで、門はその名残?
見えてきました!日赤東京医療センター。
前回と今回の歩いた経路です。
本日は、これまで。
それでは、また。