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OLD WAVE

サイケおやじの生活と音楽

グラハム・ナッシュの過激と優しさ

2014-06-01 15:26:01 | Singer Song Writer

Chicago c/w Simple Man / Graham Nash (Atlantic / ワーナーパイオニア)

ご存じ、ホリーズCSN&Yで大活躍したグラハム・ナッシュの、これは1971年に世に出た初めてのソロアルバム「ソング・フォー・ビギナーズ」に収められていた人気曲をカップリングしたシングル盤なんですが、やはりと言うか、案の定と申しましょうか、アルバム収録のトラックよりも音圧が高いところに微妙な別ミックス疑惑(?)を感じるのは、サイケおやじの不遜な独断による偏見でしょうか。

しかし、それはそれとして、グラハム・ナッシュに対する一般的な認識は、個性の強いCSN&Yの中にあっては一番の穏健派というイメージでありましょうが、実はグラハム・ナッシュはホリーズ在籍当時から、かなりの政治的思想を持ち併せていた進歩的なミュージシャンだったという見方も出来るはずです。

ところが自作曲のメロディーにはハートウォームな分かり易さがあるもんですから、それに乗せて披露される歌詞の過激で「前のめり」な中身が、英語が基本的に使われていない我国の洋楽ファンには伝わっていなかった現実がありましたからねぇ~~。

普通にメロディラインやビート感、そして歌詞の語呂のリズム的楽しさだけに親しむばかりであっては、なかなかグラハム・ナッシュの気骨には触れる事が叶わず、だからこそ、我々洋楽ファンはグラハム・ナッシュの歌を気楽に聴けるという利点を大切にしなければならないはずです。

そこで、このA面曲「Chicago」は、ヘヴィな感触を強調したリズムを用い、ピアノやオルガン、そしてギター等々を操りつつ、グラハム・ナッシュが我欲優先の政治家や権力者を糾弾するという、なかなか熱いゴスペルロック!

これを聴くと、ビリー・ジョエルの「Stranger」や西城秀樹の「ギャランドゥ」が聞きたくなるという皆様も大勢いらっしゃるにちがいないほど、キャッチーやメロディのキメとグイノリのロックビートがたまりません♪♪~♪

ちなみに印象的なバックコーラスは当時のスワンプロックには欠かせない人材だったクライド・キングやリタ・クーリッジ等々が参加しているのも高得点♪♪~♪

一方B面の「Simple Man」は、せつなくも愛らしい素敵なメロディとグラハム・ナッシュのナチュラルな歌声がジャストミートした傑作で、その如何にもの「らしさ」こそが、ファンには絶対的なプレゼントなんですねぇ~♪

もちろん、ここでもリタ・クーリッジのハーモニーボーカルが良い感じ♪♪~♪

ということで、本日唐突にグラハム・ナッシュが聞きたくなったのも、PCに入れている様々な音源を整理している最中の寄り道鑑賞でした。

つまり、片づけをやりながら、その都度、それらの対象に気を惹かれては作業が進まないという、サイケおやじの何時もの悪癖が出てしまったというわけです。

やれやれ、ど~にもなりません……、失礼致しました。

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丸山圭子に幸せを感じる

2014-05-15 15:11:26 | Singer Song Writer

あなたにつつまれて c/w 紙吹雪 / 丸山圭子 (キングレコード)

日本の女性シンガーソングライターとしては、ボサノバ歌謡の名品「どうぞこのまま」のメガヒットで知られる丸山圭子も、実はそれだけでなく、幅広い音楽性を披露していた事は言うまでもありません。

それは特にシングル曲よりは傑作揃いのアルバム諸作を聴けば納得されるはずですが、あえてシングルレコード1枚を選ぶとなれば、サイケおやじは昭和52(1977)年春に発売された、本日の掲載盤を躊躇致しません。

なにしろA面収録の「あなたにつつまれて」が、もちろん丸山圭子の作詞作曲によるAOR歌謡の決定版ですし、一方のB面曲「紙吹雪」が、これまた極めて歌謡フォークの典型ですからねぇ~~♪

もちろん両曲共に、今や「丸山圭子クラシックス」として揺るぎないものでありますから、発売当時にサイケおやじが受けた衝撃云々は大袈裟かもしれませんが、特に「あなたにつつまれて」のお洒落なソフト&メロウフィーリングには完全胸キュン状態でした♪♪~♪

