OLD WAVE

サイケおやじの生活と音楽

水虫の思い出

2016-09-08 17:35:25 | 歌謡曲
水虫の唄 / ザ・ズートルビー (東芝)
 
水虫は未だ特効薬が無いとされるやっかいな病気らしく、苦しめられている皆様も大勢いらっしゃると思いますが、不肖サイケおやじも若い頃には大いに痛めつけられました。
 
なんたって高校生の頃からのバイク好きだったもんですから、17歳の夏には一丁前にライダーブーツもどきの革製長靴を履いていたのが運の尽きというか……。
 
実はそれは同じ趣味があったサイケおやじの亡父が、自分のバイク仲間から調達してきた由緒ある(?)ものだったんですが、もちろん中古というか、所謂「御下がり」ですからねぇ、そんなものを夏でも愛用していたサイケおやじが水虫に感染してしまったのも無理からん話でしょう。
 
もちろん、様々な市販薬や医者の処方箋にも頼ったんですが、ど~にも疼きが収まらずに過ごした青春時代でありました。
 
さて、そこで本日のお題は、そんなこんなの気持ちを代弁してくれたような日本の名曲「水虫の唄」でありますが、これが流行っていたのは昭和44(1969)年前後のラジオの深夜放送がメインで、掲載したザ・ズートルビーのバージョンの他、当時のニッポン放送の深夜番組「オールナイトニッポン」の人気DJだった亀渕昭信=カメと斉藤安弘=アンコーのデュエットバージョンが、なかなか人気を集めていましたですねぇ~~♪
 
サイケおやじと同世代の皆様であれば、思わず懐かしさが胸に蘇るんじゃ~ないでしょうか?
 
等々、何時もの独断と偏見ではありますが、とにかく親しみ易いメロディと皮肉っぽい歌詞のコントラストが大ウケだったわけで、特に甘~い青春の物語と水虫という厄介者を掛け合わせたコミックソングというには勿体無いほどの狙いが秀逸でしょう。
 
で、最初に全国的に知られたのは件のザ・ズートルビーのレコードでしたが、これがイントロからベートーヴェンの「田園」が用いられ、おまけに曲サビにはメンデルスゾーンの「春の歌」をそのまんまい使い回すという、本気のパロディ感覚が尚更に曲全体の覚えやすさを強調しているあたりは、今でも侮れない感覚だと思います。
 
そしてその作詞作曲は山田進一であり、さらにここでは補作詞:足柄金太&補作曲:河田藤作というクレジットが残されている事から、シングル盤ジャケットのパロディ性感度の高さを鑑みても、ザ・ズートルビーと名乗るグループは最初っから覆面プロジェクトだという推察も易いところでした。
 
結論から述べさせていただければ、これは説明不要と申しましょうか、フォーク・クルセダーズがその正体であり、楽曲そのものは、名前は失念してしまったんですが関西フォーク界の某学生グループのオリジナルだったそうで、そこに足柄金太=北山修と河田藤作=加藤和彦が手を加えて仕上げたものという真相があったのです。
 
ちなみにジャケ写に登場している4人組にしても、そう言われればあまり変装(?)になっていないフォーク・クルセダーズの3人に「正体不明の誰かさん」を交えてのバンドスタイルを強調した作りになっているのも、まさに「アングラ・ラブ・ソング」というキャッチコピーにはジャストミートですよねぇ~~♪
 
そこで気になる「正体不明の誰かさん」とは諸説ある中で、一番有力なのはその頃のフォーク・クルセダーズにイラストを提供していたデザイナーの小林勝氏と云われていますが、真相は如何に?
 
しかし、テレビ等々でフォーク・クルセダーズがこの「水虫の唄」を演じた事があったのかは、サイケおやじには記憶がありません。
 
というかザ・ズートルビー、つまりフォーク・クルセダーズのバージョンがヒットしたのは昭和43(1968)年秋頃からだったんですが、前述したとおり、翌年になると「オールナイトニッポン」のDJコンビ=カメ&アンコーが自分達のバージョンのレコードを流しまくり、それが何時しかオリジナルヒットの如き思い込みを誘発させてしまったような気がするんですねぇ……。
 
それはカメ&アンコーのバージョンには、どうにもホロ苦い「語り」のパートが入れられていた事にも大きな要素があったんじゃ~ないでしょうか。
 
また、サイケおやじは本当のオリジナルバージョンである、作者の山田進一が在籍していたという関西の某学生フォークグループのレコードは持っていませんし、その現物も見たことがないもんですから、そんなこんなもセールス面から判断するわけにもいかず、そこで個人的には掲載したザ・ズートルビーのバージョンに一番の愛着があるわけです。
 
ということで、最後になりましたが、現在のサイケおやじは水虫に悩まされることは全くありません。
 
つまり完治したと思うわけですが、その方法というのが、全くの偶然でありまして、それは学生時代の終わり頃、成り行きで就職が内定していた仕事先の手伝いというか、アルバイトの延長ではありますが、某所にあった薬品倉庫の整理に駆り出され、そこは薄暗く、しかも土足厳禁という所だったので、必然的に裸足で様々な薬瓶をあっちこっちに移動させたり、分類していたところ、どうにも床が何かで濡れていて、滑ったりするほどの湿気が!?
 
しかし、それが足に寄食していた水虫菌には大敵だったのでしょう、そこで10日間ほど働いていたら、何時の間にかサイケおやじの足から水虫が失せたようで、自然治癒とは申しませんが、以降はせっせと医者から処方してもらった薬を塗ったり、しつっこく足を洗ったりして現在に至っているというわけです。
 
う~ん、あの場所を湿らせていた液体の正体はなんだったのか?
 
それは現在でもサイケおやじの大きな疑問のひとつであり、もしもそれが分かったら、水虫の特効薬として大儲け出来るんじゃ~ないか!?
 
等々と夢想しているのでした。
コメント (7)
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