ニューヨークの想い出

ニューヨーク生活20年間の想い出を書いていこうと思います。

927、エバーグリーン

2010年09月30日 | Weblog
ワシントン州は「エバーグリーン・ステート」と呼ばれているように、松などの常緑樹が多く緑豊かです。
これ等の木は山に森を作っていますが住宅街がある平地にも広がっています。
自生する木をそのまま残し家を建てているところが多く、樹齢何百年かと思われる大きな木が庭に何十本もある家もあります。
これ等の木は景観を保ち癒されますが、時に大きな被害をもたらすこともあります。
2006年の大ストーム(大嵐)では庭の木が何十本も倒れ、ぺちゃんこになった家もありました。
私はこの時、ちょうどシアトルに行っていたので、被害をつぶさに見ました。
3、根こそぎ」を参照
下の写真にあるように、マイクロソフト社の広大なキャンパスもこれ等の木々の中にあります。

ワシントン州には草原や、緑の少ない砂漠地帯などもあり変化に富んでいます。
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926、バスケット・ボール

2010年09月29日 | Weblog
アメリカで最も競技人口が多いスポーツはバスケット・ボールです。
ボール1個で気軽に遊べるので、公園やちょっとした空き地では子供たちがボールを持って遊んでいます。
住宅街を歩いていると庭にバスケットがある家をよく見ます。
写真はスポーケンの住宅街で撮ったものです。

220、黒人選手は何処へ」の写真はマンハッタンの公園です。

速報:昨日のブログ「925、伊達・シャラポワ破る」で伊達選手が30代最後の日にシャラポワを破る(27日の試合)、と書きましたが、昨日28日40歳の誕生日にダニエラ・ハンチュコバ(スロバキア)を破り、まだまだ世界のトッププロと互角に戦えることを証明しました。
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925、伊達・シャラポワ破る

2010年09月28日 | Weblog
有明コロシアムで行われている「東レ・パンパシフィックテニス」2日目の27日、シングルス1回戦でクルム伊達公子は、7-5、3-6、6-3で昨年の覇者、マリア・シャラポワ(ロシア)を下し、初戦を突破しました。
伊達のこの大会での勝利は優勝した1995年以来です。
伊達は1970年9月28日生れ、この日は30代最後の日で「こういう日に、ベストパフォーマンスの試合ができたのはうれしい」と語っています。
復帰後の伊達を見ていて、改めて彼女のすごさを感じます。
日本人の女子テニス選手として、初の世界ランキングトップ10入りを果たし、自己最高は4位(1995年11月)でした。
「ライジング・ショット」の名手として知られています。
これは、相手の打ったボールが自分のコートでバウンドした直後の上がり端を打ち返す非常に高度な技術です。
4大大会で女子シングルス準決勝(ベスト4)に3度進出し、これを含めて4大大会でのベスト8入りは6回で、世界のトッププロと互角に戦っていました。
1994年には日本人選手として初めて女子テニスツアー年間最終戦の「バージニア・スリムズ選手権」に出場権し準決勝まで進出しました。
当時のバージニア・スリムズ選手権は、世界ランキング16位以内の選手のみに出場資格が与えられる、トップ選手の大会です。
マディソン・スクエア・ガーデンで「バージニア・スリムズ選手権」が行われていた頃は何度か見に行きました。)

しかし、伊達は1996年9月24日に現役引退しました。
これを聞いたとき「なぜ?、まだ早い。」と思いました。
25歳はテニス選手としては最盛期で、さらに強くなる年齢でした。
それから12年後の2008年4月6日、現役復帰を決意し37歳でプロ復帰します。
その理由を「世界と戦うためではなく、若い選手へ刺激を与えるため」と語っています。
復帰後も世界のトップ選手と互角に戦い2010年 5月25日、全仏オープン1回戦で第9シードのディナラ・サフィナ(ロシア)に 3-6, 6-4, 7-5 で逆転勝ちします。
伊達にとって4大大会での勝利は、準決勝に進んだ1996年のウィンブルドン以来14年ぶりでした。
全仏女子オープンにおける39歳7カ月での勝利は、1968年以降の同大会で歴代2番目の記録です。