あぁ、歌詞のイントネーションを意図的に抑えたかのような彼女の節回しが、青木望のエレピや甘美なストリングを用いたアレンジにはジャストミートのフワフワ感で、何度聴いても、たまりませんよ♪♪~♪

これが大人のお洒落な女性かと思えば、その歌詞に秘められた心情吐露が尚更に「女のわからなさ」を野郎どもに伝える事になるのでしょうか。

いやいや、もう、イチコロのサイケおやじです。

そしてレコードをひっくり返して針を落す儀式を済ませば、そこには正統派歌謡フォークの昭和50年代的展開を堪能出来る、これぞっ! 地味ながらも隠れた名曲名唱たる「紙風吹」が流れて来るんですねぇ~♪

彼女のキャリアを鑑みれば、公式デビューからピピ&コット時代も含めて、こういう曲調が本来の持ち味という見解もございましょうが、丸山圭子は既に述べたとおり、かなりジャズっぽい感性を隠しませんから、最初はアコースティックギターとストリングスがメインの吉川忠英のアレンジが中盤から力強いビートを伴って変転しても、彼女のボーカルは常にハートウォームに変幻自在の素晴らしさ♪♪~♪

いゃ~、これが丸山圭子ですよ、実際!

ということで、曲作りも歌声も、さらにはルックスも完全にサイケおやじの好みにビシッとキテいるのが丸山圭子であります。

もちろんそんな彼女にしても、結婚から子育てという女性の一番大切な生活に入ってしまえば、ファンが外側から何も言えないわけですし、近年は再び活動を再開してくれた事は、そこにどんな事情があろうとも、素直に喜んだって、彼女は怒りはしないと思うだけです。

そしてレコードを聴きながら、丸山圭子に出会えた人生の幸せを感じているのでした。

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ここから聴いても丸山圭子は素敵♪

2014-04-12 15:17:28 | Singer Song Writer

裸のわたし c/w 空 / 丸山圭子+ピピ&コット (Cine Disc)

掲載したのは緑魔子主演による昭和48(1973)年の映画「日本妖怪伝サトリ」の主題歌を収めたシングル盤で、当然ながらジャケ写表は緑魔子の無愛想なスチールを使っていますが、そのA面曲「裸のわたし」は後年、「どうぞこのまま」のメガヒットを放った丸山圭子の力強く、それでいて和みのボーカルが楽しめる隠れ人気作♪♪~♪

そりゃ~、確かにイントロには不気味な鈴の音がSEとして用いられたり、全体のアレンジもヨーロピアンポップス調ながら、それでも幾分大袈裟なのは映画本篇が風刺的作風とはいえ、一応は「妖怪」を扱っているからでしょう。

しかし、作曲も担当した丸山圭子の歌は本当に大らかですし、演奏中で印象的に使われているハーモニカとの相性も素敵な、その一抹の虚無感はクセになりますよ。

ちなみに歌詞は、この映画を監督した東陽一が自ら綴ったものですが、その辺を離れても、これはなかなかの名曲名唱と思うばかりです。

そして驚いたというか、この時の丸山圭子は二十歳前だったんですよねぇ~♪

以前にも書きましたが、サイケおやじはシンガーソングライターとしての彼女が大好きで、その頃に加入していた歌謡フォークグループのピピ&コットの音源も密かに聴いていたんですが、このシングル盤のB面「空」は、丸山圭子の作詞作曲による同グループ名義の歌と演奏になっているんですから、たまりません。

もちろん、件の映画とは無関係の典型的な歌謡フォークがど真ん中という真相(?)は賛否両論かもしれませんが、個人的には丸山圭子に免じてという気持です、はい。

あたらめて述べるまでもなく、丸山圭子は前年に某ラジオ局主催のソングコンテストで優勝した実績から、いきなりLPデビューした才媛でありながら、その頃に契約していたレコード会社の策謀(?)だったんでしょうか、何故か問題(?)のピピ&コットなんていうグループに入って、ピアノを弾いていたのは、なんだかなぁ……。

結局、昭和50(1975)年にグループが解散し、晴れてソロシンガーとして再デビューしてみれば、「ひとり寝のララバイ」「どうぞこのまま」「あなたにつつまれて」「ふたりの砂時計」等々のヒット曲を連発し、同時にアルバムも秀作が多数♪♪~♪

おまけに当時の彼女は、フェロモン&セクシーイメージのセッションポートレイトもかなり見せてくれましたからねぇ~♪

その声質、そのルックス共々、オカズ性感度の高さも侮れませんでしたよ♪♪~♪

今回は当該作品について、あえてご紹介を差し控えるのは、後々のお楽しみという事なんですが、失礼ながらピピ&コット時代の彼女の佇まいからして、まさかあそこまで男好きするタイプになろうとは!?

