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アジアと小松

アジアの人々との友好関係を築くために、日本の戦争責任と小松基地の問題について発信します。
小松基地問題研究会

「道徳教科書」について考える (2017.6)

2017年06月25日 | 教育、憲法、報道
「道徳教科書」について考える

 6月16日から、小学生のための「道徳教科書」(1~6年生)8社48冊が展示された。限られた時間で、すべてをチェックするのは困難なので、5年生と6年生にかぎって見た。それでも16冊である。

▼上下関係の絶対化
 おおざっぱに見て、体制順応型の人物や物語で埋められている。いくつかのジャンルに分けてみると、最も多いのがアスリートである。スポーツこそが上意下達・体制順応型の人格を形成するのに格好の教材だからだ。そのなかには、「文科省道徳読物資料」から引用した『剣道(人間をつくる道)』という教材があって、そこでは、「正座、立ち方、礼の仕方」が無批判にたたきこまれることを是としている。
 国際線客室乗務員の物語の中にも、「真のおじぎ(45°)=尊敬」「行のおじぎ(30°)=目上の人へ」「草のおじぎ(15°)=知り合いへ」と、華道、書道をも引き合いに出して、上下関係を絶対視する思考をすり込んでいる。

▼競争社会で勝者に
 「教育出版」の5、6年生版を見ると、実業者が多く出演している。渋沢栄一、豊田喜一郎(佐吉)、松下幸之助、石橋正二郎である。他の教科書には見られない特異性を見せている。資本主義社会のなかで、「努力」をとおして、競争に勝ち抜いていく姿を描いている。アスリートの登用と同様、勝者をお手本にして、敗者を賤しめる価値観を肯定する教科書である。
 『下町のボブスレー』もオリンピックの勝利のために、町工場が努力を重ねる物語であるが、そのボブスレーに乗る安倍首相の写真を使っている。森友学園や加計大学獣医学部問題に現れているように、歴代首相のなかでも、最も汚れた安倍を子どもたちのお手本にしようという非常に下劣な意図を持って教科書がつくられている。
 「教育出版」は新渡戸稲造を平和主義者のように描いているが、実は台湾総督府で糖業資本のために働いており、その陰で台湾人民は貧困にあえいでいたのだ。

▼腰が引けている反差別
 差別問題で共通しているものはリンカーン、キング牧師、マリアン・アンダーソン、ローザ・パークスなど海外の差別問題が紹介されているが、日本人では、ハンセン病とアイヌ差別が取り上げられているだけで、最も重要な差別については一切触れられていない。人物としては、松本治一郎や北原泰作が取り上げられ、作品としては『橋のない川』や『破戒』で問題提起しても良いと思う。
 この間、在日朝鮮人にたいするヘイトが横行し、これにたいするカウンターではね返してきた。しかし、今やヘイト知事まで生まれている。石川県知事の谷本正憲が「北朝鮮国民を餓死させるための経済制裁を」と発言し、各方面から批判されて、形ばかりに「謝罪」したものの、その「制裁」発言は取り下げていない。
 まさに、日本社会を上から下まで蔽っている現実の差別に向きあうことなく、差別問題を扱ったかのように誤魔化そうとしている。(アメリカなどの黒人差別、ヒスパニック系の差別はトランプ政権の下でより深刻になっている)
 インド独立運動を指導したガンジーが南アフリカ滞在中にインド人差別を撤廃させたことが取り上げられているが、インド国内のカースト制度を批判・改善しなかったといわれている。

▼自由民権運動の抹殺
 明治維新過程に排出した人物が多く紹介されている。吉田松陰は倒幕・王政復古を唱え、近代天皇制への道筋を開いた人物である。西郷隆盛の座右の銘「敬天愛人」を引用しているが、「常に尊敬の念を忘れない」という意味であり、「今も私たち現代の日本人の心の中に生きている」と上下関係の絶対性を肯定的に評価している。
 坂本龍馬については「外国の力を払いのけ、天皇を中心にした新しい国づくり」をした人物として評価し、現代天皇制を「新しい日本」として描いている。
 他方、明治初期に天皇制ではなく民主政体をめざした自由民権運動があったことを教える教材がない。「東京書籍」に、田中正造を紹介しているのだが、自由民権運動の荒々しく新鮮な息吹のなかに子どもたちを連れていくのではなく、平板な「差別や偏見のない公正・公平な態度」のための教材に低められている。しかも足尾銅山が「豊かな国づくりにとって必要なものでした」と、「必要悪」とプラス評価し、鉱毒事件の被害実態も明らかにしていない。
 明治維新で、天皇制を選択したことが、その後の日本の進むべき道を誤らせたというメッセージが1つもない。

