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OLD WAVE

サイケおやじの生活と音楽

帰ってきました、あきていません

2015-09-01 15:14:33 | Singer Song Writer

帰っておいで c/w もうあきてしまった / 長谷川きよし (Philips)

一身上の都合により、今日まで不届きな状態でありましたが、その間の皆様のご厚情に深く感謝しつつ、再び書き始める次第という拙ブログ、なにとぞよろしくお願い申し上げます。

で、そんなこんなの諸事情としては既に述べていたとおり、この春から職責が極めて重大な立場となり、加えて病気療養中の父の他界がありながら、魑魅魍魎が跋扈するゴッサムシティとの往復という激務に陥り……。

告白すれば、この8月でリタイアし、雪国で非常勤をやりながら、予てからやりたいと思っていた大衆文化の復刻作業に手を染めたいという思惑も全く外れ、まあ「大衆文化」と大上段に構えても、そこはサイケおやじの事ですから、平たく言えば自分が観たい映画や聴きたい音楽、読みたい小説や漫画等々の中で現在それが叶わない諸作を発掘調査したいだけという話なんですが、いやぁ~、世の中は本当に儘なりませんねぇ~~~!?▼?

このままじゃ~、もう5年後にだって、同じ嘆き節を呻いていそうな予感に苛まれているほどですよ……。

しかし、だからと云って、腐ったらお終いという気持ちはキレていません。

そして本日掲載したのは、長谷川きよしが昭和45(1970)年秋に出したシングル盤で、まずA面「帰っておいで」がフランスの超有名シャンソン歌手のジルベール・ベコーの自作曲を日本語でカバーしたという内容とはいえ、それはシャンソンというよりは、きっちり長谷川きよし特有のボサロック風味が入っているのですから、濃いですねぇ~~♪

説明不要とは思いますが、それは絶対に無理と知りつつも、離れていった最愛の人を取り戻したいと願う、些か潔いとは言い難い心情の吐露を長谷川きよしが自ら訳詩して歌ったわけですから、例によってゴージャスというよりは、しつっこい大仰さがギリギリという川口真のアレンジも強ち的外れでは無いと思いますが、いかがなものでしょう。

というか、実は川口真がこの頃から十八番にしていたヨーロピアンスタイルの歌謡曲的展開が、モロ出しじゃ~ないですかっ!?

サイケおやじは、好きなんですよっ、それが♪♪~♪

そして一方、B面がこれまた侮れないわけでして、作詞:津島玲&作曲:長谷川きよしの「もうあきてしまった」は、なんとっ! 白熱のソウルジャズ歌謡なんですねぇ~~~♪

もう、これは聴いていただければ、一発!

イントロからヘヴィなギターやオルガンが唸り、重心の低いベースがドライヴし、ドカドカ煩いドラムスが炸裂するという、これが熱くてクールなロックジャズってなもんですよっ!

どうやら演奏メンバーは成毛滋(g)、柳田ヒロ(org)、寺川正興(el-b)、石川晶(ds) という、まさに当時第一線の裏方メンバーらしく、もちろん柳田ヒロのアレンジもツボではありますが、長谷川きよしの芯のブレないボーカルとギターの鋭さも流石の一言!

恥ずかしながらサイケおやじは学生時代、入れてもらっていたバンドでこれをカバーコピーしようとして挫折した前科(?)の要因が、そのグルーヴのエグ味の凄さにあった事の真相に長い間気がつかなかったという、いやはやなんとも世の中を甘くみていた情けなさ……。

ですから、今でも戒めとして、この「もうあきてしまった」を聴いているわけです。

ということで、何があっても独断と偏見から抜け出せないサイケおやじではありますが、そんな独り善がりの拙ブログとこれからも御付合い願えれば幸いでございます。

そして、あらためまして、皆様には心から御礼申し上げます。

うむ、時の流れは早いものですねぇ~、失礼致しました。

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春の歌謡フォーク:其の参

2015-04-19 15:09:29 | Singer Song Writer

心の中の / 丸山圭子 (エレック)

AOR歌謡曲というか、元祖ニューミュージックの大ヒット「どうぞこのまま」があまりにも有名すぎる丸山圭子は、しかし昭和47(1972)年の公式デビュー時には女性フォークシンガーの輝ける新星という注目もされていました。

なにしろ当時の芸能界は歌謡フォークのブームが真っ盛り!