それも正直な気持ちであります。

ということで、とにかく丸山圭子が好きなんですよ、たとえ歌謡フォークであろうとも!

実は本日、掲載のシングル盤を出したのは、そうしたギャップの免疫を狙っての事でして、本当はそれも必要ないほど彼女は素敵な存在というわけです。

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堀内護のお洒落な幻想

2014-03-27 15:09:44 | Singer Song Writer

風の館 c/w 蒼いハイウェイ / マーク (ディスコメイト)

このレコードの主役たるマークとは、あの「学生街の喫茶店」のメガヒットで歌謡フォークの人気グループに躍り出たガロのメンバーのひとりである堀内護、なぁ~んて説明は不要でしょうか。

少なくともサイケおやじと同世代の皆様であれば、件の「学生街の喫茶店」以降、昭和48(1973)年頃から解散に至る昭和51(1976)年春までの絶大な人気は、およそ忘れられるはずも無いと思います。

ただしガロは、その結成から公式レコードデビューを果たした昭和46(1971)年頃には、アコースティックギターと卓越したボーカル&ハーモニーワークを駆使する、例えばCSN&Yブレッドの影響を強く受けた、まさに当時の流行最前線を演じていた、なかなか洋楽志向の強いグループでしたからねぇ~♪

そうした露骨な歌謡フォーク路線には批判も各方面にあり、しかしレコードセールスやライプでの集客が好調とあれば、やはりグループとしての存続には、あれやこれやのジレンマやトラブルがあった事も想像に易く、結局は解散も止む無し……。

そこでサイケおやじの立場なんですが、リアルタイムでは歌謡フォークは軟弱っ! と公言して憚らない意固地な高校生でありながら、実はガロの初期のスタイル、つまり前述したCSN&Yの影響下にある音楽性の実践には、ある種の畏敬の念があり、その最初の驚嘆が、かまやつひろしと共演して残した「四つ葉のクローパー」でした。

とにかく変則チューニングのギターワークと混濁しつつも爽やかさを失わないコーラス&ハーモニーの魔法は、当時の我国で最もデイヴィット・クロスビーやスティーヴン・スティルスの音楽世界を再構築していたものと思うばかりだったんですねぇ~~♪

今回、それについては、また次の機会に譲りますが、どうやらガロの中で、一番にCSN&Y志向の強いメンバーが堀内譲らしいと噂が耳に入っていた以上、ガロ解散後にソロデビューしたレコードが気になるのは当然が必然!

本日掲載のシングル盤は昭和51(1976)年に発売されながら、結果的にヒットしたとは言い難い傑作で、特にA面「風の館」は作詞:藤公之助&作曲:堀内護による、歌謡フォークテイストも程好い和みのパラード♪♪~♪

ハートウォームなメロディラインとジェントルなマークの歌声が宮本光雄の流麗なストリングスアレンジと絶妙の融合を聞かせてくれますよ♪♪~♪

まさにハリウッドポップス系AORを和製した名曲名唱と思います。

そして一方、本人の作詞作曲によるB面「蒼いハイウェイ」は、ゴキゲンなアコースティックグルーヴに溢れた爽快さで、たまりませんよっ! おそらくCSN&Yの絶大な影響下にあるアメリカだって、ここまではやれないと言い放ちたくなりますねぇ~♪

ちなみにAB両面2曲は同時期に発表されたアルバム「六夢」にも収録されていますが、「蒼いハイウェイ」のアルバムバージョンは前曲との重なりやSE、さらにはミックスまでも、こちらのシングルバージョンとは異なっていますので要注意でしょう。

