告解

 
 私の右頬にはシミがある。若い頃からあった。
 特に目立つほどではないが、私はメイクしないので、簡単に気づくだろう。老斑に見えるので、気づいたところで誰も敢えて口には出さない。

 が、このシミは実は、老斑ではなくて火傷の痕。妊娠したと分かった頃、坊の父親に当たる男性に、煙草を押しつけられてできた。

 坊を妊娠したとき、何もかもが突然に動き出した。相手の男がいかに不実であったかが発覚した。男を更生させるために、あるいは単に面倒を回避するためだけに、男と結婚するよう迫る人、男との結婚は即ち破滅だと分かっていながら、不干渉を決め込む人、逆に情理を尽くして結婚に反対する人、……周囲の人々の態度がクリアに分かれた。
 そして私自身は、男を見限る力を得た。自分より大切な存在、赤ん坊という力を。

 日本の民法は離婚の自由を保障していない。相手の男とその母親が、取りあえず結婚を、と強く要求するのに、だから私は同意しようとしなかった。
 俺は生まれ変わってみせる、別人になってみせるよ。俺が真っ当な人間になるのを助けてくれよ。俺が別の女にガキをつくったせいで、一生結婚できずに終わったら、お前どうなるか分かってるんだろうな。……彼は、なだめたりすかしたり脅したりして、私の同意を取りつけようとした。

 あるとき彼は、火のついた煙草を私の顔のそばに近づけて、結婚を迫った。
 この男の稀少な名誉のために弁明しておくが、私は彼から暴力をふるわれたことはない。暴力をふるう資質は十分にあるのだが、女性に暴力をふるう度胸を持ち合わせていなかったのだ。
 このときは私の精神状態も正常とは言いがたかったが、私は私の理性に則って行動した。私はわざと、彼の不意を突いて振り返った。頬が煙草の火をジュッと消した。

 To be continued...

 画像は、Q.マセイス「グロテスクな老女」。
  クエンティン・マセイス(Quentin Massys, ca.1465-1530, Flemish)

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