気まぐれ徒然かすみ草

近藤かすみ 

京都に生きて 短歌と遊ぶ

箸先にひとつぶひとつぶ摘みたる煮豆それぞれ照る光もつ

水の切先 𦚰中範生 本阿弥書店

2021-04-15 01:21:57 | つれづれ
いのししを撃つ銃声のとよもして山の地蔵の貌翳りたり

焼酎に漬けんと洗い置く梅が午前三時の厨に匂う

蜜柑園の斜面に落暉と切り結ぶスプリンクラーの水の切先

はらわたを蟻に与えてなお耀(ひか)るたまむしの殻 夏がゆくなり

製油所のチャイムの遠く聞こえくる六十余年変わらぬ「家路」

投げて打ち刺殺挟殺と死を数え一点多くとるのが野球

みかん一個採れば一個の朱が消え産地はゆっくり冬へかたむく

さくら散らす風のすさびも見てござる地蔵はさらにお目を細めて

宰相に似たる阿羅漢さがしおり頭のひとつも叩いてやらん

間引かれて残る実あおきを抱く樹々「有田みかん」がしずかに育つ

(𦚰中範生 水の切先 本阿弥書店)

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「林間」「象」所属の𦚰中範生の第四歌集。有田みかんへの愛の溢れる農の暮らしが綴られる。わたしにとってみかんは買ってくるものだ。経験したことのない労働と生活を知ることができた。「脇中」と思い込んでいたが、よく見ると「𦚰中」なのである。刀を三つ重ねた「𦚰」。字の違いを言い始めると厄介なので達観してられるのだろう。お人柄がわかる気がする。