▼人権を取り上げる少数派
 「光村出版」は5年生版で「子どもの権利条約」から1部を引用している。第2条では、「児童又はその父母若しくは法定保護者の人種、皮膚の色、性、言語、宗教、政治的意見その他の意見、国民的、種族的若しくは社会的出身、財産、心身障害、出生又は他の地位にかかわらず、いかなる差別もなしにこの条約に定める権利を尊重し」と明確に規定されており、子どもたちに人権と正面から向きあうことを求めている。
 6年生版では「世界人権宣言」(全条文)を引用している。特に第30条「この宣言のいかなる規定も、いずれかの国、集団又は個人に対して、この宣言に掲げる権利及び自由の破壊を目的とする活動に従事し、又はそのような目的を有する行為を行う権利を認めるものと解釈してはならない」を重視している。
 すなわち「自由と権利」の名目による「差別(発言)」を野放しにしてはならないと、ダメ押しをしているのである。非常に重要な確認点である。
 その上で、「差別のない社会をめざす」を見出しとして、未だに、在日外国人200万人への差別が現存していることを指摘している。具体的に、家をさがす時、職場で、市役所で、電車やバスでの事例を挙げ、差別を許さない社会をめざすことを訴えている。
 他方、「廣済堂あかつき」5年生版にある「権利と義務」の項目で、権利についてはほとんど具体的記述がなく、義務になると途端に能弁になって、「約束」「きまり」「規則」「法律」について記述されている。まさに、権利をダシにして、義務を押しつけるという、最悪のパターンである。

▼侵略戦争の反省がない
 今回展示されている「道徳教科書」は本当に、かつて日本が犯した侵略戦争の反省をしているのか、非常に疑わしい。ノーベル平和賞受賞者(ワンガリ・マータイ、マララ・ユスフザイ)が取り上げられているが、ノーベル平和賞の欺瞞性を見抜かねばならない。身近にいる日本人でノーベル平和賞を受賞した佐藤栄作を取り上げてみるがいい。受賞の理由に、沖縄復帰を平和的に実現したとか、非核三原則を実行したなどと言われているが、沖縄問題はその後より深刻な問題に逢着しているし、沖縄本土復帰の裏には核持ち込みの密約がある。
 マララ・ユスフザイさんの受賞にしても、本人の誠実さと授ける側の政治的意図の間には深いみぞが見透け、ヨーロッパ社会の価値観の押しつけを感じる。
 平和を語る時は、戦争(犠牲)の反省から始まるのだ。歴史修正主義者からの「自虐史観」という批判をはね返すことができるような教材が必要だ。たとえば「東京書籍」に、「白旗の少女」が取り上げられているが、日米両軍の戦争犯罪としての沖縄戦を正面から見すえるのではなく、「国際親善」として書かれていることに違和感を感じる。

▼復古主義を支える伝統
 安倍道徳と言える、復古主義がどの教科書にも満載されている。柔道、相撲、おりがみ、法隆寺、正倉院、剣道、武士道、華道、茶道、和太鼓、富士山などを「日本の伝統や文化」として、自己賛美に陥っている。
 そもそも、柔道は警察などで治安対策的観点から取り入れられており、学校教育を通して全国化していった。
 マッサージ師の加瀬三郎が「このままでは働くだけのつまらない人生」から折り紙をはじめるのだが、マッサージの仕事を否定的に扱い、「日本で生まれた紙の芸術」によってユダヤ人とパレスチナ人の子どもたちを仲直りさせたなどと牽強付会の見本ではないか。パレスチナ問題の本質を覆い隠して、うわべだけの和解を賛美している。