その恩恵からアマチュアでも優秀なシンガーソングライターがメジャーデビューはもちろんのこと、所謂インディーズだったエレックレコードからは吉田拓郎や泉谷しげる、古井戸やケメ等々、なかなかの人気者がレコードを出しては売れていた頃でしたから、某ラジオ局主催の「唄の市」なぁ~んていうプロアマ同時出演のイベントも大盛況だったんですねぇ~。

ラジオの深夜放送では、そうした同企画から特にライブ音源もオンエアする番組があったほどです。

で、丸山圭子も件の「唄の市」出身という経歴があるようなんですが、個人的には前述したラジオ番組の中での紹介が、丸山圭子との出会いでした。

それは確かアコースティックギターかピアノだけのシンプルなバックで歌われたものでありながら、サイケおやじとしては、とにかく彼女の声質や節回しの和洋折衷感覚にグッと惹きつけられましたですよ、一発で♪♪~♪

どうやら丸山圭子は近々最初のシングル盤を出すとの話もあり、掲載したのが件のブツというわけなんですが、驚くべきは彼女は単なるボーカリストではなく、持ちネタのほとんどを自作自演するシンガーソングライターであったという事実です。

失礼ながら公式プロフィールでは、この時は18歳だったそうですから、殊更A面曲「心の中の」での初々しくも老成した不思議な歌の世界は、既成のアングラフォークやシャリコマな歌謡フォークとは微妙に異なる感じでして、それこそが後に当たり前となるニューミュージックの概念に重なるものかもしれません。

具体的には、本人自作の楽曲に附された田中正子のアレンジがオーケストラの豪華な使用もあって、正直幾分の暑苦しさを覚えるのとは逆に、丸山圭子のハートウォームな声質や洋楽ポップスをナチュラルに意識させられるメロディ展開がクセになっちまうわけでして♪♪~♪

勇んでレコード屋の店頭で現物に邂逅すれば、おぉぉ~、そこにはサイケおやじのフェチ魂を刺激してくれる「白いセーター姿」の彼女がねぇ~~~♪

しかし残念ながら、売れたとは言えません……。

それでも聴くほどに妙に味わい深くなるのは、田中正子のアレンジには基本的にハリウッドポップス調のキモがある感じで、極言すれば演奏パートに重厚なエコーを施し、リードボーカルを細めにミックスすれば、その頃から大滝詠一が密かに(?)提唱実践しようとしていたフィル・スペクターの音の壁に準拠するポップス歌謡に仕上がっていた可能性さえ、ここにはあるんじゃ~ないでしょうか。

発売されたのは晩秋でしたけど、このライトタッチのラテンビートがニクイばかりの仕上がりは、春真っ盛りにもジャストミートですよぉ~~♪

ということで、ご存じのとおり、丸山圭子の自作曲には最高にオシャレなフィーリングから時代錯誤に陥ったかのような歌謡曲がど真ん中な作品まで混在している中で、既にデビュー翌年に出した最初のLP「そっと私は」には、そうしたものがテンコ盛りでした。

だからこそデビュー曲となった「心の中の」には、様々なエッセンスが入っていて当然!?

機会があれば、皆様にも「心の中の」も収録された前述のアルバムをお楽しみいただきたいと願っておりますが、そこには他にもボサノバ歌謡の名品「お願い」が入っていますので、代表曲「どうぞこのまま」にシビレた皆様であれば、ぜひっ!

う~ん、丸山圭子の声って、せくしぃ~~~♪

本日は、好きだと素直に告白させていただきます。

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春にはイノセントなフォークも、ねっ!

2015-04-13 13:12:00 | Singer Song Writer

もう春だね / 友部正人 (URC)

「春」は歌謡曲だけじゃ~なくて、アングラフォークでさえも歌いたくなる衝動に満ちた季節なのでしょう。

本日掲載のシングル盤A面曲「もう春だね」は、まさにそのものスバリッ!

