ちゃみおか発

鉄道写真を中心に模型工作や旅行の記録を紹介します。

【鉄道写真】TOMIXから1/80スケールEF62形直流電気機関車製品化決定!!の報

2013年12月13日 | 国鉄 信越本線


(廃車待ちのEF62群)

〔 EF62 40、EF62 48他 : 篠ノ井 〕

鉄道模型メーカーTOMIX から16番(1/80)のEF62 形直流電気機関車が製品化されるとの報が入った。
10系客車のリニューアルの案内に「EF62形電気機関車 製品化決定!!」の文字があるのだ。
C-C型の台車をどのように表現してくるのか、とても興味深い。

さて、実物のEF62形電気機関車は長く信越本線で活躍し、余剰の出た晩年は山陽本線でも使用された機関車だ。
碓氷峠の粘着運転化に備え、EF63形電気機関車と手を組むために誕生した経緯はよく知られている。
幼少の頃から高校卒業までを高崎線沿線で暮らした管理人も、もちろんよく見た機関車の一つだ。


(架線のない場所での電気機関車は、何処か模型のような雰囲気もある)

〔 EF62 48 : 篠ノ井 〕

写真は、1987年頃に既に第一線から退いて多くの廃車が出た頃である。
詳細な撮影年月日は失念しているが、JR化直後の頃のはずだ。
EF62 48 の側面ナンバーはペンキ書きだ。

管理人の乗車経験では、上野から列車番号を変えながら信越本線経由で新潟まで走る普通列車の高崎・軽井沢間やスキー臨での14系座席車が思い出される。
10系寝台車との組み合わせであれば、急行「越前」や夜行「妙高」に馴染みがあるが、そうなれば オハネフ13 は外せないのだが、残念ながらTOMIX製品化のラインナップには入っていない。

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【鉄道写真】懐かしの旧形国電80系~信越本線軽井沢にて~

2012年09月26日 | 国鉄 信越本線


(スノープロウ付の松本区の編成)

〔 80系(松本運転所6両編成) : 340M 信越本線 軽井沢 〕

1977年11月23日の撮影である。

長野発高崎行の80系が碓氷峠を越える準備をしている。
長野寄り最後尾のクハ86形300代を撮影しているのだが、どうして高崎寄りでEF63との連結シーンを収めなかったのか今となってはとても悔いが残る撮影である。

編成中には鎧戸の日除けが残るモハ80形なども組み込まれており、当時としても古めかしさが残る編成だった。
松本区の80系もすでに運用が少なくなっていた時期だ。

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【鉄道写真】国鉄特急色381系の想い出~特急「しなの」~

2011年06月21日 | 国鉄 信越本線


(381系特急「しなの」)

〔381系 : 1005M 「しなの5号」 篠ノ井線 松本〕

1980年5月11日の撮影である。
松本駅に停車中の長野行「しなの5号」だ。

先ごろ、JR西日本に残っていた国鉄色の381系が引退した。
381系電車はまだ活躍しているが、国鉄特急色が引退したのは惜しい。

過去の写真を漁ってみて発見したのが上の写真である。
ほかにも探してみた。


(381系特急「しなの」を後追いで撮影)

〔381系 : 列車番号未確認 上り「しなの」 信越本線 長野-川中島〕

こちらは、1987年の撮影である。
詳細な月日の記録は失念した。

有名な撮影ポイントであるが、現在は新幹線が並行して、昔日の面影は無い。

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【鉄道写真】EF63の想い出~信越本線~</font>

2011年03月10日 | 国鉄 信越本線
19771123_002(EF63を連結して発車を待つ貨物列車)
〔EF63 10 : 信越本線 軽井沢〕
写真をクリックすると大きな画像でご覧になれます。

2011年3月10日、信越本線横川駅に隣接した「碓氷峠鉄道文化むら」のEF63形直流電気機関車の甲種輸送があった。
運転体験用の車両の整備に伴うもので、横川と高崎操の間を走行した。
先月運ばれたEF63を横川に返送するものと、もう1両を高崎操に送るための輸送を一度に行なったもので、高崎操と横川の間を往復したものであったようだ。