ということで、実は堀内護がガロ解散後に出したLPが2枚とも、最近になってCD復刻されています。

もちろん、既に述べたとおり、このシングル盤収録曲を含む「六夢」が1st アルバムですから、旧来のガロファン、あるいはCSN&Yやアメリカあたりがお好みの皆様には、ジャストミートの1枚かと思っているのでした。

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実は穏やかなニール・ヤングが好き

2014-02-18 14:57:02 | Singer Song Writer

風は激しく / Neil Young (Reprise / ワーナーパイオニア)

1960年代半ばから今日まで、相当に長い間活動を続けているニール・ヤングは、その強烈な個性ゆえなのでしょうか、どこかしら常にファンや周囲の期待とズレたレコードを作ってしまうという前科前歴を繰り返しているように思います。

例えば決定的なブレイクとなった1970年発売の大傑作「アフター・ザ・ゴールド・ラッシュ」、それに続く1972年の人気作「ハーヴェスト」の2枚のLPこそが、ニール・ヤングのシンガーソングライターとしてのイメージだとしたら、その路線を発展継承してくれるのがスタアの王道でしょう。

ところがニール・ヤングは、あっさりとそれを捨てたかのように、意味不明の映画サントラ盤「過去への旅路」を筆頭に、新曲ばかりの粗雑なライプアルバム「時は消え去りて」、暗いイメージの「渚にて」、紆余曲折での発売延期から、やっとこ世に出た酔払いライプドキュメント「今宵その夜」と続いた、所謂暗黒期のLP群は、コアなファンにとっては宝物でも、普通にアメリカンロックを聴いていたサイケおやじには、その悲痛な情念だけが……。

しかし、そこから脱して、急に前向きな姿勢を旗幟鮮明にした「ズマ」なぁ~んていうアルバムが出てみれば、それは如何にも「らしくない」と思ってしまうんですから、サイケおやじのニール・ヤング感は我儘です。

告白すれば、そういう思いがあったからこそ、件のリアルタイムだった1975年になって、ようやく中古盤ながら、ニール・ヤングのそれまでのリーダーアルバムをきっちり揃えたのがサイケおやじの立場なんですよ。

さて、そこで本日掲載のシングル盤は、1978年に発売されたニール・ヤング久々の大衆ヒットアルバム「カムズ・ア・タイム」からのカット2曲を両面に収めたものなんですが、特筆すべきはA面「風は激しく / Four Strong Winds」が本人のオリジナルではなく、同郷カナダ出身のフォークデュオとして有名なイアン&シルヴィアのヒット曲カバーという真実がミソ!?!

些か確信犯的な書き方になりますが、前述のアルバム「カムズ・ア・タイム」が売れまくったのは、フォーク&カントリーとでも申しましょうか、全篇が和みの音楽スタイルで纏められているところから、ニール・ヤングが持前の「泣き節」を屈託なく聞かせてくれるのに加え、お気に入りの新進女性シンガーだったニコレット・ラーソンを全面的に参加させ、それはコーラスばかりか、ほとんどデュオ相手としての起用が目立つという、なかなかハートウォームな仕上げが結果オーライということでしょう。

ですから、「風は激しく / Four Strong Winds」にしても、如何にもカバーバージョンという体裁以上のナイスフィーリングがたまりません♪♪~♪

ご存じのとおり、この歌は季節労働者の過酷な現実を描いているんですが、ニール&ニコレッタが提供してくれるホンワカムードは、歌詞の中身が率直に理解出来ない我々日本人には、何の問題もないはずです。

むしろ、そういう真相を知ってみれば、また別の感慨も……、と言うべきかもしれません。

ただしニール・ヤング本来の魅力のひとつが、あの心情吐露型のボーカルと強引なヘタウマエレギギター、そしてシンプルなアコースティックギターの弾き語りによる繊細な本音の歌である事も、また確かでしょう。

ですから、あまりにも明るい雰囲気は似合わないという先入観念が、ど~してもニール・ヤングには「つきまとう」のですが、個人的にはニール・ヤングは決してネクラでは無いと思いますし、むしろ全てに肯定的なロック性感度の高さが永遠の人気の秘密!?!

そして両方のバランス感覚の振幅の大きさも侮れない魅了であります。

それは書き遅れてしまいましたが、この「風は激しく / Four Strong Winds」を含むアルバム「カムズ・ア・タイム」がヒットする直前には、例のスティーヴン・スティルスとの挫けた共演作品「太陽への旅路」や没テイクを集めたとしか思えない些か中途半端な「アメリカン・スターズン・バーズ」という2枚のLPが賛否両論で、局地的にはニール・ヤング限界論もあったとか!?