ちなみに「アングラ」というのは現代で言うところの「インディーズ」とは似て非なる、ネクラとかマイナーとか、ある意味では表舞台に出られない印象を逆手に活かした状況の中で、それなりに自由な展開がリアルタイムの若者中心に受け入られていた面白さがありまして、もちろんやっている本人達の自己満足と言われれば、それまででしょう。

お金に縁があるとは言い難い厳しさも同様です。

しかし、少なくもと、このレコードが発売された昭和47(1972)年では、我が国の芸能界が空前の歌謡フォークブームで湧いていた頃という好環境ゆえに、それまで局地的にしか知られていなかった優れたシンガーソングライターが挙ってマスコミに紹介され、本日の主役たる友部正人も「詩人」という冠が自然というイメージの自作自演曲がウケていたことは忘れられません。

というよりも、その頃にフォークを志していた者ならば必然として、また自らの音楽を確立せんとしていた者も含めれば、例えば佐野元春が友部正人からの影響を公言していたりするのですから、流石に侮れない存在と思います。

ただし、サイケおやじは当然というか、やっぱり積極的に友部正人を聴くという姿勢は持ち合わせておらず、それでもどうにかラジオの深夜放送で幾つかの歌を聞いていた程度……。

ところがノーテンキな学生生活も終わりを告げる年の春先、例によってロマンポルノを鑑賞しに出かけた映画館のロビーで知り合った仲間のひとりが、友部正人の熱烈な信奉者であり、半ば強引に聴かせられたのが件の「もう春だね」でした。

しかも、それはレコードじゃ~なくて、どっかで隠密録音してきたというプライベートなカセットテープ音源だったのですから、熱の入り方が尋常ではありません。

おまけに自分でもギターやハーモニカを習得し、友部正人のコピーに勤しんでいたという現実まで知ってみれば、その信心には敬意を表する他はなかったほどです。

さて、そこで「もう春だね」は友部正人の自作自演で、当然の如くボブ・ディランっぽい節回しとシンプルなギタースタイルが絶妙の説得力に満ちているのは、やはり歌詞の魅力かもしれません。

諸事情から、一節も歌詞を書いておくことは出来ませんが、不思議なほどホノボノした春のイメージとギスギスしそうな人間関係がミスマッチ的に調和したような感じにサイケおやじは聴いてしまいますし、そこには友部正人ならではの自然体を装った情熱が蠢いていると思えば、おそらくは熱烈なファンからの顰蹙とお叱りは覚悟せねばならないでしょうか。

これまでも度々拙ブログで書いてきたとおり、サイケおやじは基本的にアングラ系のフォークソングは積極的に好きになれませんが、友部正人には妙に心を惹かれてしまうことを告白させていただきます。

ということで、最後になりましたが、掲載の私有盤は最近になってネットオークションで纏め売りされていたシングル盤の山の中から発見したブツで、恥ずかしながら胸が熱くなりましたですよ。

なにしろ、ここまで書いていながら、友部正人のレコードが手元にやって来たのは、これが初めてでしたからっ!

おぉ~、ジャケ写は出番前の控室の様子でしょうか、おそらくはギブソンをチューニングしている姿がシブいですねぇ~~♪

なんだか友部正人のレコードを集めたくなっている自分が怖くなっているのでした。

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春はどこから…

2015-03-14 14:05:26 | Singer Song Writer

卒業 / 長谷川きよし (フィリップス)

今更ながら、今年の春は……。

そこで急に聴きたくなったのが、長谷川きよしが昭和46(1971)年に出した本日掲載のシングル盤A面曲「卒業」です。

もちろん、様々な別れは新しい出発になるとはいえ、惜別の情感が拭い去れない場合も多いわけでして、ここでは能吉利人が綴った思わせぶりでちょっぴり残酷な歌詞をクールでありながら実はハートウォームな歌声で自作のメロディに乗せて披露する長谷川きよし、その唯一無二の世界がサイケおやじの心身に滲みわたりますねぇ~~~~。

