仕事のトラブルとか悪天候とか、イライラがストレスに変換していく場面とか、とかくこの世は住みにくいと感じる時、私はこのアルバムを聴きます。
もっともA面はNGですが――
■Get Up With It / Miles Davis (Sony)
マイルス・デイビスが一時活動を休止する寸前の1974年末に出されたオムニバス盤で、アナログでは2枚組でした。結論から言うと、全てが良いわけではありませんし、好き嫌いがはっきりしている作品だと思います。
つまりやっている音楽がゴッタ煮ですし、参加メンバーもグッチャグチャ、それでいて、ひとつの色合だけはなんとか守られているという、聴き方によっては、苦し紛れが快感に繋がっていくようなSM盤かもしれません――
A-1 He Loved Him Madly (1974年録音)
マイルスが敬愛していたデューク・エリントンを追悼して書いた曲ということになっていますが、そんなことはどうでも良いほど、私にはつまらない演奏です。それは隙間だらけの超スローな展開で、聴いていてイライラしてくるほどです。
演奏メンバーはマイルス(tp) 以下、デイブ・リーブマン(fl)、レジー・ルーカス(g)、ピート・コージ(g)、マイケル・ヘンダーソン(el-b)、アル・フォスター(ds) 等々、当時のバンド・レギュラーが中心になっていますが……。
思えばリアルタイムではエリントンの訃報とマイルスが来日するという吉報がリンクして、ジャズ喫茶ではこの面を聴かされることが度々でしたが、はっきり言って、地獄でしたねぇ……。
しかしプログレ好きの方にはウケルかもしれません。
B-1 Maiysha (1974年10月録音)
左チャンネルのギターの刻みがメジャーセブンス系のコードで、まず最高に気持ちが良いです。おぉ、これはマービン・ゲイでお馴染みの「ホワッツ・ゴーイン・オン」? なんて夢想するほど、快適なパーカッション、フィール・ソー・グッドなギター♪ そして不気味なオルガン! これはマイルスが弾いているんですが、たまりません。また、そこに何時の間にか入り込んでくるフルートが、これまたフワフワの気分にさせてくれます。
メンバーはマイルス(tp,org) 以下、ソニー・フォーチュン(fl)、ムトゥーメ(per)、レジー・ルーカス(g)、ピート・コージ(g)、マイケル・ヘンダーソン(el-b)、アル・フォスター(ds) がメインの演奏です。
マイルスは途中から十八番のワウワウ電気トランペットも吹いてくれますが、やはりリズム隊中心に聴いていると、身も心もウキウキ・フワフワしてくる、今の季節にドンピシャの演奏です♪
B-2 Honky Tonk (1970年5月録音)
ジャズロック期の未発表音源で、スティーヴ・グロスマン(ss)、ジョン・マクラフリン(g)、ハービー・ハンコック(key)、キース・ジャレット(key)、マイケル・ヘンダーソン(el-b)、ビリー・コブハム(ds) という、今では夢のメンバーがマイルスを支えています。
といってもマイルスはそれほど吹きまくっているわけではなく、あくまでもこの共演者の演奏に耳が奪われてしまう、ドロドロのブルースロックです。おぉ、マクラフリンがカッコイイ♪ マイルスも刺激を受けたか、生のトランペットで真っ向勝負してくる後半が強烈です。
B-3 Rated X (1972年9月録音)
マイルスがオルガンに専念したアフロビートの不気味な演奏です。プログレのようでもあり、土人の踊りの伴奏のようでもあり、またデジタルビートのダンス曲のようでもあります。つまり私が苦手といているパターンが全部詰まっているのですが、聴いていると意外に気持ちが高揚してくるという、自己矛盾が露呈させられてしまう曲になっています。
メンバーはマイルス(org) 以下、ムトゥーメ(per)、レジー・ルーカス(g)、マイケル・ヘンダーソン(el-b)、アル・フォスター(ds) 等々が参加しているらしいですが……。
C-1 Calypso Frelimo (1973年9月録音)
このアルバムの中では一番マイルスっぽい演奏です。
と言っても、それは当時のマイルス、つまり1973年に来日した頃のマイルスの演奏に近いということで、マイルスのラップっぽいブツ切れフレーズとワウワウの対比が最高な電気トランペット、ドカドカうるさいリズム隊、デタラメ寸前のギターの絡みが痛快です。
共演のメンバーは、デイブ・リーブマン(ts,fl)、レジー・ルーカス(g)、ピート・コージ(g)、マイケル・ヘンダーソン(el-b)、アル・フォスター(ds)、ムトゥーメ(per) 等々のレギュラーに加えて、ジョン・スタブルフィールド(ss) という頑固者が入っているようです。
D-1 Red China Blues (1972年3月録音)
とにかくファンキー・ブルース大会です♪ いきなりウォーレン・チェンバースの黒いハーモニカとコーネル・デュプリーのファンキーなリズム・ギターが演奏を作り出し、シャープなブラス隊が入って、ここで漸くマイルスがワウワウで泣きながら登場するのですから、もう、たまりません♪
もちろん演奏はドロドロにブルース、ソウル、ファンキーが煮込まれていきます。ちなみにドライブしまくりのエレキベースはマイケル・ヘンダーソン、キレまくりのドラムスはバーナード・バーディという豪華メンツで、一応ひっそりと参加しているアル・フォスターが???ですが、こんな最高の演奏が評論家の先生方からは分かり易いのが難点と酷評されたのが、リアルタイムの日本ジャズ事情でした。
D-2 Mtume (1974年10月録音)
マイルス(tp,org) 以下、レジー・ルーカス(g)、ピート・コージ(g)、マイケル・ヘンダーソン(el-b)、アル・フォスター(ds)、ムトゥーメ(per) という当時のレギュラー・バンドで演奏されています。もちろんタイトルどおり、最初ムトゥーメの打楽器が目立つのですが、それがいつしかドロドロした演奏に飲み込まれていくあたりに、この頃のバンドの勢いが表れています。
D-3 Billy Preston (1972年12月録音)
これもファンキー大会♪ もちろんタイトルどおり、天才黒人ミュージシャンのビリー・プレストンに肖った演奏ということでしょう。マイルス(tp) 以下、レジー・ルーカス(g)、マイケル・ヘンダーソン(el-b)、アル・フォスター(ds) というレギュラーに加えて、カルロス・ガーネット(ss)、セドリック・ローソン(key) 等々が参加しています。
ただし、このアルバムの中では当たり前すぎる演奏でしょうか、ちょっと冴えが感じられないと、私は思います。もちろんカッコイイんですけど……。
ということで、これはマイルスの諸作の中ではあまり目立たないアルバムですし、中身も好き嫌いが別れる編集方針ということで、名盤扱いにはされていません。しかし個々に聴くと抜け出せない魔力を秘めた演奏があったりして、要注意です。
案外、ジャズに拘らず、これからマイルスを聴こうとする方にはオススメかもしれません。