キム・クライシュテルスは2007年5月6日に現役引退を表明しました。
2009年に現役復帰をした彼女は2009年と2010年の全米オープンで連覇します。(2005も優勝)
912、7人目の生涯グランドスラム」を参照
クライシュテルスの場合は2年で復帰しましたが、伊達の12年は遅すぎました。
もし、1996に引退しなかったら、引退しても2~3年で復帰していたら、日本人初の世界ランク1位、日本人初のグランドスラム優勝もあったのではないかと想像してしまいます。
905、エアK」で錦織選手は苦戦しても勝つ、と書きました。
伊達選手はその技術で相手を翻弄し勝ってしまいます。
今年の「東レ・パンパシフィックテニス」も、若手の森田あゆみ選手や奈良くるみ選手は善戦しますが敗退してしまいます。
今日40歳になる伊達選手はシャラポワ相手に7―5、3―6、6―3で競り勝ち、日本勢でただ一人2回戦に進出しました。

伊達の活躍は日本人女子選手に影響を与え、多くの日本人が世界に出て行きました。
1995年の全米オープンでは8人の日本人選手が本戦に直接出場するなど、日本勢全体の活躍が目立った時期でした。
伊達の引退後は杉山愛が日本女子テニス界をリードし、活躍しました。
44、日本人パイオニア」で井上悦子選手を日本人選手の先駆者で、大リーグの野茂英雄選手に匹敵する、と書きましたが、伊達選手はイチローに匹敵するかも知れませ。
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924、ライラック

2010年09月27日 | Weblog
スポケーン市は、ライラックの街とも呼ばれています。
住宅街や公園にはライラックが植えられていてあちこちで見かけ、ゴンザガ大学のキャンパスにもありました。
私が行った5月中旬は花の盛りで、白や紫色の花が咲いていました。
ライラックの呼称は英語で、フランス語でリラとも呼ばれ、香りがよいので香水の原料にもなっているようです。
花言葉は友情・青春の思い出・純潔・初恋・大切な友達など。
そういえば「リラの花咲く頃」という曲がありました。
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923、ゴンザガ大学

2010年09月26日 | Weblog
ワシントン州で有名な大学といえばシアトルにあるワシントン州立大学(University of Washington)ですが、スポーケンにはゴンザガ大学(Gonzaga University)という名門大学があります。
1887年創立で、大学名は16世紀に活躍した聖アロイジアス・ゴンザガに由来しています。
全米でも代表的なカソリック系大学の1つで、大学ランキングでは常に上位にランクされています。
学問的水準の高さには定評があり、キリスト教精神にのっとった地域に貢献するボランティア活動、組織や社会でリーダーシップとる人物を育成して社会に貢献する人材を育てることを目指して設立されました。
スポーツの強豪校としても知られています。

木々と芝生緑が美しい131エーカーの広大なキャンパスには94棟の建物が点在していています。
大きなチャペルには圧倒され、全景を撮ろうとしましたが上の方が欠けてしまいました。(下の写真)
中は荘厳な雰囲気でステンドグラスが印象的です。
最も有名な卒業生、俳優のビング・クロスビーの名を冠した「CROSBY STUDENT CENTER」には彼にまつわる記念品が展示されています。
中にはレストランや映画館などもあり学生たちの憩いの場になっているようです。
(この日は閉まっていて中に入れませんでした。)
入口近くにビング・クロスビーの銅像が建っていました。
655、クリスマス・イブ」の1、White Christmasを参照
訪ねたのは5月16日ですが、すでに夏休みで学生の姿はほとんどありませんでした。

732、ジョン・レノン・ミュージアム閉館へ」で書いたキース君はこの大学に入りました。
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922、10年連続200本

2010年09月25日 | Weblog
マリナーズのイチロー選手が23日(現地時間)、トロントでのブルージェイズ戦で、10年連続シーズン200安打を達成しました。
あと2安打としていたこの日、三回に左翼線二塁打を放って王手をかけ、五回に200本目のヒットをセンター前に放ちました。
電光掲示板に「10年連続200安打」と表示されると、敵地にもかかわらず、観客はスタンディング・オベーションで拍手を送り、イチローは帽子を掲げて答えました。(写真)
日本からの熱心なファンも多く、偉業をたたえていました。