山木幸三郎が担当したジャジーでソフトロックなアレンジも良い感じ♪♪~♪

ということで、探さなければならない春っては、やっぱりせつないですよ……。

逆に言えば、そういう悲壮感に酔ってしまう自分が情けないわけですが、現実を直視すれば、そこには新しい春が必ずあると信じる他はありません。

春は巡って来るばかり……。

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今の刹那さ、この唄にあり

2015-02-13 14:26:45 | Singer Song Writer

からっぽの唄 / 岡林信康 (日本コロムビア)

時の流れの偉大さのひとつは、分からなかったことが分かってくるという真理かもしれません。

例えばサイケおやじの場合、岡林信康が歌う本日掲載のシングル盤A面曲「からっぽの唄」が現在の心境にジャストミートしているんですが、実はこれが世に出た昭和52(1977)年のリアルタイムじゃ~、なんとも情けない、貧乏ったらしい歌だなぁ……。

と、瞬時に聴くのがアホらしくなったという不遜があり、しかもレコードそのものが業界の知り合いから頂戴したサンプル盤だったという現実に対しても、非常な不義理を重ねてしまったわけです。

しかし、繰り返しますが、アコースティックギターがメインの伴奏で歌う岡林信康が自作自演の刹那のボーカルが、たまらないんですよ、今のサイケおやじには!?!

こんな心持ちになるなんて、当時若かったサイケおやじには思いもしなかったわけで、う~ん、気持ちが弱くなっているのかなぁ……、なぁ~んて自分に言い聞かせる言い訳まで考えてしまう始末をお笑い下さいませ。

ということで、またまた現状が悪い方向へ傾いたもんですから、ど~にもなりません。

まずは、このあたりで、本日も失礼致します。

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水色の世界へマーク、逝く…

2014-12-11 14:34:15 | Singer Song Writer

水色の世界 / GARO (マッシュルーム / 日本コロムビア)

ガロのマーク=堀内護の訃報に接しました。

ご存じのとおり、昭和46(1971)年に公式レコードデビューしたガロは当時の洋楽最先端であったCSN&Yからの影響をモロに体現していたグループとして注目され、同時に我が国の歌謡フォークブームを牽引した存在でもありましたが、後者が露骨な商業主義に染まっていた事とは別に、ガロが本来の持ち味であった前者の表現に一番拘っていたのがマークだったように思います。

しかし現実的に仕上がったレコードはデビュー作からして、なかなかソフトロックっぽい傾向が強く、本日掲載のシングル盤収録の両面曲は共にガロの1st アルバムにも収録されていた人気トラックなんですが、殊更B面の「水色の世界」は作詞作曲がマークですから、根底にはCSN&Yの味わいが滲んでいます。

ところが東海林修の施したアレンジには十八番のポピュラークラシック風味が強く、結果として中後期のアソシエイションみたいな、全くお洒落なポップス歌謡になっているのは要注意でしょう。

というか、それでも決して大衆ウケはイマイチであろうところにマークの存在感があるように感じられるわけです。

もちろん当時はCSN&Yの影響下にあって、世界的に最も成功したグループのアメリカは未だブレイクする前であり、だからこそガロにも幅広い選択肢があったと思えば、この「水色の世界」のポエムな世界は狙いどおり!?

上手い具合に重ねられたマークのリードボーカルがジンワリと滲みてまいります♪♪~♪

そして、元タイガースの加橋かつみもカバーバージョンを残していますので、聴き比べるのも一興ですよ。

ということで、近年は再び歌の世界に戻っていたマークが、まさかこんなに早く天国へ召されるとは……。

ここしばらく、訃報関連のあれこれが多い拙ブログ、流石に気持ちが弱くなっているのを感じます。

合掌。

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素直に下田逸郎

2014-11-19 14:01:16 | Singer Song Writer

踊り子 / 下田逸郎 (ポリドール)

一昨日に引続き、後輩から頂戴したレコードの中に下田逸郎がどっさりあったので、とりあえず本日は昭和49(1974)年末のヒット曲「踊り子」です。

皆様ご存じのとおり、下田逸郎はシンガーソングライターとして昭和50年代にはコアな人気があり、また他の歌手への楽曲提供も多いという才人なんですが、サイケおやじ的には下田逸郎の持ちネタは、どうにもメソメソと軟弱に感じられ……。

