元・副会長のCinema Days

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「桃(タオ)さんのしあわせ」

2012-11-22 06:38:03 | 映画の感想(た行)

 (原題:桃姐)監督アン・ホイの円熟味を感じさせる一作。誰にでも訪れる老いと死。最期の時を迎えるにあたって、本当に必要なものは何なのか。黒澤明の「生きる」の主人公のように、ミッションを全うすべく前のめりになって倒れるというヒロイックな幕切れを持てる者なんかごくわずかだ。不慮の事故等によりアッという間に命を絶たれるケースを除けば、多くは悔恨と諦念を抱きつつも、粛々と生を全うするのだろう。ただし、その時にそばにいてくれる誰かがいること、それこそが大事なのだと本作は訴えているように思える。

 映画のプロデューサーであるロジャー・リーの実話を元にしている。メイドの桃(タオ)さんは、ロジャーが生まれたときにはすでに家にいた。仕えていた一家のほとんどは海外に居を移し、香港に残っているのはロジャーだけだ。今も独身のロジャーの身の回りの世話をしていた彼女だが、ある日病に倒れる。

 老人ホームでのリハビリで一時は回復するが、いくつもの病を抱えていた彼女には残された時間は少ない。ロジャーは忙しい生活の合間を縫って、桃さんの面倒をみることになる。彼女は結婚しておらず、親兄弟もいない。しかし老人ホームの面々には、家族はいても孤独な日々を送るしかない者もけっこういる。ロジャーが付き添ってくれる彼女の立場は、決して悲しいものではない。

 献身的にメイドの仕事をこなし、決してグチをこぼさず、ロジャーの一家のことを思い続けてきた彼女の“人生の決算表”はプラスを示している。

 アン・ホイの演出は実にきめが細かく、登場人物の内面をじっくりと浮き彫りにしていく。心のどこかに屈託を抱え、いまだに家族を持たないロジャー。演じているのはアンディ・ラウだが、高い人気を誇った香港四天王の一人も、年を重ねて50歳を迎え、渋みが加わった。本を読むとき老眼鏡を取り出すシーンも感慨深い。

 桃さん役のディニー・イップは本作でヴェネツィア国際映画祭で主演女優賞を獲得。それも頷けるほどの妙演だ。老人ホームのメンバーも皆味のあるパフォーマンスを見せてくれる。さらにツイ・ハークやサモ・ハン・キンポー、レイモンド・チョウといった映画人達が本人役で登場するのは本当に嬉しい。

 どんなに華々しい生涯を送ったとしても、最終的には誰しも死の床に就く。それを看取る人を見つけることが、ひょっとして人生の目的の一つではないかと感じてしまう。60歳を過ぎたアン・ホイ監督の心境も垣間見えよう。決して観て損は無い秀作である。

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