■海辺の石段 / ジャッキー吉川とブルー・コメッツ (日本コロムビア)
一応、明日からは三連休になるんですが、なんだか最近は休んでばっかりの日本!
そんなふうに思っている皆様も大勢いらっしゃるに違いない!
と確信するサイケおやじは正直、高度成長の時代にがむしゃらに働き、前向きに生き抜いていた大人達の恩恵を受けていたわけですから、実は明日、おやじバンドの一員として老人施設への初慰問にも、妙に血が騒いでいる次第です。
で、その演目のひとつとして練習していたのが、本日掲載のシングル盤A面曲「海辺の石段」なんですが、ご存じのとおり、これが発売された昭和44(1969)年秋といえば、流石のブルー・コメッツも歌謡曲にどっぷり浸かりながら、新しい展開を模索していた時期ということで、今となってはムードコーラス?
なぁ~んて思われる仕上がりの中にも、斬新な試みを導入していたが、この「海辺の石段」でありました。
なにしろラウンジ系のオルガンイントロに絡んでくるのがシタール!?
と、思わずハッとさせられるのが、実は「電気仕掛の琴」だったという真相は、歌謡曲保守本流の曲メロとコブシの効いたボーカルの歌い回しを尚更に和洋折衷へと導く目論見だったと思います。
しかも演奏がストリングスを入れつつも、基本的にはバンドスタイルをメインにしているのですから、そこにブルー・コメッツの存在を強く感じますし、バックで印象的なキメになっているミステリアスな女性コーラスも良い感じ♪♪~♪
実は珍しくもブルー・コメッツと組んだなかにし礼の綴った歌詞が、海で死んでしまった恋人を想う……、せつなさも暗さもグッと堪えて忍び泣きみたいな世界なので、井上忠夫の書いた曲メロも内省的でありながら、結果的に後味の悪さが残らないように心がけた潔さがある感じでしょうか。
もちろん狙いどおりのヒットになったことは言わずもがな、それでも失速していたGSブームの中では、堂々と歌謡曲をやれる存在がブルー・コメッツの実力と魅力でありました。
言い換えれば、洋楽ロックがAORという新ジャンルを設定せざるをえなかった歴史と同じく、未だニューミュージックなぁ~んていう便利な言葉が無かった日本においては、歌謡曲の懐の深さが楽しめるというわけです。
ということで、今夜も練習に没頭予定のおやじバンドの演目は、十八番の「星降る街角」等々の昭和歌謡曲や不遜にも寺内タケシにリスペクトしたエレキインストの民謡メドレーを用意しているんですが、やっている側が一番楽しいというアマチュア精神を大切にするしかないでしょうねぇ、恥ずかしながら。
なんとかなれっ! てなもんです。
コメント感謝です。
>必殺シリーズにぴったりな感じ~
そこまでは思ってもみませんでした(微笑)。
「必殺」関連音源も以前に纏まってCD復刻され、友人が所有しているので、コピーを強請ってみようかと(自嘲)。
「なんとかなった」ことをお祈りするばかりです。
私自身、早晩、慰問される側になりそうですが、それでも2020年東京五輪までは、なんとか存命でありたいと、生きる決意を新たにしております。
寺内タケシ御大の民謡メドレー、いかにも年配の方々に喜ばれそうな選曲です。
数年前、御大のコンサートに初めて行った時、曲間のメンバー紹介タイムでのこと。
御大は、若手ギタリストのことを、「寺内タケシになりたかった男!」と、悪びれるでも照れるでもなく、大真面目で紹介されてました。そのあまりの堂々振りに、こちらの方が少し気恥ずかしい気分を味わった次第。
また、客席に向かい、「俺のレパートリーは○○千曲、なんでもリクエストしてくれ」と宣言された時は、指されたらどうしよう、と相当緊張しました。とっさに「ベックもクラプトンもやっている『オーバー・ザ・レインボー』と言おう」と決心しましたが、後から考えると、場違いな発言で、御大から、頭ハタカレテいたかもしれません。
当てられなくて、良かったです。
ブルコメと関係ないことで、すんまへん。
コメントありがとうございます。
自分達よりも人生の先輩諸氏の前で歌や演奏をやれる機会は、なかなか気持ち良い緊張感がありました。
おかげさまで民謡エレキメドレーや日本語詞によるオールディズカバー等々も含めて、暖かい拍手をいただけたことは、望外の喜びでした♪
さて、寺内タケシ御大の凄さは、堂々の自信と実力があればこそ、誰も文句のつけようがありません。
その説得力は、この先も尊敬され続けると思っています。
>場違いな発言で、御大から
でも、説教されることも人生の勉強ですから、惜しいチャンスを逃したのかもしれませんよ(笑)。