ところが石川セリに提供した「SEXY」が、なかなか楽曲共々気に入ったところから、以降は密かに下田逸郎に注目していました。

で、この「踊り子」にしても、冒頭に述べたとおり、当時の有線やラジオで頻繁に流れていたのが師走頃だったもんですから、この季節、毎年何かのタイミングで思い出したようにメロディーが浮かんでしまうというのは、いやはやなんとも、お恥ずかしいわけで、それは拙ブログで度々告白してきたように、サイケおやじは歌謡フォークが好きなくせに、それを素直に認められないという天邪鬼であり、ましてや男が歌うのに哀愁は必要でも、軟弱はいらねぇ~!

そういう態度を公にしていましたから、とてもとてもレコードを買うなんて事は、経済的な事情を別にしても、出来ることではありませんでした。

しかしサイケおやじの学生時代には、下田逸郎の歌をアコースティックギターで弾き語るのが、女の子にモテるひとつの切り札であったという現実があり、それが出来ない自らの口惜しさは、まさに青春の懊悩と言えば大袈裟でしょうか。

そこで肝心の下田逸郎は、なんといっても繊細なメロディと言葉選び、そして抑えた中にも熱い情熱が滲み出る歌唱スタイルが独特の個性派で、この自ら作詞作曲した「踊り子」にしても、緩やかなテンポでせつない恋と人生の機微を歌い綴っているんですが、驚くなかれ、アレンジを担当したのが高中正義!?!

う~ん、無機質に重厚なストリングス(?)も女々しい楽曲を逆に引き立てる効果が満点ならば、緻密して幾分神経質なアコースティックギターは高中正義が自ら弾いているんでしょうかねぇ~~~。

なんだか高中正義の意外な一面を知ってしまったですよ。

ということで、昭和歌謡曲を云々すれば、ニューミュージックというよりも歌謡フォークが避けては語れない命題!?

悔しいけれど、それは認めざるをえません。

ただし精神的にも経済的にも、それを聴くことが苦痛になっていた時期がサイケおやじには確かにあって、それに素直になれない自己嫌悪みたいな感情が今も残っています。

ところが下田逸郎の歌には、なんだかそんなモヤモヤが霧散させられる「何か」があるような気がするという、まあ、これもサイケおやじが齢を重ねた所為なんでしょうか……。

弱気と言われれば、それはそのとおりなんですが、これを機会に下田逸郎のレコードをじっくり聴いてみる所存であります。

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敬老されるには早過ぎる思い出

2014-09-14 15:10:55 | Singer Song Writer

教訓1 c/w ゼニの効用力について / 加川良 (URC)

サイケおやじが高校生の頃は歌謡フォークが全盛だったので、とりあえずも校内同好会で矢鱈にエレキのバカ大将をやろうとしていたトホホな話は拙ブログでは何度も書いてきましたが、中でも一番に苦しめられた(?)のは、やはり仲間内の意見の相違でありました。

つまり平たく言えば、一応はロックバンド形態で演じる選曲の問題で、リーダーシップを握っていた上級生ボーカルの先輩は日本語を歌いたがり、対して実質的に音楽面をリードしていたベースの先輩は大反対!

ということは、ロックはあくまでも英語!

そこに拘るのが当時は主流派と思い込まれていましたから、サイケおやじはそっちに従う立場だったんですが、流石に昭和47(1972)年の秋ともなれば、日本語のロックも容認せざるを得ない状況になっていたのは、やはり歴史というものでしょうか。

しかしブームとはいえ、それがロックを標榜していたとしても、日本語を歌っていれば「フォーク」という扱いだったのが当時の常識であり、今や「日本語のロック」の先駆者として偉大な評価のはっいえんどが堂々の「フォークグループ」という括りになっていた事は消し去れるものではありません。

ですから、例え高校生のバンドであっても、ロック志向があればこそ、少しでも硬派なものをやらなければ軟弱のレッテルは免れない!?