残念ながら撮影することは出来なかったが、現役時代のEF63の写真を公開しよう。

                          ※

写真は、1977年11月23日の撮影である。
家族旅行で晩秋の軽井沢を訪れた際のものだ。

この日は、高崎からEF62形直流電気機関車牽引の客車列車で軽井沢に向かった。
残念ながら、乗車列車の撮影記録は無い。

軽井沢に到着したときに中線で待機していたのが、写真の貨物列車である。
横軽の補機EF63が2両付いて、発車間近と言った風であった。

先頭は10号機であるが、それに続くのは水切りの形状等から1号機ではないかと思う。
本務機EF62が牽引するのは、比較的短い編成の貨物列車である。

駅での撮影であるが、今にもブロワーの音が聞こえてきそうなお気に入りの一枚だ。

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Bar_02_2


【鉄道写真】34年前の今日(1976年5月23日上野駅・東京駅(1))

2010年05月23日 | 国鉄 信越本線
先週に続いて、34年前の“今日”である。
この日は、上野駅と東京駅に出掛けている。

                        ※

今日は夕方の東京駅にも行ってみたいと思った。
だから、この前よりも遅く家を出た。

高崎線で上野駅に着いたら、青い列車が停まっていたので、さっそく見に行った。

(列車番号不明、12系)
20100523_001

写真をクリックすると大きな画像でご覧になれます。

これはブルートレインじゃない。
色とか形とか、良く似ているけど違うんだ。

第一に寝台車じゃない。
ブルートレインは寝台車で客車(電車と違って機関車がひく列車)のはずだ。

次に特急じゃないことだ。
この12系は急行用の車両だからだ。
その証拠に窓が開けられる。

でも、僕の友だちも両親もそんなことの区別はできないんだろうと思う。

隣のホームには特急がいた。

(下り5029M長野行「あさま5号」489系、下り2019M新潟行「とき10号」183系)
20100523_002

写真をクリックすると大きな画像でご覧になれます。

どっちも新しい電車だ。
最近はボンネット型じゃない方が多くなった。

「あさま」と「とき」も似ているけど、「あさま」の方は「白山」にも使っている電車で、交流区間も走ることができる。
屋根の上にヘッドライトがあるか、ないかで簡単に見分けられる。
ちなみに、関東はだいたい直流だ。
直流っていうのは乾電池で、交流は家の電気とか聞いたことがある。
まだ勉強してないからわからない。

「とき」をもっと近くで写した。

(下り2019M新潟行「とき10号」183系)
20100523_003

写真をクリックすると大きな画像でご覧になれます。

近くで見ると、とっても綺麗な電車だった。
特急はピカピカしている方が、それっぽくてカッコイイと思った。

(つづく)

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【鉄道写真】上野に現れた189系「しなの」(1976年5月16日上野駅(3))

2010年05月17日 | 国鉄 信越本線
(承前)

                        ※

いちばん端っこのホームに行ってみた。
ここは、何だか他のホームとは違う気がする。
古い気がする。

特急と急行が仲よく並んでいた。

(上り8032M万座・鹿沢口発「白根1号」183系)
20100516_007

この電車が珍しいのかわからないけど、写真を撮ってる人がたくさんいた。
子どもばっかりだった。

また高架ホームに逆戻りだ。
もう、訳がわからなくなる。

上りの「そよかぜ」の折返しの「あさま」だ。
先頭の特急の名前を見ていたら、いろんなのが出てきた。
僕は夢中でシャッターを押した。

(189系「しなの」?!)
20100516_008

写真をクリックすると大きな画像でご覧になれます。

後で写真を見てみたら、
「しおさい」→「さざなみ」→「あまぎ」→「新雪」→「しなの」→「あずさ銀嶺」→「あずさ」→「あさま銀嶺」
と変わって、最後にようやく「あさま」が出てきた。

さてと、またまた地上ホームだ。

(上り8032M万座・鹿沢口発「白根1号」183系、上り2M青森発「はつかり1号」583系)
20100516_009

写真をクリックすると大きな画像でご覧になれます。

「はつかり」からは人がたくさん降りてきた。
やっぱり、東北には人がいっぱいいるんだと、僕は確信した。

(つづく)

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【鉄道写真】さらば急行「能登」!さらば489系ボンネット!

