神と悪魔 その1(続々々)

 
 これが、君のことを何でも知りたいんだ、と打ち明け、19歳の誕生日にシルバー・リングを贈って、将来の約束を誰とも交わさずに取っておいて欲しい、と、はにかみながら私に頼んだのと、同じ男の台詞なのだ!
 
 彼は命がけの飛躍を果たしたのだった。私と彼とのあいだには、彼が飛び越え、私が決して飛び越えることのできない溝が横たわっていた。彼は相変わらず私の眼の前にいるのに、二人のあいだには、巨大な別離の深淵が口を開けていた。
 おそらく彼は、激情の嵐が収まってしまえば、もう、滅多に私を思い出しなどしなくなるだろう。たとえ思い出すことがあっても、馬鹿な虫に憑かれただけだ、と苦笑いして終わるのだろう。

 彼は落ち着いてきた。もう私を睨んではいなかった。私のほうを見ようともしなかった。馬鹿々々しくて話にならん、といった様子を見せて、私の存在を意に介さないよう努めているらしかった。
 やがて彼は、鼻息荒く嘆息すると、相変わらず私を見やりもせずに、口を開いた。
「結局、僕たちのあいだには何もなかったと同じだよ。君はいくら陽に当ててやっても咲かない花だったのに、それを咲かせようと骨折った僕が馬鹿だったんだ。蕾の振りして善良な人間を惑わすようなことは、やめにするんだな」
 
 彼は声高にこう言い渡すと、突然、弾かれたように立ち上がった。そして私に、最後の冷やかな一瞥をくれると、あとはもう以上何も言わずに、ぷいと部屋を出ていった。

 ……決裂も、これくらいはっきりしていたほうが分かりやすくていい、と思えるようになったのは、それから10年くらい経ってからのこと。当時はショックだった。

 画像は、ヴルーベリ「死の天使アズラエル」。
  ミハイル・ヴルーベリ(Mikhail Vrubel, 1856-1910, Russian)

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