そういう過剰な自意識が少なくともサイケおやじの周辺にあったんですよ。

で、喧々諤々の論争(?)を経て選ばれたのが、前年に発売された本日掲載のシングル盤収録の2曲でありましたが、ご存じのとおり、それを自作自演した加川良は所謂アングラフォークの人気者として、同系高田渡の影響下にある才人だったんですが、吹き込まれたレコードは決してアコースティックギターの弾き語りによる私小説な歌ばっかりではなく、きっちりバンド形式のバックがついたハード&シニカルな表現は、なかなかロックの本質も滲ませていたと思いますし、だからこそサイケおやじも同好会のバンドでやる気になったわけです。

なにしろB面曲「ゼニの効用力について」は、はっぴいえんどがバックを務めた完全なロックであり、突進力の効いたビート感や鈴木茂による鋭いギターワークは最高にエキサイティング!

加川良のボーカルもエグ味と自嘲のバランスが素晴らしい限りですから、前ノリ気味に気持ち良く(?)歌うボーカルの先輩に負けじと、今これを書いているサイケおやじも必死で件のギターフレーズを練習した若き日々が蘇ってまいります。

そして一方、「教訓1」はフィドルやバンジョーも入った、如何にも当時の流行最先端だったカントリーロック仕様の名曲で、

 青くなって しりごみなさい にげなさい かくれなさい

と教えてくれる加川良の歌詞には、人生の真実のひとつがあるのは本当だったなぁ~。

すっかり初老の域に足を踏み入れてしまったサイケおやじは今、シミジミと感慨に浸っているわけですが、その頃には楽器を揃えられずというよりも、仮に揃えたとしても扱えなった所為もあり、単調なフォークロックでしか演じられなかったのは残念……。

しかし、それでも自分達は各々が満足していたんですよ♪♪~♪

ところが学校側の顧問の教師からは、

 君等はもっと前向きな歌をやれんのかね

云々諸々を指導(?)されるというテイタラク……。

 先生、今はそんな時代じゃ~、ないですよぉぉぉ~

と、バンド組一同は強く思っていたのでした。

うむ、明日は敬老の日かぁ……。

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なぎら健壱の国民的ヒット曲

2014-07-13 15:41:20 | Singer Song Writer

悲惨な戦い / なぎら健壱 (エレック)

さて、いよいよ本日から始まった大相撲名古屋場所は、ど~にも日本人力士の奮起云々ばっかりが注目されそうな気配ですが、現実的には常に外国人力士の活躍が目立っている以上、もう少し平坦な見方をしないと、せっかくの興業が楽しめないような気がします。

そこで本日掲載したのは、相撲の歌としては有名すぎる名(迷)曲「悲惨な戦い」でありまして、サイケおやじと同じ世代の皆様に限らず、これが放送禁止になった経緯以上の話題性は忘れられるものではありません。

もちろん内容はジャケ写イラストでツカミはOKでしょう。

テレビで全国放送されていた大相撲の土俵上で、取り組みの最中に褌が外れて落ちるという事件をシニカルなユーモアを交えて語った、つまりはトーキングスタイルのフォークソングでありまして、自作自演のなぎら健壱にとっても、発売した昭和48(1973)年以来、代表的なヒット曲!

実際、当時のラジオの深夜放送では爆発的にオンエアされ、レコードも忽ち売れまくったんですが、なんとっ!

その勢いが猛烈だった上昇期に「自主規制」と言われる放送禁止措置が!?!

しかし、そうなればなったで、かえって話題は盛り上がったんですよねぇ~♪

ちなみに件の「自主規制」は当然ながら日本相撲協会とNHKに対する気遣いから、民放各社が足並みを揃えたものと言われていますが、確かに実在の力士の四股名を歌詞に入れていても、リアルタイムの状況は外しているのですから、パロディ&コミックソングとしてウケていた事は言うまでもありません。

なぎら健壱にとっても、芸能界が歌謡フォークブームの最中に、そんな仕打ちがあろうとは……、等々の気持は強かったはずですが、ライブステージの現場では歌っていられたのですから、逆説的に人気と知名度をアップ出来た事は幸いだったと思います。

そして現在のなぎら健壱は、酔いどれの芸人みたいに思われているかもしれませんが、ミュージシャンとしての歌とギターの本物度は相当に高いですし、役者としての味わいも深く、また各方面のコレクターとしても一目置かれる存在として、なかなかの要注意人物なんですよっ!