▼いくつかの物語
 多くの教科書にユーゴーの『レ・ミゼラブル』が採用されている。銀の食器を盗んだジャンバルジャンに「正直な人間になるために役立たせること」を約束に、罪を問わなかった司祭の態度(相手を許す心)を評価している。だが、『レ・ミゼラブル』をここで終結させてはならず、その後ジャンバルジャンは階級社会の矛盾に怒り、フランス革命(1932年6月蜂起)に参加していくところが最大のテーマである。「続きを読もう」と呼びかける教科書こそが子どもたちに進歩を保障するのではないだろうか。
 『うばわれた自由』も多くの教科書会社が採用している。ある国の森は日没から日の出まで狩猟が禁止されていたが、その禁を破ったジェラール王子を咎めた森番が逮捕されて牢屋に入れられた。後日、わがままな王子が王になり、世の中が乱れ、クーデターが起きて逮捕され、牢屋につながれ、入れ替わりに森番が釈放されるという物語である。
 「責任ある行動の大切さ」を教える教材だが、これを読んでいて、子どもたちに意地悪な質問をしたくなった。「この国でジェラールに似た人はいないか?」と。答はいうまでもない安倍晋三だ。
 さらに『ブランコ乗りとピエロ』では、相互尊重がテーマで、立場、考え方の異なる2人が互いに理解するようになっていくという物語だが、これも一方的に我を張り、押し通す安倍晋三や菅義偉に聞かせたいものである。
 『青の洞門』は菊池寛の『恩讐の彼方に』を編集した作品である。江戸時代の「主殺し」を犯した家来にたいする「仇討ち」からはじまる物語であるが、今で言う「私刑」を正義として美化しており、決して否定されていない。何故「従」が「主」を殺すに至ったのかの考察が欠落しており、頭から主従(上下)関係のなかで物事を考えさせようとしており、今日的には非常に無理のある教材である。

▼最悪の選択は避けよう
 以上、大急ぎで小学5、6年生版「道徳教科書」を見てきたが、「道徳」とは、今日的価値観の追認のためのエセ学問に過ぎなく、それほどの違いはなく、そのなかでも最悪の教科書は実業家への道を奨励し、安倍晋三を喜ばせ、長嶋茂雄と天皇をセットにして押し出している「教育出版」であろう。その対極にあるのは、子どもの権利条約、世界人権宣言を心棒にしている「光村図書」ではないだろうか。
 来年度から、子どもたちは「道徳教科書」を手にすることになるが、教育労働者が子ども達とともに子どもの権利条約、世界人権宣言から学ぶ機会を得られる教科書を選択してほしいものである。

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【資料1】道徳教科書8社の5,6年生版に登場する人物
【哲学者】ルソー、木下順庵、【実業家】渋沢栄一、松下幸之助、豊田喜一郎(佐吉)、石橋正二郎、【研究・教育者】中谷宇吉郎、スチーブ・ジョブズ、牧野富太郎、遠藤謙、西岡京治、南方熊楠、アニー・サリバン、新渡戸稲造、【作家】宮沢賢治、手塚治虫、正岡子規、ユーゴー(ジャンバルジャン)、【画家】奥村土牛、豊田三郎、ミレー、ピカソ、棟方志功、【音楽家】徳永兼一郎、ベートーベン、辻井伸行、マリアン・アンダーソン、【医師・看護師】野口英世、山中伸弥、緒方洪庵、杉田玄白、小川笙船、大村智、ナイチンゲール、井深八重、【宗教者】鑑真和上、キング牧師、マザーテレサ、【政治家】リンカーン、田中正造、ガンジー、【明治維新前後】坂本龍馬、西郷隆盛、吉田松陰、勝海舟、杉原千畝、石井十次、【江戸時代以前】聖徳太子、二宮金次郎、伊能忠敬、千利休、青砥武平次、【皇族】天皇、皇后、ブータン国王、【障がい者】加瀬三郎、ヘレンケラー、佐藤真海、クリスムーン、辻井伸行、【ノーベル賞】マララ・ユスフザイ、マザーテレサ、大村智、ワンガリ・マータイ、【反差別】ローザ・パークス、キング牧師、マリアン・アンダーソン、宇佐照代、山内きみ江、【アスリート】イチロー、吉田沙保里、大谷翔平、鈴木明子、上野多岐子、長嶋茂雄、秦由加子、佐藤真海、浅田真央、内川聖一、三浦雄一郎、内村航平、羽生結弦、荒川静香、山下泰裕、錦織圭、本田圭佑、森下洋子、【その他】西岡常一(宮大工)、小島龍太郎(ジャーナリスト)、村山聖(棋士)、春風亭昇太、和田重治郎(探検家)、(注:重複、欠落あり)


