デラシネ(deracine)

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阪神・淡路大震災から18年…

2013-01-17 22:28:28 | weblog
今日1月17日は阪神・淡路大震災の発生した日。
18年前でした。

その発生した年に生まれた人たちがもう、高校を出るぐらいの年月が経っているんですね。

あの日は自分はセンター試験の2日後。
大変なことが起きていると、テレビに釘付け…
してもいられなかったですけどね。受験生だったので。

あれから18年が経ち、自分は生まれてから震災の年までと、
震災の年から今までと、丁度同じになりました。
18歳の時に震災があって、今36歳です。

そう考えると、生まれてから高校3年までの時間と同じだけ、
あの日から時間は流れているなんて信じられませんね。

阪神淡路の被災者の方々ならなおさらでしょう。
あっという間の18年だったと思います。
もちろん長い長い18年だったかもしれません。

東日本大震災からももうすぐ2年。
こうやって時間は過ぎていきます。

人間の一生なんてあっという間です。
地球滅亡だろうが人類滅亡だろうが、自分が死ねばそれまで。

明日もし死んでもいいだけの日々を過ごしていきたいものです。
死にたくはないけど(笑)

この阪神淡路と東日本と、わずか16年の間に2度も起こった巨大な震災が、
2度と起こらないように、祈るばかりです。

そしてすべての被災されて亡くなった方々に合掌。

体罰問題、その2。

2013-01-17 00:18:02 | weblog

前の記事でも書きました教師の体罰の問題ですけど、
(どうしてもこのあたりの話題になってしまうのですが)
ちょっと書き足りない部分があったので。
長いのでつまらないです。読まないほうが身のためです(笑)


まず、教師が体罰をやらなくても先輩後輩間ではもっとひどいのがあると思います。
先輩から後輩への暴力、これも話題にはならなくても、各地でひどい状況にあるでしょうね。

少し前に某週刊誌で、かつてスポーツ界で活躍した人数名が
「自分はこんなに先輩からひどい扱いを受けていた」経験を語る記事がありましたが、
確かに厳しいことが並んでいましたね。野球、サッカー、ゴルフ、各界の有名人がいた学校です。



雑用や多少の精神的な修練はまだいいとして、睡眠不足になりそうなことについてはひどいと思いました。
眠る時間が少なくなるような行為は慎むべきだと思いましたね。
そんなしごきに耐えて1年生の間頑張った人はまだいいですが、
それに耐えかねて将来有望な選手が数多く去っていったのではないかと思うと、
日本のスポーツ界はその先輩からのイジメ?しごき?指導?暴力?で実は多くの人材を失っているのでは?
と思ってしまいます。

とはいえ、日本のスポーツ界の伝統みたいなもんですからね、
先輩から後輩へのイジメ?しごき?指導?暴力?理不尽?イジワル?は。
絶対にいけないけど。


でもね…指導者の体罰に話を戻しますが、
今回自殺者が出たことは確かに問題だけど、どこで線を引くかは難しいですよ。

かつて(私が小学校だったくらい昔)、
女子新体操ですごく強かった高校の指導の様子がNHKか何かで特集で放送されたことがあったんだけど、
優秀な指導者である年輩の女性の指導者が、
選手たちに非常に厳しい言葉で指導するわけです。
しかも、その話の間、選手たちはつま先立ちで立ってないといけない。
そのつま先立ちの様子が流れ、さらに先生の言葉がつらいのか、つま先立ちがつらいのか、
あるいは両方なのか、それとも感激してるのかわからないけど、選手たちは涙流しながら聞くんです。
記憶が正しければだいたいそんな内容の指導風景でした。

これは体罰ではないのでしょうか?
むしろその先生は優秀な指導者として放送され、讃えられています。
かなり前のことですから、時代は違う、で済んでしまうことでもありますが。

スポーツの強豪校では年間の休みが1日や2日なんて学校も珍しくない。
体罰はなくてもそこまでさせるのは行き過ぎとは言われないのか?
(もちろんそんな年が長い人生の間1度くらいあってもいいとは思いますが)

体罰は悪いとしても、では殴ったり叩いたりしなければ何をしてもいいのか、
そこは非常に難しい問題だと思います。
言葉で人は人を追い詰めることもできますし。
ただ、そういう行き過ぎた指導を改めるきっかけの1つとして、体罰撤廃がまずしっかり動けばいいと思います。


全然話は違うけど、かつてこのブログで、
仏教のある宗派の修行の1つに「9日間飲まず食わず眠らず」というのがあると紹介したことがありましたが、
これって仏教の修行だからいいのか?って疑問を私は持ちました。その時の記事は→こちら
(詳しく知りたい方は「堂入り」で検索してみてください)
それで仮に亡くなる方が出たら、それは修行でも何でもなく、
また仏教以外の例えば新興宗教とかがやれば世間は必ず非難するでしょう。でも仏教だからされない。

それはさておいても、
行き過ぎた行為と指導(宗教なら修行)は分けて考えなければならないと思います。
その線引きが非常に難しいところです。受ける側は有り難いと思うケースだってあるわけですし。
スポーツの指導においては指導もされず無視されたら終わり、ってこともありますし。

基準というか線引きは本当に難しいものです。


あと、本題からはズレるけど、
生徒側が先生を陥れようとして動くこともありますからね。(社会人でもあるけど。)
ある気に入らない先生の根も葉もない噂を学校に広める、
やってもいないことをでっち上げて先生を悪者に仕立てる。
今はネットだってあるからいくらでも書けますし、
そういうことだって起こっている以上、教師の体罰だけが問題ではないと思いますね。


私はどういうわけか社会人1年目から後輩を持ち(中途入社で自分の下が入ってきた)、
その後も今に至るまで部下・後輩がいなかったことはありませんでした。
小学校、中学校、高校、大学でも部活などでは必ず後輩がいました。
おかげでそのあたりの経験が何かと今の仕事でも役に立っている気がします。
後輩や部下を指導する能力も導く力も全然ありませんが、それらがいたことは大きな経験でした。

たまに職場で後輩ができても全然コミュニケーションが取れない先輩とか見てますが、
そういう人は大体それまでの人生であまり先輩×後輩の関係を持ったことがない人です。

やっぱり上下関係、教師・指導者と生徒・学生の関係、上司と部下の関係、先輩と後輩の関係、
これは大事ですよ。大事だからこそ、丁寧にやらないといけない。
暴力やイジメがそこにあっては、何もうまくいきません。
スポーツも会社も何でも同じだと思います。