この「悲惨な戦い」のジャケ写イラストにしても、本人が描いたものですからねぇ~。

まさに多芸多才のなぎら健壱は、果たして最近の大相撲をどのように考察しているのか、大いに気になるところでもあります。

ということで、この世の「悲惨な戦い」は、現時点でも世界の何処かでやっている戦争という名の殺し合いから、悲喜こもごものスポーツの試合、博打や仕事の駆け引き、さらには人間関係の縺れ等々も含めて、決して笑えないものばっかりですから、なぎら健壱が提供してくれた同曲における泣き笑いは大切にしなければなりません。

既に述べたとおり、この歌がリアルタイムで放送禁止の自主規制に相成った経緯は、それが「何故?」という疑問すら報道されないまま、流れの中で勝手に決められたように思います。

見せたがっているもの、聞かせたがっているもの、報道したがっているものにしか接する事が出来ないのでは、何処か隣国の人民と変わらないわけですねぇ……。

そんな事まで、考えさせられてしまうのでした。

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弱気の虫にスプリンクラー

2014-07-02 14:05:13 | Singer Song Writer

スプリンクラー / 山下達郎 (Moon / アルファ)

「雨の歌」というと、ど~しても古い選曲になりがちなサイケおやじではありますが、本日は幾分新しいなぁ~、と自分でも思ってしまう山下達郎の人気曲「スプリンクラー」を出してきました。

しかし、思えばこの歌にしても、発売されたのが昭和58(1983)年ですから、充分に古いわけですが、まあ、いいか、例え皆様にサイケおやじの姿勢を失笑されようとも。

で、この「スプリンクラー」は都市の象徴である地下鉄、その地上から地下への風景を男女の破綻した恋愛模様に加えて、ゲリラ豪雨(?)みたいな久々の雨に流れていく弱気な男の怨み節!?

そんな感じのせつない歌詞とフュージョン系アーバンソウルな曲展開が、如何にも山下達郎の「節」で演じられるんですから、リアルタイムのサイケおやじは一発で気に入って、当時はシングルオンリーの発売だった掲載盤をゲットしたんですが、歌の主人公の自己憐憫な心情にも大いに共感を覚えた次第です。

もちろん「雨の音」のSEが使われ、しかも今となっては有名過ぎる「大正琴」を使ったパートも含め、演奏の主要部分を山下達郎本人が「人力」でやっている真相も、なかなか曲全体に湿っぽさと人間らしさを表出させたポイントかと思います。

ちなみにそれ以外ではヘヴィでシャープな青山純のドラムス、井上大輔のシビれるようなテナーサックス、堅実にグルーヴする伊藤広規のペースが、やはり同等の比重で貢献している事も、流石は山下達郎のプロデュースの成せるところでしょう。

そして当然ながら、作詞作曲が本人ということもありましょうが、ライプの現場で披露される時の「力の入り方」についても、サイケおやじは大好き♪♪~♪

賛否両論はあるにせよ、そういう「正直さ」も、山下達郎の魅力かもしれません。

ということで、サイケおやじは、こういう男の女々しさを描いた歌が好きでして、現実世界での精一杯のツッパリも、既に周囲から裏を読まれている身としては、尚更に感情移入させられるんですねぇ……。

それと今では遠い世界になっている、サウンド作りのアナログな感覚とでも申しましょうか、この「スプリンクラー」にしても、多種多様なキーボード類が使われているにも関わらず、ドラムスやベースも含めた人間味の強い演奏こそが、血の通った歌に繋がると思うわけですよ。

まあ、そのあたりがサイケおやじの OLD WAVE な体質と心情の表れなぁ~んていう話は、これまで何度も書いておりますが、これからもよろしく、おつきあい下さいませ。

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