その後の『ロンドン テムズ川便り』

ことの起こりはロンドン滞在記。帰国後の今は音楽、美術、本、旅行などについての個人的覚書。Since 2008

一読の価値あり: 安倍晋三 (著), 橋本五郎 (その他), 尾山宏 (その他), 北村滋 (監修)『安倍晋三 回顧録』(中央公論新社、2023)

2023-08-10 11:00:24 | 

安倍さんの回顧録ということで興味深く読んだ。

編集面と内容面、それぞれにおいて、良かったと思うところと、がっかりのところがあり、読後はミックスした感想となった。

まずは、編集面においては、こうした首相の回顧録を出版したということ自体が貴重で価値があると感じた。日本の首相が、辞任後時間をおかず、自分の言葉で自分の政策やその結果を振り返って公にするというのはこれまで例が無いそうである。当事者としての思い、状況を知ることができるのは、歴史の記録としても非常に大切だと思うし、われわれ国民としてもありがたい。

逆に、安倍さんの在任期間の長さは、実行・実現してきた政策の幅広さを考えると、あまりにもインタビュー(もしくは掲載部分のインタビュー)が表面的で深みに欠ける。次から次へのトピックが移り、掘り下げが浅さは否定できない。更問が弱いので、本人が言いたいことを話して終わりになっているケースがほとんどに見える。本人が言いたくないことを引き出すのが、この手のインタビューの妙だと思うが、本書は到底そのレベルには達していない。(まあ、官邸スタッフだった人が監修としてチェックしてるから、こうなるのは当然と思うが・・・)

内容面において、良かったと思うこととしては、在任中の報道だけでは見えてなかった安倍内閣の裏舞台を知ることができたこと。例えば、安倍さんの毛並みの良さのメリット。外交面での交渉や海外トップ達との関係構築に現れるし、国内では人の使い方にも出ている。また、安倍さんを支えた菅さん、麻生さん、秘書官たちの動きの重要性も興味深い。首相の意思決定のプロセスが垣間見れる。

安倍さんの官僚不信はとりわけ印象的だ。財務省に対しては特に凄まじい。森友の文書問題も、安倍下ろしのための財務省の策略の可能性とする発言には唖然とした。文書が捨てられた今となっては検証できない仮説になってしまったが、真実を知りたいものである。

がっかりは、安倍さんの思考や行動の癖が改めて確認できたことだろうか。在任中、政策的というよりも言動的(例えば、国会でのヤジに現れるような幼稚な姿勢)について、私自身はアンチ安倍だったのだが、インタビューでの語り口に触れて、改めて、やっぱりこういう人だったのだなと感じられた。深く考えるというより、(時にリーダーとしては必要な資質かもしれないが)思い込んで突き進むタイプであり、思考的な深みや教養は感じられない。人の器としても、(政治の世界で生き抜くためには、「敵」と「味方」の見極めが生死を決するのは理解しつつも)味方には優しいが、敵には徹底的に厳しい姿勢は、国のリーダーの器として個人的に好きになれない。

最大のがっかりは、これは時系列的に致し方ないが、統一教会の話が全く出てこないことである。あれだけ、「美しい日本」や安全保障の重要性を繰り返していた安倍さんが、明らかに日本の国家利益に反する活動をしている(公言している)統一教会を支援したのか。(これは安倍さんに限ったことでなく、多くの自民党議員に言えることだが)言行不一致も甚だしい。どんなに格好の良いことを言っても、足元で真逆なことを行っている人を、どうして信頼できるだろう。

天皇退位や元号の背景、保守論客との関係、など、新たに知ったこと多数。いろんな思いが浮かんだ一冊だった。計36時間のインタビューというから相当数の部分がカットされているだろう。完全版を出して欲しい。

いろんな思いは行き来するが、政治学、現代政治史の活きたテキストとして、非常に価値ある一冊だと思う。

 


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