男やもめのペーソス

 

 カール・シュピッツヴェーク(Carl Spitzweg)というドイツの画家がいる。ドイツの美術館には必ずこの人の絵があって、いわば国民的画家。

 シュピッツヴェークはドイツ・ロマン派のなかの、「ビーダーマイヤー(Biedermeier)」と呼ばれる芸術様式を代表する。ビーダーマイヤーというのは、1815~48年頃のドイツ文化の一時期。
 ドイツ近代史のなかで、1815年はウィーン会議、そして1848年は三月革命の年。フランス革命を契機とする自由主義・民族主義のヨーロッパへの波及。ウィーン体制は、それを抑え込む形での国際的な協調支配体制だったが、1848年、ヨーロッパ各地で起こった革命によって崩壊する。
 ドイツでも三月革命が勃発。が、反動勢力の巻き返しによって弾圧され、敗北する。

 こうした時代への諦観から、理念的、理想主義的なものへの反撥が起こったのは当然で、より平凡で身近で日常的なものに関心を向ける市民文化が現われる。名前の由来となった小説中の人物、ビーダーマイヤー氏の小市民的な人物像から、ビーダーマイヤーはしばしば、政治や社会には無関心の小市民文化と同義で用いられる。

 シュピッツヴェークの絵もやはりノンポリでプチブル。市井の小市民たちの偏狭な世界を、ユーモアとペーソスとアイロニーをもって描いている。
 絵に登場するのは、中年ももう終わろうという、禿げかかり、背も丸まり、古ぼけた服を着、眼鏡をかけ、パイプをふかす、ぱっとしない独り身の男たち。いかにも男やもめのような、紳士やインテリ。
 一見すると、ドイツの古き良き時代の情景を描いた風俗画。けれどもそこには皮肉と自嘲がある。傍から見れば滑稽なほどの熱心さと自己満足さで、ささやかな趣味に没頭している。若い娘に夢中になっている。そういう含意を見出すと、絵は途端に突飛で風変わりに見えてくる。

 薬剤師をしていたが、40代を過ぎて、裕福な商人だった父の遺産を相続すると画家に転身。独学で絵を学び、晩年になってようやく認められた。
 妻も子もなく、独りもくもくと絵を描き、年老いて死んでいった。

 画像は、シュピッツヴェーク「胡散臭い煙」。
  カール・シュピッツヴェーク(Carl Spitzweg, 1808-1883, German)
 他、左から、
  「貧しい詩人」
  「サボテンの友」
  「口論する修道士」
  「洞窟のなかの鉱石収集者」
  「新聞を読む男」

     Bear's Paw -絵画うんぬん-
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