その意味では面白いニール・ヤングの音楽人生を辿る時、「カムズ・ア・タイムというアルバムに刻まれた穏やかな世界が、案外と有用なんでしょうか?

今となっては以降のにール・ヤングが所謂パンクやグランジの元祖とされる激烈な歌と演奏を遣り抜き、しかし一方ではテクノやロカビリーにも手を出し、さらにはジャズブルースっぽいレコードまでも出すという、節操の無さが結果としての存在感の強さになっているのは、皮肉かもしれません。

ということで、あらためて本音を述べれば、サイケおやじは穏やかモードのニール・ヤングが一番好きです。つまりそこからどちら側に振れるのかが、興味の大きな対象なんですよ。

そして最後になりましたが、このシングル盤をあえてゲットしたのは、既に皆様ご推察のとおり、A面収録の「風は激しく / Four Strong Winds」のミックスが微妙にアルバム収録の同曲と異なり、ニール・ヤングとデュエットするニコレッタ・ラーソンのボーカルが大きく聞こえるからなんですが、どうやらそれはサイケおやじの思い込みのような気も……。

それも結局はアナログ盤7吋シングル特有の「45回転の魔法」なのかもしれません。

そして穏やかなニール・ヤングについては、これからも追々に書いていく所存なので、よろしくお願い致します。

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空飛ぶ中高生はスーパーマンだっ!

2014-02-12 15:31:13 | Singer Song Writer

Sunshine Superman / Donovan (Epic / 日本コロムビア)

いゃ~~、今日は朝っぱらから大興奮!

日本チームが些か低迷していたソチ五輪、スノボのハーフパイプで中高生が大活躍のメダル獲得ですからねぇ~~~♪

特に銀メダルの平野選手は、15歳の中学生なんですから、もう、これはヤングスーパーマンとしか言えません。

あの高さ! あのスピード! そして複雑怪奇な回転技の複合仕様で見せる曲芸は、まさに圧巻でありました♪♪~♪

そこで本日は、あまりにもベタではありますが、英国のフォークロックスタアとしてドノバンが世界に羽ばたいた1966年の大ヒット曲「Sunshine Superman」しかありませんっ!

一般的にドノバンはボブ・ディランの亜流としてのブレイクが否定出来かねる時期から、実は似て非なる個性を確立してのが真相だと思うサイケおやじは、殊更世界規模での賛否両論には興味がありません。

むしろ楽曲単位での好き嫌いが相当に激しいわけでして、前述したボブ・ディラン云々から論じれば、同じフォークロックでも、ボブ・ディランが直線的な攻撃性を露わにするのとは対照的に、ドノバンの楽曲にはウキウキする高揚感が、例えドラッグ云々等々言われようとも、その気持の良さは隠しようもありません。

あのハーフパイプ上空での浮遊感は、まさに「Sunshine Superman」の世界と思うばかりなんですねぇ~~♪

あぁ~~、恐るべき少年スーパーマン!

一方、銅メダルの平岡選手も高校生でありながら、決勝最後の滑走における捨て身とも思える意識の高さも強い印象でありました。

思わず、うぁぁぁぁぁぁ~~、と絶叫ざせられる激烈プレイの連続に時を忘れて、今は寝不足を露呈しているサイケおやじは、しかし若い力の躍動にエネルギーを鼓舞され、それは自分が若い頃に接して驚愕興奮させられた様々事象に共通するものがあります。

ありがとう、君等は絶対にスーパーマンと思ってますっ!

