元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「長い散歩」

2007-02-27 06:43:51 | 映画の感想(な行)

 作劇面での欠点が多い作品だ。定年まで高校の校長を務めた主人公は、妻を亡くしてひとり娘からは愛想を尽かされており、安アパートで孤独な余生を送るしかなかった。そんな彼が隣室に住む5歳の娘が母やその愛人から虐待を受けていることに気付き、誘拐犯になることを覚悟して彼女をアパートから連れ出してしまい・・・・という話。

 彼を追いかける警察の無策ぶり、特に終盤近くに事情を知って“手加減”するつもりが、まんまと張り込みを出し抜かれてしまうくだりなど、もうちょっと脚本を詰めて欲しかった。道中で主人公達と同行する若い男(松田翔太)の扱いは、まるで取って付けたようなわざとらしさ。若者が帰国子女で同じように周囲から阻害されていた・・・・という設定も図式的に過ぎる。

 さらに主人公が入れ込んでいる“一家が平穏だった頃の思い出の場所”なるモチーフも“えっ、これがそうなの?”と言いたくなるほど平板。そこで展開される“幻想シーン”なんて気恥ずかしくて見ていられない。さらに致命的なのは、女の子を演じる子役がヘタであること。オーディションの仕方を見直した方が良い。監督を兼ねる奥田瑛二をはじめ、高岡早紀、原田貴和子など、脇のキャストは皆凡庸だ。

 しかしそれでも本作から目が離せないのは、主演の緒形拳が素晴らしいことだ。そもそも緒形のために奥田が用意した企画だから、気合いの入り方が違うのだろう。家族とコミュニケーションできなかった自責の念と、こんな“誘拐もどき”の所業に及ばさるを得なかった切迫感。特に終盤の、幼女に向かって独白するシーンは、彼の長いキャリアの中にあって屈指のパフォーマンスとして記憶されるだろう。

 そしてもちろん、深刻なテーマを扱っていることも見逃せない。児童虐待は今までホラー映画のネタとして取り上げられることが目立っていたが、骨太なドラマの主題としては「愛を乞うひと」以来だと思う。高岡早紀演じる母親は通り一遍の描写で物足りないものの、それでも“自分はかつて母親からされたことを娘に対してやっているだけだ”というセリフには胸を突かれた。虐待の連鎖、その無惨さを目の当たりにする思いだ。

 モントリオール映画祭でグランプリを取っているが、正直それほどの映画とは思わないまでも、観る価値はある。稲本響による音楽と石井浩一の撮影も万全の仕事ぶりだ。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする