チェコのキュビスト

 
 
 近年、その作品が盗難事件に遭って以来、世界的に注目度が急上昇中というエミール・フィラ(Emil Filla)。彼は国内では、キュビズムをチェコ絵画にもたらした、チェコ・モダニズムの開祖として評価されている。
 私はキュビズムが嫌いな上に、その良さも理解できないのだが、まあ教養ということで。

 パブロ・ピカソがジョルジュ・ブラックとともに創始した、絵画開闢以来の遠近法を放棄してフォルムを解体・再構成するという手法キュビズム。見た目は奇抜、その奇抜さを尤もらしい理屈で武装するこのスタイルは一世を風靡し、出るわ出るわの追随者たち。
 が、フォルムの解体・再構成という、純粋なキュビズムの時期というのは、比較的短命で、当のピカソ自身、さっさと放り出している。

 で、ピカソがキュビズムを通り抜けた後の、一見幼稚で、暴力的で化け物じみている、けれども色彩はフランス的に優雅な具象の画風。それが、フィラの描く絵のスタイルとして、私のなかで最も定着している。実際、フィラの絵はチェコ的ではなくて、フランス的だ。

 もともとはゴッホやボナールに心酔していたという、色彩の画家フィラ。プラハのアカデミーで学んだ後、若き同僚たちとともに、グループ「オスマ(Osma、8人組)」を結成する。このグループは、フランスの野獣派とドイツ表現主義「ブリュッケ」とを合わせたような様式を志向したというが、フィラ自身が最も共鳴したのはムンクだった。
 画学のため広くヨーロッパを旅行していたフィラは、パリでピカソらがキュビズムに突入した頃に、それに遭遇したのだろう。ピカソらと知己を得、早くもキュビズムの様式を取り入れる。ビジュアルアーティストの前衛グループを結成し、チェコ・キュビズムを牽引した。

 以降、総合キュビズムを発展させ……というか、実際にはそれから解放され、第二次大戦前夜には、ファシズム抵抗運動のなかで、スキタイ美術に着想を得た、人間と動物が、あるいは動物同士が戦う「動物文様(Animal Style)」を取り入れて、独自のスタイルを達成する。
 第二次大戦勃発直後に、ヨセフ・チャペックら、他の画家たちとともにゲシュタポに逮捕され、ダッハウ、続いてブーヘンヴァルトの強制収容所に収監される。チャペックは力尽きたが、フィラは生き残り、戦後、プラハに戻ってアカデミーで後進を育成した。

 画像は、フィラ「彫刻家とモデル」。
  エミール・フィラ(Emil Filla, 1882-1953, Czech)
 他、左から、
  「ドストエフスキーを読む人」
  「躍るサロメ」
  「鏡の前の女」
  「コップとブドウのある静物」
  「高架橋のあるフルボチェピ風景」

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