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ワニワニロックには何時も浮かれてしまう

2014-01-14 16:00:03 | Singer Song Writer

Crocodile Rock / Elton John (DJM / 東芝)

1970年代ロックの有名曲を思う時、そのひとつのキーワードは所謂オールディズ趣味でしょう。

実際、1960年代末頃から顕著になっていたR&R回帰指向はビートルズやストーンズあたりの有名バンドが率先する雰囲気もありましたし、往年のR&Rスタア達によるリバイバルショウや最前線の若手ロッカーと共演した新作レコードの発売等々に加えて、1970年代前半にはTレックススイート等々が人気を集めたグラムロックという、温故知新のジャンルまでもが誕生しましたからねぇ~♪

同じ頃に流行っていたシンガーソングライターというジャンルに属し、確固たる地位を築いていたエルトン・ジョンが、そっちへ色気を出したとしても、不思議ではありません。

なにしろ下積時代には有名ヒット曲のカバーバージョン専門職みたいな、日陰のセッションボーカリストをやっていた過去も無視出来ないキャリアでしょう。

そして1972年に世に出たのが本日ご紹介の「Crocodile Rock」だったんですが、ここまで書いてきた事はサイケおやじにとっては、後付けに他なりません。

リアルタイムの本音としては、あのエルトン・ジョン、つまりネクラな情熱で人の世の諸々を歌ってきたシンガーソングライターが、なんでこんなにノーテンキになれるのかっ!?

そりゃ~確かに、この前に出したシングル曲「Honky Cat」には弾むような楽しさがありましたし、ライプの現場ではグイノリのピアノプレイでロケンロールもやってたんですから、そのイメージの思い込みはサイケおやじの独断と偏見……。

でもねぇ~~、今更述べるまでもなく、「Crocodile Rock」はアップテンポの軽いノリで往年のアメリカンオールディズをメインに、その美味しいメロディとサウンドのキモを剽窃しまくった現実には、著作権問題も含めて、これでいいのかぁ~~~!?!

という気分は否めませんでした。

ところが、それでも気持良くノセられてしまうところに「Crocodile Rock」の恐ろしさ(?)とエルトン・ジョンの才気が感じられるのも、また確かな事実でありました。

ですから、当時のプロのハコバンやパーティーバンドは、ほとんど必須の演目にしていたようですし、サイケおやじも学生時代に入れてもらっていたバンドでアルバイト(?)出演時には、ちょうどアメリカン・グラフティーのブームも重なっていましたので、みっちり練習したものです。

ということで、「Crocodile Rock」は果たして歴史的名曲か? なぁ~んていう議論もございましょうが、少なくとも1970年代中頃の妙に楽天的な気分は、これを聞く度に思い出されるんじゃ~ないでしょうか。

もちろん当時だって、世相は暗く、トンデモ系の事件や悪辣な汚職、陰惨な不幸が多々頻発していた事は言うまでもありません。

しかし、それでも軽い気分でその頃を思い出させてくれるんですから、「Crocodile Rock」の威力は絶大なのかもしれません。

名曲には、そういう「潜在感」も必要と思うばかりです。

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大瀧詠一の出発進行

2014-01-07 15:36:04 | Singer Song Writer

恋の汽車ポッポ / 大瀧詠一 (キングレコード)

今年のお正月は、悲しい……。

そう、嘆いていたポップスファンが夥しいのは、昨年の大晦日、公にされた大瀧詠一の突然の訃報によるものでしょう。

決して優良なポップスファンでは無い不肖サイケおやじにしても、その悲報に接してしまえば、やはり驚きと悲痛な思いは……。

と書いてしまったのは、どうにも故人の偉大な業績に対し、かなり分からない部分が多いからでして、まあ、そんな事を言うと、おまえはダメだなぁ~、と呆れられるのが現代の我国ポップスマニアの世界観ですから、自分でもどうにもならないものは感じています。

ご存じのとおり、大瀧詠一は元祖ニッポンのロックという評価も今は高い、はっぴいえんどのメンバーであり、グループ解散後は自ら設立したナイアガラレーベルで地道に活動しつつ、歌謡曲を中心にした日本の芸能に洋楽ポップスのエッセンスを塗した、そのある種の「布教」は信者を増やすばかりではなく、結果的にニューミュージックが、そこに成り立ったというべきかもしれません。

しかしサイケおやじは、はっひえんどを好きではありませんでした。

何故ならば、メロディが好みでないというか、良くないなぁ……、という本音があり、今となってはビートルズを筆頭とするリアルタイムの最先端ロックであった「ブリティッシュ」が封印され、「アメリカンロック&ポップス」が優先されていた事を、未熟なサイケおやじは気がつかなかったというわけです。

極言すれば、ビートルズが何でも一番の我国洋楽事情に楔を打ち込み、それを個性とすることで「ニッポンのロック」=「日本語のロック」を成立させんと試み、さらには大瀧詠一は自らが、こんなレコードがあればなぁ~♪ というマニア憧れの音楽道を進んだにちがいありません。