日米通算3500安打の記録を達成したときは本拠地、セイフィコ・フィールドでの達成にもかかわらず何もありませんでした。
イチロー自身、セレモニーを断ったそうです。
これは、日米通算という記録が大リーグの記録ではなく、あくまでも参考記録だからです。
例えば、韓国のプロ野球リーグでホームランを量産した選手が日本のプロ野球で活躍し、日韓のホームラン数が王選手の868 本を超えたとしても日本記録とは言われないのと同じです。
イチローがピート・ローズのメジャー記録、4256安打を破っても大リーグ記録にはならないでしょう。

しかし、10年連続200本以上の記録は、間違いなく「大リーグ記録」です。
昨年9年連続200本安打を記録し、100年以上前に記録された8年連続を破りました。
10年連続は今後100年は破られないでしょう。(イチローが来年11年連続を記録する可能性大)
4256安打の大リーグ記録を持つピート・ローズもシーズン200本安打を24年間で10回記録していますが連続ではありません。(1965、1966、1968、1969、1970、1973、1975、1976、1977、1979年)
イチローは大リーグ移籍1年目の2001年から毎年200本以上打っていて、そのすごさが分かります。
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921、バイソン・バーガー

2010年09月24日 | Weblog
リバーフロント・パーク近くのレストランでバイソン・バーガーを食べました。
バイソン肉を使ったハンバーガーです。
炭火でカラッと焼かれているので臭味はなく、歯ごたえがありました。
ハンバーガーにフレンチ・フライは付き物です。
アメリカから帰ってすぐの頃、マクドナルドで「フレンチ・フライ」と言って注文したら、店員が不思議そうな顔をしていました。
日本では「フライド・ポテト」と言うことを知りました。


*バイソン:ウシ科の動物でアメリカヤギュウとも呼ばれています。
体高1.5メートル、体重700キログラムの大型で雌雄とも角(つの)があります。
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920、バーベキュー

2010年09月23日 | Weblog
919、キャンプ場で」アメリカでのバーベキューはハンバーグやホットドックが定番だ、と書きましたが、長女の夫の両親の家でバーベキューをしました。
ハンバーグは巨大で直径15cm、厚さ5cmくらいありました。
これを平べったいパンに挟んでオニオンやレタスなどをのせ、ケチャップをつけて食べます。
853、特大ホットドッグ」で、マクドナルドのハンバーガーにクオーター・パウンドというのがあり、大きい肉の代名詞として使われている、と書きましたが、上のハンバーガーは2パウンドくらいありました。(クオーター・パウンドの8倍)
ちなみに、アメリカのマクドナルドでは、3クオーター・パウンドのハンバーガーを販売する予定だと聞きました。

ピクルスは付きもので、私もアメリカにいたころよく食べていました。
日本でも輸入食料品店で買って時々食べます。
今回、シアトルのスーパーでピクルス用のCucumber(キュウリ)の種を買ってきて畑で育てましたが、気候が合わなかったのか、猛暑のせいか、よく育ちませんでした。(数本収穫)
859、メキシコ料理」などでも書きましたが、アメリカの食べ物は大きく、量が多いので肥満の人が多いのも納得。
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919、キャンプ場

2010年09月22日 | Weblog
916、スポーケン川」や「918、カヤック」のスポーケン・リバー周辺はキャンプ場になっていて何十台ものキャンピング・カーが停まっていて、バーベキューをしていました。
日本でバーベキューというと焼肉がメインですが、アメリカではハンバーグやホットドックが定番です。
キャンプ場には遊歩道があり、その周辺にはいろんな草花がありますが、ひまわりに似た小さな花が群生していました。
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918、カヤック

2010年09月21日 | Weblog
「916、スポーケン川」の橋から山を登ると崖の上にでます。
崖の上からはスポーケン川がはるか下に見え、激流の中カヤックが2艇下っていきました。
対岸の崖の上には家が見えました。(赤丸)
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