【資料2】教科書会社別登場人物など
<東京書籍5年、6年>
加瀬三郎(おりがみ)、ベートーベン、イチロー、宮沢賢治、順庵(儒学)、ピカソ、白旗の少女(沖縄)、辻井伸行、田中正造、手塚治虫、坂本龍馬、西郷隆盛、東京大空襲、ジャンバルジャン

<学校図書5年、6年>
ナイチンゲールと井深八重、土俵築、法隆寺(宮大工・西岡常一)、聖徳太子、青砥武平次、吉田さほり、マリアン・アンダーソン(声楽家・黒人差別)、ブランコ乗りとピエロ、西岡京治(ブータン)、正岡子規、関東大震災(小島龍太郎)、「奪われた自由」、加瀬三郎(おりがみ)、二宮金次郎(草鞋)、剣道(人間をつくる道―礼)、正倉院、エルトゥールル号、米百俵、青の洞門、ジャンバルジャン、千年の糸=正倉院=皇后、森下洋子(バレー)

<光村図書5年、6年>
大谷翔平、徳永兼一郎(チェロ)、ナイチンゲール、「奪われた自由」、ブランコ乗りとピエロ、山内きみ江(ハンセン病差別)、子供の権利条約、世界人権宣言、小川笙船(文科省編)、鈴木明子(スケーター)、マザーテレサ(ノーベル平和賞)、高橋みるみ(タレント)、杉原千畝、牧野富太郎(植物分類)、西岡京治(ブータン)、ローザ・パークスとキング牧師(黒人差別)、エルトゥールル号

<教育出版5年、6年>
渋沢栄一、大村智、新幹線開発、上野多岐子(ソフトボール)、長嶋茂雄と天皇、ジャンバルジャン、豊田喜一郎(佐吉)、西岡京治(ブータン)、キング牧師、下町のボブスレー(安倍)、稲むらの火、和田重治郎(探検家)、秦由加子(障がい者選手)、杉原千畝、松下幸之助、新渡戸稲造(『武士道』)、山中伸弥、野口英世、米百俵、棟方志功、勝海舟(+西郷)、村山聖(棋士)、石橋正二郎(ブリジストン)、宇佐照代(アイヌの誇り)、徳川家康、奪われた自由

<日本文教出版5年、6年>
手塚治虫、中谷宇吉郎、緒方洪庵、ヘレンケラー+アニーサリバン、奪われた自由、和太鼓、佐藤真海(「障がい者」アスリート)、春風亭昇太、東京オリンピック+国旗、伊能忠敬、ワンガリ・マータイ(ノーベル平和賞)、杉原千畝、青の洞門、エルトゥルル号、山中伸弥、ブランコ乗りとピエロ、剣道(人間をつくる道)、正岡子規、豊田三郎(杉の画家)

<光文書院出版5年、6年>
人工衛星はやぶさ、浅田真央+吉田沙保里+佐藤真海、ガンジー、おじぎ(真=45°、行=30°、草=15°)、文化遺産(広島ドーム、富士山)、内川聖一(野球)、ミレー+ルソー、マララ、奪われた自由、三浦雄一郎、青の洞門、鑑真和上、遠藤謙(ロボット研究)、ブランコ乗りとピエロ、吉田松陰(伊能、洪庵)、千利休、杉原千畝、マザーテレサ、最後のひと葉

<学研5年、6年>
ワンガリ・マータイ(ノーベル平和賞)、ブータン国王、内村航平(大層)、牧野富太郎(植物学)、手塚治虫、「障がい者」アスリート、西川常一、新渡戸稲造、奪われた自由、ジャンバルジャン、子供の権利条約、羽生結弦+荒川静香(スケーター)、柔道(山下)、リンカン(奴隷解放)、マザーテレサ、大村智(ノーベル医学賞)、小川笙船、ブランコ乗りとピエロ、南方熊楠、ラグビー

<廣済堂あかつき5年、6年>
奪われた自由、奥村土牛(画家)、権利と義務、ヘレンケラー+アニー・サリバン、イチロー、西岡京治(ブータン)、山中伸弥、ジャンバルジャン、ブランコ乗りとピエロ、青の洞門、錦織圭、西岡常一、内村航平+本田圭佑+佐藤真海、杉田玄白(解体新書)、新渡戸稲造、スチーブジョブズ(PC開発)、マータイ

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