ですから、はっぴいえんど解散後は相当に経済的な苦境の時期もあったそうです。

さて、そこで本日掲載したのは、大瀧詠一の初めてのソロ名義作品を収めたシングル盤なんですが、そのA面曲「恋の汽車ポッボ」が驚くなかれ、発売された昭和46(1971)年末としては「珍しい」という認識よりは、失礼ながら「変態」としか思えない、モノラルミックスだったんですよねぇ~~~。

これは当時の深夜放送の音楽偏重のDJ達が、何度も話されていた事ではありますが、結果的に洋楽ポップスのシングル曲は「モノラルミックス」であらねばないない!

という、如何にもポップス博士の大瀧詠一ならではの企画実証だったのかもしれませんが、発売レコード会社は???だったかもしれませんねぇ……。

もちろんリアルタイムで接した高校生のサイケおやじは、そこに何の意味があるのか? さっぱり分かりませんでした。

しかし同じ頃、大きなブームになっていたシンガーソングライターとしてのきキャロル・キングの存在を意識した、つまりは彼女が職業作家時代の名作「ロコモーション / The Loco-Motion」に肖った「恋の汽車ポッポ」という目論見が、ジャケ写のパロディ感覚共々、大瀧詠一という粋な趣味人の稚気と気がつけば、あらためてポップスの持つ魔法に魅了され♪♪~♪

ちなみにレコーディングされていた時点では、はっぴいえんどは解散していなかったので、当然ながら制作参加メンバーは、その人脈ながら、何故かクレジットは変名ばかり!?

今日、その正体は明らかになっているとはいえ、大瀧詠一(vo,g) が自ら多羅(尾伴内(作編曲)、南部半九郎(b) を名乗った他、作詞が江戸門弾鉄=松本隆、ほしいも小僧=鈴木茂(g)、宇野主水=細野晴臣(ds) とは、なんでこんなにっ!?

という感じがしますよねぇ~。

ということで、結果的にはヒットしたとは言い難いレコードではありますが、既に述べたようなサイケおやじの屁理屈に従えば、これはニューミュージック出発点のひとつに思えたりします。

最後になりましたが、大瀧詠一の最大の功績は、山下達郎を世に出した事でしょう。そういう評価は故人にとっては迷惑かもしれませんし、コアなナイアガラ研究家の諸先生方からもお叱りは覚悟して、ここではそう書かせていただきました。

もちろん故人への哀悼の気持ち、尊敬と崇拝の念は変わらず、サイケおやじはこれからも分かるまで、大瀧詠一を聴き続ける所存でございます。

合掌。

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初期の庄野真代が気になるなぁ~

2013-11-29 15:41:51 | Singer Song Writer

ジョーの肖像 c/w エイトマン / 庄野真代 (日本コロムビア)

庄野真代と言えば、昭和53(1978)年に出した「飛んでイスタンブール」の特大ヒットにより、極めて歌謡曲寄りのニューミュージックシンガーという位置付けになるんでしょうが、基本的にはシンガーソングライターであったのが、初期の実相でありました。

本日掲載のシングル盤は、そんな彼女の昭和51(1976)年のデビュー作であり、まずはA面「ジョーの肖像」が、なかなかジャジーなシティソウル歌謡でありながら、それでいてどこかしらアカ抜けない雰囲気なのが、独得の持ち味と言ってしまえば、失礼でしょうか。

もちろん作詞作曲は彼女自身、上芝はじめが担当したアレンジもソツの無い仕上がりと思いますが、なんだかイマイチ感情移入が出来ないんですよねぇ……。

一方、B面収録の「エイトマン」も庄野真代の自作曲なんですが、八方美人の男をエイトマンと決めつける歌詞の中身は、笑っていいんですかねぇ~~?

A面と同じく、上芝はじめのアレンジによる演奏が力強いルーツロック風味であるがゆえに、聴いていてミョウチキリンな気分にさせられてしまいますよ。

結局、彼女は前述の「飛んでイスタンブール」が出るまでは、泣かず飛ばずで、それでもレコードを出し続けられたのは、持ち前の積極性でしょうか?