2010年03月12日 | 国鉄 信越本線
このダイヤ改正で上野と金沢を結ぶ急行「能登」が定期列車から退くことになる。
これに合わせて、489系交直両用特急型電車初期タイプのボンネット先頭車の定期運用がなくなり、旧国鉄のボンネット特急車輌も引退となる。

最終日の撮影は、混乱が予想されることから回避したが、「能登」の間合いで使用された「ホームライナー」と懐かしい「あさま」の写真を紹介する。

(上野駅に停車中のホームライナー運用に就く489系)
20100312_001


(赤羽駅を通過する489系ホームライナー)
20100312_002


(1976年、上野発長野行特急「あさま」の489系)
20100312_003

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

~急行「能登」の想い出~

1981年3月、客車列車時代の急行「能登」に乗り、友人と金沢への旅に出た。

駅弁と夜食を買い込み、上野駅13番線ホームで入線を待つ。
隣の14番線には信越本線経由の福井行急行「越前」が入線。
続いて13番線には秋田行急行「鳥海」がEF58の推進で入線してきた。
「鳥海」は21時13分発、「越前」に続いて上野をあとに出発していった。

およそ10分後、荷物車を先頭に推進運転で「能登」はやって来た。
編成は、A寝台オロネ10、B寝台スハネ16、グリーン車スロ62を連ね、金沢寄りはオハ47、スハフ42と続く。
先頭は、少し前にEF58から変わった新鋭のEF64-1000番代直流電気機関車である。
この日は、1006号機が担当であった。
薄暗い13番線ホームの先端にブロワー音が響く。
早速、先頭のスハフ42に乗り込み、3人で1ボックスを占拠して弁当を広げた。
21時49分汽笛一声、定刻の発車である。
しばらくはトランプなどして過ごしたが、そのうちウトウトとしていた。
それでも、揺れる列車に寝付くこともできず、ぼんやりと外を眺めていた。

高崎では遅れていた両毛線の488Mの接続をとり、約15分の停車。
高崎を過ぎ、次第に山に登ってゆくと、眼下に家々の灯りが点っているのが印象的だ。
国境のトンネルを抜けたとき、線路際にうず高く積まれた雪の山が、都会と違う異郷の地であることを語っていた。
やがて、夜の闇にすいこまれていった・・・。

気がついたときは進行方向が逆になり、先頭車両に乗ったつもりが最後尾となっていた。
先頭は交直両用の電気機関車EF81が牽引しているはずだ。
柏崎では大阪発青森行寝台特急「日本海3号」とすれ違う。
魚津の辺りで夜明けを迎えた。
日本海の空は暗く、どこかうら寂しい雰囲気が漂っていた。

田園風景が広がる中をひたすら走り続ける。
富山、高岡を過ぎ、やがて金沢に到着した。
定刻であった。
地平時代の金沢駅は、地下通路でホームが結ばれていたのを覚えている。

さて、金沢では兼六園を散策したり、さらに足を延ばして輪島まで出かけた。
このときはキハ58に乗車しており、輪島からの帰りに穴水で蛸島方面からやってきた列車と併結のため、入れ替えを行なっていた。

どうやって帰ったのか、特急「白山」か急行「能登」か、何故か記憶が無い・・・。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

夜行列車は、現地での時間を有効に使えることから使い勝手のよい列車として重宝されていたのも今は昔。
新幹線網も整備され、近いうちに金沢へも乗り継ぎ無しで到達することができるようになるという。

流れゆく車窓をのんびり眺めて、駅弁をほおばり、気の合う友人や家族とおしゃべりする時間も奪われてしまう。

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