と書いたのも、実は学生時代に入れてもらっていたバンドの先輩から聞いた話なんですが、公式デビュー前に関西で活動していた彼女はアマチュアコンテストの常連で、しかも歌よりも自分の売り込みに力が入っていたとか!?

まあ、そのあたりの逸話は様々にあるらしいんですが、ようやくレコードデビューした時には既に結婚していたとか、ご亭主が橋本淳の事務所で働きながら、こんがりトーストというグループをやっていた作曲家の小泉正美だったことから、あの人気曲「飛んでイスタンブール」を貰えたに違いない!?

なぁ~んていう妬みの噂まで、当時はあったほどです。

つまり庄野真代は自分をアピールすることが非常に上手く、それゆえに芸能人として成功し、政治家になりそこねたりしたキャリアが、それはそれで立派だと思います。

ただし、だからこそサイケおやじは初期の掴みどころのなかった庄野真代が気になるわけでして、これからちょっくらレコードを集めてみようという決意表明が、本日のプログというわけです。

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ヤングミセスのカーリー・サイモン

2013-10-27 13:46:14 | Singer Song Writer

夢のような愛 / Carly Simon (Elektra / ワーナーパイオニア)

目は口ほどに物を言う、とは説明不要の諺でありますが、実は逆もあるというのが、本日掲載のジャケ写からも、一目瞭然です。

だって、目線が隠れているのに、これが世に出た1974年当時の洋楽に親しんだ皆様であれば、そこに登場している女性が誰なのか!?

一発で分かるでしょう、その唇で!

まさにストーンズのミック・ジャガーやエアロスミスのスティーヴン・タイラーと兄妹みたいなイメージの彼女こそ、シンガーソングライターとして、また素敵なボーカリストとして、さらにその頃はジェームス・テイラーの妻でもあったカーリー・サイモン、その人であります。

もちろん彼女の場合、全盛期だった1970年代の諸作のジャケ写はスケスケファッション、ノーブラに乳首浮き出し、セミヌードやチラ見せイメージ等々、所謂着エロ系のショットが多かった事は、女としての自立云々よりは、セクシーな存在感を強調する狙いだったのかもしれませんが、ある程度は結果オーライだったと思います。

しかし同時に見過ごせないのが、結婚生活に入ったばかりの頃の佇まいで、もしかしたらヤングミセス系の路線だったのか、夫であるジェームス・テイラーとの夫婦としての努力であったのか、ちょっぴり気になるのですが……。

まあ、それはそれとして、肝心の収録A面曲「夢のような愛 / Haven't Got Time For The Pain」は人気アルバム「ホットケーキ」からのシングルカットでありながら、それが日本盤の場合の邦題が、件のアルバム初版では「悲しむ時はなく」になっているので要注意!

実はサイケおやじは、このシングル盤に接する以前に、問題(?)の「ホットケーキ」の日本盤LPを持っていたので、てっきりアルバム未収録曲か!?

と思い込んで、ハッとしてしまった過去が拭い去れません。

ただし次の瞬間、それは誤解だった事が納得されたものの、冷静になれなかたのは、偏にこの素敵なジャケ写のカーリー・サイモンに幻惑されたからです。

う~ん、なんて素晴らしいファッションセンス♪♪~♪

現代でも、立派に通用するにちがいありませんし、実際にこんな恰好の着こなしをしている若い日本女性も見かけますからねぇ~♪

閑話休題。

そしてここではピアノの弾き語りをメインに歌うカーリー・サイモンが、十八番の「節」を聞かせてくれるのは言うまでもありませんが、ポール・バックマスターのストリングス&オーケストラアレンジは、当時のエルトン・ジョンの諸作でもキモになっていた重厚さが良い感じ♪♪~♪

また、当然ながら、夫のジェームス・テイラー(g)、ジム・ケルトナー(ds)、ラルフ・マクドナルド(per) 等々の控えめなサポートも、ニクイところでしょうか。

ということで、最後になりましたが、カーリー・サイモンの楽曲共作者としてクレジットされる事も多いジェィコプ・ブラックマンは、おそらくアメリカの新聞を中心に映画評論をやっていた人物と同一なんでしょうか?

この「夢のような愛 / Haven't Got Time For The Pain」も共作になっていますが、個人的には今後の研究課題(?)にしている次第です。

コメント (2)
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